折原浩訳の問題点(166)

まず折原訳は、um so + 比較級、als A、als B (AとBの場合はそれだけいっそう~になる)を正しく訳しておらず、「つぎの事情から」と単純な因果関係に訳している間違い。
また、 der Unterwerfung unter die Fügung des ethischen Gottes und der Priester selbst の所のFügungは「服従」と「摂理」の意味がありますが、「摂理」とするとPriesterにもかかるので「祭司達自身の摂理」となりおかしい。なのでここは神と祭司自身に「服従し屈服すること」と訳すのが自然です。「祭司達自身が定めるところ」は意味不明です。

原文
Die Priesterschaft mußte die spezifischen Tugenden dieser Schichten um so exklusiver rezipieren, als diese: Einfachheit, geduldiges Sichschicken in die Not, demütige Hinnahme der gegebenen Autorität, freundliches Verzeihen und Nachgiebigkeit gegenüber dem Unrecht, gerade auch diejenigen Tugenden waren, welche der Unterwerfung unter die Fügung des ethischen Gottes und der Priester selbst zugute kamen, und als sie alle ferner in gewissem Maß Komplementärtugenden der religiösen Grundtugend der Mächtigen: der großmütigen Karitas, darstellten, und als solche von den patriarchalen Nothelfern selbst bei den von ihnen Unterstützten erwartet und gewünscht werden.

折原訳
祭司層は、そうした社会層に特有の、質朴さ・困窮への忍耐強い順応・既成の権威にたいする謙虚な献身・不正にたいする弱腰の譲歩と寛容といった諸徳性を、つぎの事情から、それだけ排他的に受け入れざるをえなかった。すなわち、とりわけそれらの徳目が、倫理的な神と祭司自身の定めるところにたいする従順な服従を助け、さらにはそれらが全て、有力者の宗教上の基本徳目としての寛大な慈悲をある程度補完し、家父長制的な救難援助者自身も、被保護者に期待し、願わしいと見る徳目であった、という事情である。

丸山訳
祭司層は、この社会諸層の様々な特別な徳性を、つまりこれらの社会層の、単純さ、忍耐強い困窮への順応、所与の権威の従順な甘受、不正に対しての好意的な許容と寛大さ、そしてそれらはまたまさに倫理的な神と祭司自身への屈服・服従に役に立つ諸徳性であった場合には、そういったものとしての諸徳性をそれだけいっそう選択の余地なく受け入れざるを得なかったのである。そしてさらにはそういった諸特性の全てをある程度まで有力者の宗教的な基本徳性:気前のよい慈善、を補完するものとして位置付けられ、そしてそう言った諸徳性自身が、そういった有力者達によって保護された者達について、家父長制的な緊急時の援助者達自身によって期待され望まれる場合もそうである。

「宗教ゲマインシャフテン」の日本語訳作成にあたっての参考書籍

基本的に今回の日本語訳にあたって、ここ2年間ぐらいで「実際に読んだ」参考書籍リストが以下です。最終的な日本語訳にも載せる予定ですが、取り敢えずここを見ている人のご参考として公開します。
一部だけ学生時代から持っていて、今回改めて参照した(例:フレイザーの「金枝篇」など)ものもあります。
また、例の羽入辰郎批判の時に、宗教改革や英訳聖書関係はここに載っているもの以外で数十冊レベルで読んでいるし、またキリスト教神学事典、仏教辞典のような辞典・事典類も入れていません。また儒教関係は中学生の頃からそれなりに読んでいるが、今さら挙げるまでもないので、一部だけしか載せていません。ちなみにジェームズ・レッグの論語の英訳(ヴェーバーも参照している)は、大学時代に平川祐弘先生の授業で一部を読んでいます。
折原センセの訳には色々問題がありますが、最大の問題はここに挙げているような文献をほとんど参照していないことです。

ヒンドゥー教、ジャイナ教、仏教、その他インド

1.辻直四郎訳、「リグ・ヴェーダ讃歌」、岩波文庫
2.岩本裕編訳、「ウパニシャッド」、ちくま学芸文庫
3.上村勝彦訳、「バガバッド・ギーター」、岩波文庫
4.森本達雄著、「ヒンドゥー教--インドの聖と俗」、中公新書
5.中村元著、「インド思想史」、講談社学術文庫
6.立川武蔵著、「はじめてのインド哲学」、講談社現代新書
7.渡辺研二著、「ジャイナ教」、講談社学術文庫
8.清水俊史著、「ブッダという男--初期仏典を読みとく」、ちくま新書
9.並川孝儀著。「パーリ語初期韻文経典にみる最古の仏教」、春秋社
10.梶山雄一著、「輪廻の思想」、講談社学術文庫
11.末木文美士著、「日本仏教再入門」、講談社学術文庫
12.金子大栄注、「歎異抄」、岩波文庫
13.日本思想体系11「親鸞」(教行信証)、岩波書店
14.宮田登著、「弥勒」、講談社学術文庫
15.長部日出雄著、「仏教と資本主義」、新潮新書
16.吉永千鶴子著、「チベット仏教」、岩波新書
17.ヴァーツヤーヤナ、岩本裕訳著、「完訳カーマ・スートラ」、平凡社東洋文庫

儒教・道教

18.坂出祥伸著、「道教とはなにか」、中公叢書
19.窪徳忠著、「道教の神々」、講談社学術文庫
20.姜在彦著、「朝鮮儒教の二千年」
21.貝塚茂樹著、「孟子」、講談社学術文庫

イスラム教

22.水谷周監訳著、杉本恭一郎訳補完、「クルアーン やさしい和訳」、国書刊行会
23.河田尚子著、「日本人女性信徒が語るイスラーム案内」、つくばね叢書
24.渥美堅持著、「イスラーム基礎講座」、東京堂出版
25.大川玲子、「聖典クルアーンの思想--イスラームの世界観」、ちくま学芸文庫

マーニー教、ゾロアスター教

26.山元由美子著、「マニ教とゾロアスター教」、山川出版社世界史リブレット
27.ニコラス・J・ベーカー=ブライアン著、 青木健訳、 「マーニー教--再発見された古代の信仰」、青土社

グノーシス主義

28.大田俊寛著、「グノーシス主義の思想--<父>というフィクション」、春秋社
29.荒井献著、「トマスによる福音書」、講談社学術文庫
30.荒井献、大貫隆、小林稔、筒井賢治編訳、「ナグ・ハマディ文書抄」、岩波文庫

ユダヤ教、キリスト教

31.聖書、聖書協会共同訳(旧約聖書続編付き、引照・注付き)、2018年、日本聖書協会
32.田川建三訳、「新約聖書 本文の訳」、作品社
33.B.U.シッパー、山我哲雄訳、「古代イスラエル史--『ミニマリズム論争』の後で 最新の時代史」、教文館
34.関根正雄著、「古代イスラエルの思想--旧約の預言者たち」、講談社学術文庫
35.浅野順一著、「予言者の研究」、講談社学術文庫
36.吉田博司、「旧約聖書の政治学--預言者たちの過酷なサバイバル」。春秋社
37.田川建三著、「原始キリスト教史の一断面--福音書文学の成立」、勁草書房
38.荒井献著、「イエスとその時代」、岩波新書
39.R.F.ホック著、笠原義久訳、「天幕づくりパウロ--その伝道の社会的考察」、日本基督教団出版局
40.ウェイン・A・ミークス著、加山久夫監訳・布川悦子・挽地茂男訳、「古代都市のキリスト教--パウロ伝道圏の社会学的研究」、ヨルダン社
41.ゲルト・タイセン著、廣石望訳、「イエス運動--ある価値革命の社会史」
42.コンツェルマン著、田川建三・小河陽訳、「新約聖書神学概論」、新教出版社
43.田川建三著、「宗教とは何か 上 宗教批判をめぐる」、洋泉社MC新書
44.N.T.ライト、岩上敬人訳、「すべての人のためのローマ書1,2」、教文館
45.聖アウグスティヌス、服部英次郎訳、「告白 上下」、岩波文庫
46.G.K.チェスタトン著、生地竹郎訳、「聖トマス・アクィナス」、ちくま学芸文庫
47.トマス・アクィナス著、稲垣良典・山本芳久編、稲垣良典訳、「精選 神学大全1,2」、岩波文庫
48.上田閑照著、「エックハルト--異端と正統の間で」、講談社学術文庫
49.シュヴァイツェル著、鈴木俊郎訳、「キリスト教と世界宗教」、岩波文庫
50.岡本亮輔著、「キリスト教入門の系譜」。中公新書
51.鈴木範久著、「内村鑑三」、岩波新書
52.赤江達也著、「矢内原忠雄--戦争と知識人の使命」、岩波新書
53.無教会史研究会編、「内村鑑三の系譜 無教会キリスト教信仰を生きた人びと」。新地書房
54.G.ジンメル、深澤英隆訳、「ジンメル宗教論集」、岩波文庫
55.ルードルフ・オットー著、立川武蔵・立川希代子訳、「インドの宗教とキリスト教」

神道

56.井上寛司著、「『神道』の虚像と実像」、講談社現代新書
57.久米邦武著、「神道ハ祭天の古俗」、明治24年刊
58.山村明義著、「神道と日本人--魂とこころの源を探して」、新潮社
59.島薗進著、「教養としての神道--生きのびる神々」

その他

60.谷川政美訳、「ウガリトの神話 バアルの物語」、翻訳工房
61.フランシス・イエイツ著、前野佳彦訳、「ジョルダノ・ブルーノとヘルメス教の伝統」、工作舎
62.ジョルジュ・デュメジル著、松村一男訳、「神々の構造--印欧語族三区分イデオロギー」
63.P.J.H.グリァソン著、中村勝訳・解説、「沈黙交易--異文化接触の原初的メカニズム序説--」
64.J.G.フレイザー著、吉川信訳、「金枝篇 上下」。ちくま学芸文庫
65.吉田禎吾著、「日本の憑きもの--社会人類学的考察」、法蔵館文庫
66.タキトゥス、泉井久之助訳注、「ゲルマーニア」
67.カエサル著、近山金次訳、「ガリア戦記」
68.W.J.モムゼン他編、鈴木広他訳、「マックス・ヴェーバーとその同時代人群像」、ミネルヴァ書房
69.マーティン・グリーン、塚本明子訳、「リヒトホーフェン姉妹」、みすず書房
70.内田芳明著、「ヴェーバー『古代ユダヤ教』の研究」、岩波書店
71.内田芳明著、「マックス・ヴェーバーと古代史研究」、岩波新書
72.マックス・ヴェーバー著、丸山尚士訳、「中世合名・合資会社成立史」、Amazon Publishing
73.マックス・ヴェーバー著、丸山尚士訳、「ローマ土地制度史-公法と私法における意味について」、Amazon Publishing

折原浩訳の問題点(166)

ここもいわば翻訳検定第二弾。(笑)

(1)「経済界で万事が合理的に運用されるようになると」→どこにもそんな原文はありません。それに「経済界」は財界みたいで、不適切です。「経済の世界」と普通に訳せば十分です。
(2)「同胞愛」→前にも指摘しましたが「兄弟愛」
(3)「他には選択の余地がない絶対的」→whallosをそのまま解釈した誤訳。有無をいわなさい、闇雲な、無差別の、という意味であり、「善意」が選択の余地がないのではなく、「善意」の対象が無差別な、という意味。
(4)「外套を乞われればシャツまで与えてしまう」→ここは明らかに山上の垂訓のもじりなので、「上着を乞われれば、下着も与える」と訳さないとおかしいです。

原文
Den entgegengesetzten Weg gegenüber der Rationalisierung der Wirtschaft muß eine mystische Religiosität gehen. Gerade das prinzipielle Scheitern der Brüderlichkeitspostulate an der lieblosen Realität der ökonomischen Welt, sobald in ihr rational gehandelt wird, steigert hier die Forderung der Nächstenliebe zu dem Postulat der schlechthin wahllosen »Güte«, die nach Grund und Erfolg der absoluten Selbsthingabe, nach Würdigkeit und Selbsthilfefähigkeit des Bittenden überhaupt nicht fragt und das Hemd gibt, wo der Mantel erbeten ist, für die aber eben deshalb in ihren letzten Konsequenzen auch der einzelne Mensch, für den sie sich opfert, sozusagen fungibel und in seinem Wert nivelliert wird, der »Nächste« der jeweils zufällig in den Weg kommende ist, relevant nur durch seine Not und seine Bitte: eine eigentümliche Form mystischer Weltflucht in Gestalt objektlos liebender Hingabe nicht um des Menschen, sondern um der Hingabe, der »heiligen Prostitution der Seele« (Baudelaire), willen.

折原訳
神秘的宗教性は、経済の合理化とは正反対の道をたどらざるをえない。経済界で万事が合理的に運用されるようになると、その非情な現実に直面して、同胞愛への要請は、原則的に挫折する。ところが、神秘的宗教性においては、まさにその挫折から、隣人愛の要求が、他には選択の余地がない絶対的「善意」の要請にまでたかめられる。そしてこの善意は、絶対的な自己献身について、その理由も結果も、また懇請する人の価値や自助能力も、およそ問うことなく、外套を乞われればシャツまで与えてしまう体のものである。ところが、まさにそれゆえ、その最終的な帰結においては、そうした献身を受ける個々の人間もまた、いわば誰でもよいこととなり、その価値において平準化される。「隣人」とは、そのときどきにたまたま出くわした者ということになり、その困窮と懇請以外にはなんの意義ももたない者となる。これが、対象を問わない愛の献身という姿をとる、神秘的な現世逃避に特有の形態であり、しかもその献身は、人間のためではなく、献身そのもの、いわば「魂の聖なる売淫」(ボードレール) のため、である。

丸山訳
神秘的な信仰の場合は、経済の合理化に対しては、反対の道を行かざるを得ない。まさしく兄弟愛の要請の、経済の世界においての冷酷な現実に面しての原則的な難破は、その世界において合理的に兄弟愛が取り扱われるようになるや否や、そこでは隣人愛の要求が直ちに無差別の「善意」の要求にまで高められるのであり、その善意は絶対的な自己献身の理由と結果について、またその善意を乞う者の尊厳と自助能力について問わないのであり、上着を乞われた時に、下着も与えるのであり[1]、しかしその慈善についてはしかし、まさしくそれ故にその最終的な帰結においては、その者のために善意が自己を犠牲にする、個々の人間は、言って見れば誰でも良いことになり、その者の価値については平均化されてしまうのであり、その場合「隣人」はその時々に偶然道で出くわした者であり、重要なのはただその者の困窮と懇願でしかない:ある神秘的な現世逃避の特有の形態であり、人間に対してではなく、献身そのものへの対象の無い愛に基づく献身の姿を取ること、つまり「聖なる魂の売春[2]」(ボードレール)を欲するのである。

[1] マタイ5:40「あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。」(山上の垂訓)を反対にして言っている。

[2] ボードレールの散文詩集「パリの憂鬱」に出てくる表現で、自分の魂を解放し群衆や他者と一体化しようとする行為のこと。

折原浩訳の問題点(165)

ここはもう、誤訳検定みたいなのがあったら、格好の問題になるような誤訳群です。
(1)最初の文のbehauptetは主張ではなく、放棄していなかった、無くしてはいなかった、ということ。しかも過去完了なのに「しつづけていた」はない。
(2)「倫理的諸宗教の無数の慈善施設」の慈善施設は、単に慈善一般ということ。慈善施設に限定する理由がない。
(3)「貧民救済の焚き出し回数が日毎に決められる」→全く意味不明。これは要するに貧民が100人来ようが200人来ようが配食の数が最初から固定されていたということ。
(4)「炊き出し」は非常時の場合に使う語であって、毎日貧民に食事を配るのに使うのはおかしい。
(5)「公式の焚き出し日が確定される」→「確定される」は原文にない。おそらく中国もビサンチンと同様に公的な配食日が決められていて、決められた数だけ配食されるという意味。
(6)「傾向を免れがたい」→そんなこと書いてありません、~にしてしまった、ということ。
(7)「直截」は「ストレートに、ずけずけと」という意味であり、direktの訳としてはおかしい。

原文
Aber seine Bedeutung als gutes Werk hatte das planlose Almosen behauptet. Die zahllosen karitativen Stiftungen aller ethischen Religionen haben der Sache nach ebenfalls entweder zu einer direkten Züchtung des Bettels geführt und überdies, wie etwa in der fixierten Zahl der täglichen Armensuppen in byzantinischen Klosterstiftungen und in dem chinesischen offiziellen Suppentage, die Karitas zu einer rein rituellen Geste werden lassen.

折原訳
ところが、無計画な喜捨も、善行としての意義を保持し、主張しつづけていた。あらゆる倫理的諸宗教の無数の慈善施設は、いずれの場合にも実質上、直截に物乞いを育成することになるか、あるいはまた、たとえばビザンチンの修道院施設で、貧民救済の焚き出し回数が日毎に決められるとか、あるいは中国における公式の焚き出し日が確定されるとか、慈善を純然たる儀礼的ジェスチャーに化せしめる傾向を免れがたい。

丸山訳
しかしながら無計画な慈善は、良き業としての意味を無くしてはいなかった。全ての倫理的な諸宗教での無数の慈善としての寄付は、その本質においては同様に、あるいは直接的に乞食の数を増やすことにつながり、かつまた、例えばビサンチンでの修道院の救貧施設においての毎日の貧民への食料配給の固定された数や、中国においての公的な配食日においてのように、慈善をある儀礼上のポーズにしてしまっていた。

折原浩訳の問題点(164)

最後のイスラム教でのdie Armensteuerとは、いわゆるザカートと呼ばれるイスラム教での5つの戒律の一つです。ムハンマドの時代からあるものなので、折原訳での「導入」は原文にもないものを勝手に補っているもので、間違いです。またザカートは義務化された喜捨であり、税金とは違います。ドイツ語のdie ArmensteuerもSteuerが入っていますが、税金ではなく貧者への支援金のことです。
また「なるほど~てはいた。」と訳していますが、そう訳すとカルヴァンの慈善否定と同じような動きがあった、という風に読めてしまいます。カルヴァンの慈善否定と慈善の合理化・体系化は似て非なるものであり、むしろ対立するものです。

原文
Theoretisch ist dies die Leistung des Salmasius. Vor allem vernichtete aber ganz allgemein der Calvinismus die überkommenen Formen der Karitas. Das planlose Almosen war das erste, was er beseitigte. Allerdings war schon seit der Einführung fester Normen für die Verteilung der Gelder des Bischofs in der späteren Kirche und dann durch die Einrichtung des mittelalterlichen Spitals der Weg zur Systematisierung der Karitas betreten, wie im Islam die Armensteuer eine rationale Zentralisation bedeutet hatte.

折原訳
これは、理論上は、サルマシウスの業績 である。ところが、カルヴィニズムは、慈善の伝来の諸形式を、とくに全面的に廃絶した。無計画な喜捨こそ、カルヴィニズムが排除した第一のものであった。なるほど、慈善の体系化への道は、中世後期の教会で、司教による金銭配分に確定的な規範が導入されて以来、その後やがては中世救貧院の設立以来、すでに歩み始められてはいた。イスラムにおいても、貧民救済税の導入は、慈善の合理的集中化を意味していた。

丸山訳
このことは、サルマシウス[1] の業績である。しかし取り分けカルヴィニズムは、慈善の伝来の諸型式を、一括して無効とした。無計画な慈善は、彼が真っ先に廃止したものである。もちろん既に[中世の]後期の教会で司教による資金の分配についての確固たる規範が導入されて以来、そして次に中世での救貧院の設立によって、慈善の体系化への道が開かれたのであり、それはイスラム教においての義務的な喜捨による貧民の支援[ザカート[2]]が合理的な慈善の集中化を意味していたのと同じである。

[1] Claudius Salmasius、1588~1653年、フランスの古典学者かつ法律家。1630年のDe usuris liberとそれに続く一連の文書で、貨幣はそれ自体の経済的価値があるのでその対価としての利子は正当であると論じ、また利子付き貸し出しを自由化した方が利率が下がるとも論じた。その論拠として古代ローマでは利子付き貸し出しが広く行われており、利子を取ることが自然法に反していないと論じた。

[2] イスラム教で一定以上の財産を持つ者に課せられる義務的な喜捨のこと。ヴェーバーはArmensteuerと税金のようにドイツ語で表現しているが、税金そのものではない。

 

折原浩訳の問題点(163)

ここも経済・金融のことが良く分かっていない例。原文にKreditとしか書いてないのに勝手に「信用貸し」にしてしまっています。「信用貸し」は一般的に無担保融資のこと。ここでは単なる「信用供与」ということです。
それから、教会にモンテ・ディ・ピエタによる貧者への融資が非常な暴利として忌避された、というのは歴史的事実に反し、そういう貧者への融資が低利で行われている一方で、ユダヤ人などによる商業者への高利融資が非難された、ということだと思います。モンテ・ディ・ピエタ自体の利子は必要最小限の経費をカバーするもので禁止されている類いの利子ではないと公会議によって公認されています。

原文
Das Zinsverbot selbst wurde vom Protestantismus, speziell vom asketischen Protestantismus, auf Fälle konkreter Lieblosigkeit beschränkt. Der Zins wurde jetzt gerade da, wo ihn die Kirche selbst in den Montes pietatis faktisch geduldet hatte: bei Kredit an die Armen, als liebloser Wucher perhorresziert, — die Juden sowohl wie die christliche Geschäftswelt empfanden seit langem deren Konkurrenz als lästig, — dagegen wurde er als eine Form der Teilnahme des Kapitalgebers an den mit geliehenem Gelde gemachten Geschäftsprofit und überhaupt für den Kredit an die Mächtigen und Reichen (politischer Kredit an Fürsten) legitimiert.

折原訳
利子禁止令自体は、プロテスタンティズム、とくに禁欲的プロテスタンティズムにおいては、具体的に非情な事態を引き起こす場合にかぎって適用された。いまや利子は、かつて教会自体がモンテス・ピエターティスという形で事実上容認していた、貧者への融資にかんして、非情な暴利として忌避された。――ユダヤ人およびキリスト教徒の実業界も、長らく教会との競合を、煩わしいと感得してはいた。――それに対して、いまや利子は、貸与された貨幣をもって生み出される事業利得に、当の貸与者が与る形式として、また、一般に有力者および富者にたいする信用貸し(王侯への政治的信用貸し)として、正当化された。

丸山訳
利子禁止それ自体は、プロテスタンティズムによって、特に禁欲的なプロテスタンティズムによって、利子を取ることが具体的に冷酷な場合にのみ限定して適用された。利子は今やまさに、教会自身がモンテ・ディ・ピエタの制度において貧者に対する信用供与という形で事実上許容していたが、それでも冷酷な高利貸しとして嫌悪されていた状況において、--ユダヤ人と同様キリスト教の商業界も、かなり前から教会の命令との競合を煩わしいと感じていたのであるが--そういった状況に対して、資本供与者の、貸与された資金がもたらす事業収益へ与ることの一形態として、そして一般に諸権力者と富者への信用(世俗の高位者への政治的信用供与)に対して正当化されたのである。

折原浩訳の問題点(162)

最後の文は、ließen nicht entstehenで誰が読んでも「~を成立させなかった」ですが、折原訳は「成立させることはできなかった。」と何故か主語がそれを望んでいたけど出来なかったという意味に誤訳しています。小さな箇所ですが、こういう勝手な原文の改変が本当に各所で行われています。それからethischem Berufが何で「倫理的資質」になるのか。ここは職業というより召命でしょう。「倫理的資質」ではHabitusになってしまいます。

原文
Der tiefe Zwiespalt zwischen den geschäftlichen Unvermeidlichkeiten und dem christlichen Lebensideal wurde indessen oft sehr tief gefühlt und hielt jedenfalls gerade die frömmsten und ethisch rationalsten Elemente dem Geschäftsleben fern, wirkte vor allem immer wieder in der Richtung einer ethischen Deklassierung und Hemmung des rationalen Geschäftsgeistes. Die Auskunft der mittelalterlichen Anstaltskirche: die Pflichten ständisch abzustufen je nach religiösem Charisma und ethischem Beruf, und daneben die Ablaßpraxis ließen jedoch eine geschlossene ethische Lebensmethodik auf ökonomischem Gebiete überhaupt nicht entstehen.

折原訳
それでも、事業を営むうえで避けられないことと、キリスト教的な生活理想との間にある深い亀裂は、しばしば非常に深刻に感得された。いずれにせよ、この亀裂が、まさしくもっとも敬虔で倫理的にもっとも合理的な分子を、事業生活から遠ざけ、とりわけ、合理的な事業精神を倫理的に貶価し、その発達を阻止する方向に絶えず作用した。中世のアンシュタルト教会は、もろもろの義務を、持ち前の宗教的カリスマと倫理的資質の差異に応じて、身分的に段階づけ、これとならんで贖宥を実施したが、およそこうした方策では、経済の領域に、ひとつの自足完結的な倫理的生活方法を成立させることはできなかった。

丸山訳
[利子付き貸し出しの]業務上の不可避性とキリスト教の生活上の理想との間の深い分裂は、それにもかかわらずしばしば、非常に深く感じ取られ、いずれにせよそれがまさしく最も敬虔で倫理的に最も合理的な諸要素を業務上の生活から遠ざけたのであり、取り分け常にそれが作用したのは、合理的な業務的精神を倫理的に低い階級のものと見なすことと、それの阻害という方向においてであった。中世でのアンシュタルト化した教会からの案内:宗教的なカリスマと倫理的な召命に応じて、様々な義務を身分毎に等級分けすることと、そしてそれと並んで贖宥の実施が、しかしながらある閉じた倫理的な生活の方法体系を経済的な領域において成立させることをさせなかったのである。

折原浩訳の問題点(161)

ここは誤訳というより、必要な訳注がない、という問題。創文社訳もアルテ・ディ・カリマラ以外は訳注無しです。私の訳注をご参照ください。ここは訳注が無ければ表面的な訳にしかなりません。

原文
Die großen Händlergilden jedoch schützten sich gegen die Einrede der usuraria pravitas teils durch Ausschluß aus der Gilde, Boykott und schwarze Listen (wie etwa gegen den Differenzeinwand unserer Börsengesetzgebungen), die Mitglieder aber für ihr persönliches Seelenheil durch von der Zunft beschaffte Generalablässe (so in der Arte di Calimala) und massenhafte testamentarische Gewissensgelder oder Stiftungen.

折原訳
それにもかかわらず、大きな商人ギルドは、不当暴利(ウースーラーリア・プラーヴィタース)の申し立てに対して、ギルドからの除名や、ボイコットや、(ちょうどわれわれの取引所立法が、差額支払い要求者に対処するのと同様の) ブラック・リストの作成などの方法によって、自己防衛策を講じ、構成員たちは、個々人の即人的な魂の救いのために、(カリマーラ商人組合のように) ツンフトが一括赦免金を用立てたり、遺言として多額の浄財や献金を寄せたりして、折り合いを計った。

丸山訳
しかしそうはいっても巨大な諸商人ギルドは、usuraria pravitas[高利貸しの悪徳さ]という異議申し立てに対して、部分的にはギルドからの締め出しや、ボイコット、そしてブラック・リストに載せる(丁度例えば我々[ヴェーバー当時の]の取引所の立法が差金抗弁に対して行っているの同じ[1])ことで自己防衛しており、しかしその構成員達は自分個人の魂の救済のためには、ツンフトが用立てた一般贖宥金によるか(それはアルテ・ディ・カリマラ[2] でのように)、そして多額の遺言に基づく良心の償い金[3] または寄付金を払うことでその目的を果たそうとした。

[1] 当時のドイツの取引所における先物取引(Terminhandel)にて、最終的な先物取引の結果による差額を債務者に訴訟によって請求した場合に、債務者が出すことがあるのが「差金の抗弁」で、ドイツ民法第764条でこうした差額だけを目的とする取引を賭博の一種として禁じていたのを利用したもの。実際には先物取引は広く行われており賭博とは厳密に区別されており、この抗弁が認められるのは裁判で最初から差額だけを目的としていた賭博的取引であったことが立証された場合のみである。この抗弁は法的には有効であるものの、実際にやると信義則に反するものとして、取引所では私的制裁を受けて取引がそれ以降実質出来なくなった、そのことを言っている。また審議そのものが裁判所ではなく取引所の名誉裁判所に回される場合もあった。参考:ハインリッヒ・ミッタイス、世良晃志郎・廣中俊雄訳、「ドイツ私法概説」、創文社、P.254など。なお、この法律の実効性が乏しいという批判は成立当初からあり2002年にこの条項は廃止されている。

[2] フィレンツェの毛織物業のギルドで、そのメンバーからはアルベルティ家やペルッツイ家のような巨大な財閥ファミリーが出ているほど力を持っていた。

[3] 高利の貸し付けで得た利益を死後にそれによって損失を得た者に返却するもの。但し返却先が不明な場合は教会や貧者に寄付された

 

折原浩訳の問題点(160)

ここはそもそも、Constitutum Ususとか、commenda dare ad proficuum de mariについての訳が元々デタラメだったのを私が公開時に訂正済みですが、それを除いても問題があり、この訳者が経済についてあまり分かっていないことが伺えます。

(1)利子は言うまでもなく一般に利率で決まるのであり、「定額利子」は変です。固定率の利子ということです。
(2)Erwerbskreditverträgenを営利貸付契約と訳していますが、ここでは海上取引への出資といった意味も含み貸付に限定されるものではありません。
(3)「多用されていた」も原文にはなく、固定率の利子自体が非常に稀であったのに比較して、固定配当金による出資型のコムメンダというのもあった、というぐらい。ちなみに一般的なコムメンダに比べればこの形態のコムメンダは特殊ですが、ヴェーバーがここでわざわざ言及しているのは、本来のコムメンダでの出資に比べれば、固定率の利子付きの貸し出しに近い形態になっており、教会から利子付き貸出だとして非難されたからです。

要するに「中世合名・合資会社成立史」を読んでいないと「宗教ゲマインシャフテン」も正しく訳せないということです。

Im übrigen aber ist zu bedenken, daß im Mittelalter der feste Zins zunächst gerade bei den damals sehr stark risikobelasteten, namentlich den für überseeische Geschäfte geschlossenen, Erwerbskreditverträgen (wie sie z.B. auch für Mündelgelder in Italien universell benutzt wurden) ohnehin die seltene Ausnahme war gegenüber einer verschieden begrenzten und zuweilen (im Pisaner Constitutum Usus) tarifierten Teilnahme an Risiko und Gewinn des Geschäfts (commenda dare ad proficuum de mari).

折原訳
もっとも、中世には当初、定額利子が、当時はきわめて危険の多い、とりわけ海外交易事業に乗り出すさいに締結される営利貸付契約に適用され (たとえばイタリアでは、後見人が管理する被後見人の所持金にも、あまねく適用された)、いずれにせよ稀な例外に属し、事業の危険と利益に参加する形式としてはむしろ、さまざまな条件に即して、ときには (ピサのコンスティテュートゥム・ウースス [Constitutum Usus]に見られるように) 固定配当金による出資型のコムメンダ[commenda dare ad proficuum de mari]が多用されていた、という事情を考慮に入れるべきであろう。

丸山訳
しかしながら、その他のことで考慮すべきことは以下である。中世においては固定利率の利子が、まず何よりも特別に強く危険負担[分担]的な、特に海上取引のために締結された業務上の信用諸契約(例えば、イタリアでは被後見人の所持金に対しても広く適用された[1])などに使われ、それに対してある様々に限定された、時には(ピサのピサのコンスティテュートゥム・ウースス[Constitutum Usus[2]]の中に見られる)業務の危険と利益について固定料率で参加するというもの( 固定配当金による出資型のコムメンダ[commenda dare ad proficuum de mari[3]])に比べれば、いずれにせよ稀な例外であった。

[1] 中世イタリアでは被後見人(未成年)の財産で後見人が管理しているものの運用に海上取引が使われたケースが多くある。「中世合名・合資会社成立史」の「ソキエタース法に対する利子禁止原理の意義」を参照。

[2] 1160年頃から編纂されたピサにおける慣習法集成。当時強力な海軍力を持って地中海での貿易が盛んであったピサの状況を反映し、多くの海事関係の慣習法を含む。ヴェーバーの「中世合名・合資会社成立史」第4章参照。

[3] コムメンダは中世イタリアの沿岸都市で広く行われていた貿易の形態で、出資者と実際に船旅をして貿易を行う者がパートナーとなり、海上でのリスクと貿易の結果としての利益を分け合うやり方。dare ad proficuum de mari は出資者の位置付けが後退し、貿易の利益の一定部分を取るのではなく、仕向け地毎に決まった固定配当金のみを受け取る形態。そして通常のコムメンダは利子付き貸し出しとは見なされなかったが、この形態は後にそう見なされた。

折原浩訳の問題点(159)

相も変わらず、原文にないことを訳文で勝手に捏造しています。
「修道院教育が、俗世にいる妻帯教師に安値競争を挑んだ」なんていうのは、歴史的事実としてあり得ないでしょう。
安価または無償の修道院教育というものがあったせいで、結婚している教師達は自分達の労働を安売りせざるを得なかった、ということでしょう。
大体宗教の組織が「安値競争を挑む」なんてあり得ないのは常識だと思います。
それから「修道院手工業の「苦力労働者との競争」」も意味不明。修道院の労働が安値の労働だったので、市民側が「苦力との競争のようだ」と感じたということだと思います。

原文
In eigentümlicher Paradoxie gerät vor allen Dingen, wie schon mehrfach erwähnt, die Askese immer wieder in den Widerstreit, daß ihr rationaler Charakter zur Vermögensakkumulation führt. Namentlich die Unterbietung, welche die billige Arbeit asketischer Zölibatäre gegenüber dem, mit dem Existenzminimum einer Familie belasteten, bürgerlichen Erwerb bedeutet, führt zur Expansion des eigenen Erwerbs, im Spätmittelalter, wo die Reaktion des Bürgertums gegen die Klöster eben auf deren gewerblicher »Kulikonkurrenz« beruht, wie bei der Unterbietung der weltlichen verheirateten Lehrer durch die Klostererziehung.

折原訳
とりわけ禁欲は、すでにたびたび論及したとおり、特有の逆説的関連 において、その合理的性格が財産の蓄積をもたらす矛盾に、再三再四陥っている。とくに、禁欲的独身修行者の労働は、一家族の最低生活費は稼ぎ出さなければならない市民の営利に比して、はるかに安価で、安値競争に勝つことができたから、中世後期になると、独身修行者自身の営利の拡張をもたらし、同時に、修道院にたいする市民層の反撥を引き起こした。この反撥はまさしく、修道院手工業の「苦力労働者との競争」に起因し、これはちょうど、修道院教育が、俗世にいる妻帯教師に安値競争を挑んだ場合と同様であった。

丸山訳
禁欲はその特有のパラドックスにおいて、既に何度も言及したように、その合理的な性格が財産の集積をもたらす、という矛盾に常に陥る。特に安い労働力は、一家の最小限の生活費を稼がなければならないという重荷を負わされた市民的な経営に対しての、禁欲的独身者の安価な労働という意味であったのであるが、中世後期になると、それ自身の経営の拡大につながり、そこでは市民層からの修道院への反動が、その産業的な「苦力[クーリー]的競争」に基づいたものであったのだが、それは丁度世俗的な結婚している教師達が、修道院教育によって自分達を安売りしなければならなかったのと同じである。