ここは翻訳における注意深さという点に関してです。
Spätjudentumを創文社訳も折原訳も「後期ユダヤ教」と訳していますが、これだとまるで中世におけるユダヤ教のように響きます。実際は訳注に書いた通り、ヴェーバーの当時は、イエスの時代のユダヤ教がキリスト教に切り替わっていく時期という意味で「後期」とされた、ということであり、現在ではもはや使われていない時代区分です。
ちなみに「ナザレの片田舎から」も例によって勝手な追加。元が聖書の句ですから、勝手に訳者の解釈を付け加えるべきではありません。
Gegen eben diesen intellektualistischen, schriftgelehrtenhaften Zug des genuinen Spätjudentums lehnt sich Jesus auf. Nicht die in ihn hineininterpretierten »proletarischen« Instinkte, sondern die Art der Gläubigkeit und das Niveau der Gesetzeserfüllung des Kleinstädters und Landhandwerkers, im Gegensatz zu den Virtuosen des Gesetzeswissens ist es, was in dieser Hinsicht seinen Gegensatz bildet gegen die auf dem Boden der Polis Jerusalem gewachsenen Schichten, die ganz wie jeder Großstadtbürger der Antike fragen: »Was kann von Nazareth Gutes kommen?«
折原訳
真正な後期ユダヤ教の、まさにこの知性主義的で律法学者流の特徴的傾向に、イエスは反撥している。イエスが、都市国家エルサレムを基盤として成長を遂げ、古代のどの大都市の市民ともまったく同様に、「ナザレの片田舎から、なにか良いことが出て来るのか?」と問う社会層に対して、敵対するのは、 [昨今の解釈が]かれのなかに読み込もうとする「プロレタリア」的本能によるのではなく、小都市市民と地方手工業者の信仰ならびに律法遵守の、達人的な律法知識とは異なるあり方と水準ゆえである。
丸山訳
真正なイエスの時代のユダヤ教[1] の、まさにこうした主知主義的な、律法学者的な性向に対して、イエスは反抗している。[そういた反抗の元となっているのは]彼においての、そう解釈される「プロレタリア的な」本能ではなく、信心深さのあり方と小都市の住民と農村部の職人達の律法遵守の水準であり、それは律法を熟知している宗教的練達者[Virtuosen]に対置されており、それがこの観点でイエスの都市国家エルサレムを基盤として成長した社会層[2] への反対を形作っているのであり、そうした社会層は全ての古代における大都市住民と同様に問いかけるのである:「ナザレから何か良いものが出るだろうか?[3]」
[1] 元はSpätjudentumだが、「spät=後期」という言い方はヴェーバー当時のものであり、ここではいわゆる「第二神殿時代」(BC516~AD70)の中のイエスと同時代の、ぐらいの意味。Spätjudentumは当時の歴史区分で要するにユダヤ教がキリスト教に切り替わるというキリスト教側から見た時代区分で、決して「中世の」とかの意味ではない。
[2] 主としてファリサイ派やサドカイ派。
[3] ヨハネ1:46「するとナタナエルが、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったので、フィリポは、「来て、見なさい」と言った。」