また大文字で始まるHabenが出てきて、しかもここは»Haben«とまでヴェーバーはしているのに、折原訳は(創文社訳も)相変わらず「所持」という分かっていない訳。ヴェーバーは所持と言いたい時はちゃんとBesitzを使っています。ここで言われているのは、神秘的合一によって得られる「智」のことですが、ヴェーバーはそれが救済財と同じで貸方の一項目として存在することにより、そこから現世への位置決めや認識が得られると、完全に貸借対照表のイメージをここでも使っています。
それからこの辺りのWeltは全て「現世」と訳すべきですが、折原訳はWeltが単体で出て来るとすぐ「世界」になってしまっています。
原文
Seinem zentralen Wesen nach ist es vielmehr ein »Haben«, von dem aus jene praktische Neuorientierung zur Welt, unter Umständen auch neue kommunikable »Erkenntnisse« gewonnen werden.
折原訳
その核心にある本質からして、その知はむしろある「所持」であり、ここからして、世界にたいする実践的に新たな定位が、事情次第では、伝達が可能な新たな「認識」も、獲得される。
丸山訳
その中心的な本質からして、そういった智はむしろ、「貸方」の一項目なのであり、そこからあの実践的な現世への位置決めが、事情によってはまた新しい人に伝えることが可能な「認識」も勝ち取られる。