ここもまた、単に「ゲマインデ」と訳して読者がどちらの意味なのか考えなければいけない悪訳。(そもそもその本人が「ゲマインデ」はゲゼルシャフト化を契機とする、とか間違ったことを言い張って読む人を混乱させているのですが。)
それから「継受」は色んな意味で問題な訳。ローマで「継受」とくれば、西洋法制史を知っている人は「ローマ法の継受」を想像してしまいます。またここでは合理主義がローマ自身が発展させたもので、別の文明などから受け取ったという意味ではなく、その意味でも「継受」は不可。
「確定的な性格特徴を刻印した」もおかしく、西洋のキリスト教団がそういう特徴を見出した、ということ。
Ablehnungの「禁圧」も強すぎる不適切訳。
原文
Die Ablehnung jeder Art der Ekstase ebenso wie jeder Befaßtheit mit individueller Heilsmethodik seitens des weltbeherrschenden militärischen Amtsadels Roms — entsprechend etwa der jeder Heilsmethodik ebenfalls streng feindlichen konfuzianischen Bürokratie — war nun eine der Quellen jenes durchaus praktisch politisch gewendeten, streng sachlichen Rationalismus, den die Entwicklung der okzidentalen Christengemeinden als feststehenden Charakterzug aller auf eigentlich römischem Boden möglichen Religiosität vorfand und den die römische Gemeinde speziell ganz bewußt und konsequent übernahm.
折原訳
ところで、世界を支配したローマの軍事的官職貴族が、あらゆる種類の法悦を拒否し、個々の救済技法への関与をことごとく禁圧したのは――儒教の官僚制がいかなる救済技法をも厳しく敵視したのと同様の対応であったが――、徹底して政治的実践に志向し、厳格に即物的な合理主義が生まれてくる源泉のひとつであった。この合理主義は、西洋でキリスト教のゲマインデが発展するさい、与件としてすでに存立していたが、ローマ的な土壌のうえでおよそ発展が可能ないかなる宗教性に対しても、確定的な性格特徴を刻印したものである。殊にローマのゲマインデは、当の合理主義を、徹頭徹尾、意識的かつ首尾一貫して継受した。
丸山訳
全ての種類のエクスタシーの拒絶と、同様に世界を支配している軍事的な官僚貴族の側からの、個人的な救済の方法論との全ての関与の拒絶は--それは例えば儒教の官僚制が同様に全ての救済の方法論を厳しく敵視したのに対応しているが--あの全く実際的・政治的な方向を目指した、厳格に即物的な合理主義の一つの源泉であったのであり、その合理主義を西洋のキリスト教団は、全ての本来ローマ的な基盤の上で可能であった信仰の確実な特徴として見出したのであり、そしてローマのキリスト教団はそれを特別に完全に意識し、首尾一貫して負ったのである。