折原浩訳の問題点(203)

ここは翻訳における注意深さという点に関してです。
Spätjudentumを創文社訳も折原訳も「後期ユダヤ教」と訳していますが、これだとまるで中世におけるユダヤ教のように響きます。実際は訳注に書いた通り、ヴェーバーの当時は、イエスの時代のユダヤ教がキリスト教に切り替わっていく時期という意味で「後期」とされた、ということであり、現在ではもはや使われていない時代区分です。
ちなみに「ナザレの片田舎から」も例によって勝手な追加。元が聖書の句ですから、勝手に訳者の解釈を付け加えるべきではありません。

Gegen eben diesen intellektualistischen, schriftgelehrtenhaften Zug des genuinen Spätjudentums lehnt sich Jesus auf. Nicht die in ihn hineininterpretierten »proletarischen« Instinkte, sondern die Art der Gläubigkeit und das Niveau der Gesetzeserfüllung des Kleinstädters und Landhandwerkers, im Gegensatz zu den Virtuosen des Gesetzeswissens ist es, was in dieser Hinsicht seinen Gegensatz bildet gegen die auf dem Boden der Polis Jerusalem gewachsenen Schichten, die ganz wie jeder Großstadtbürger der Antike fragen: »Was kann von Nazareth Gutes kommen?«

折原訳
真正な後期ユダヤ教の、まさにこの知性主義的で律法学者流の特徴的傾向に、イエスは反撥している。イエスが、都市国家エルサレムを基盤として成長を遂げ、古代のどの大都市の市民ともまったく同様に、「ナザレの片田舎から、なにか良いことが出て来るのか?」と問う社会層に対して、敵対するのは、 [昨今の解釈が]かれのなかに読み込もうとする「プロレタリア」的本能によるのではなく、小都市市民と地方手工業者の信仰ならびに律法遵守の、達人的な律法知識とは異なるあり方と水準ゆえである。

丸山訳
真正なイエスの時代のユダヤ教[1] の、まさにこうした主知主義的な、律法学者的な性向に対して、イエスは反抗している。[そういた反抗の元となっているのは]彼においての、そう解釈される「プロレタリア的な」本能ではなく、信心深さのあり方と小都市の住民と農村部の職人達の律法遵守の水準であり、それは律法を熟知している宗教的練達者[Virtuosen]に対置されており、それがこの観点でイエスの都市国家エルサレムを基盤として成長した社会層[2] への反対を形作っているのであり、そうした社会層は全ての古代における大都市住民と同様に問いかけるのである:「ナザレから何か良いものが出るだろうか?[3]」

[1] 元はSpätjudentumだが、「spät=後期」という言い方はヴェーバー当時のものであり、ここではいわゆる「第二神殿時代」(BC516~AD70)の中のイエスと同時代の、ぐらいの意味。Spätjudentumは当時の歴史区分で要するにユダヤ教がキリスト教に切り替わるというキリスト教側から見た時代区分で、決して「中世の」とかの意味ではない。

[2] 主としてファリサイ派やサドカイ派。

[3] ヨハネ1:46「するとナタナエルが、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったので、フィリポは、「来て、見なさい」と言った。」

MWG I/22-2(宗教ゲマインシャフテン)の参照先注は信用してはいけない。

1.以前、「宗教ゲマインシャフテン」の全集の注が、
(1)本来前後参照ではないものを間違ってそう解釈し
(2)そしてその参照先がまったく的外れ
だったという例を紹介しました。

そして新たに2つほど、参照先の注がおかしいのが出て来ています。

2.全集のP.420の訳注93、原文がWas »unter Brüdern« perhorresziert ist, ist dem Fremden gegenüber erlaubt. Den Mitjuden gegenüber ist die jüdische Ethik durchaus unbezweifelbar traditionalistisch, vom Standpunkt der »Nahrung« ausgehend, und soweit auch — worauf Sombart gewiß mit Recht hinweist — die Rabbinen dabei Konzessionen,
の所で、全集の訳注は参照先をゾンバルトの「ユダヤ人と経済生活」のP.289としています。ヴェーバーの言及元は私の日本語訳では「ユダヤの同胞に対しては、ユダヤ人の倫理は全くのところ疑いの余地なく伝統主義的であり、それは「生計維持」の立場から出てくるのであり、そしてまた次の限りで--それについてはゾンバルトが確かに正当に言及しているが --ラビ達がその際に認可し、」であり、要するにユダヤ人が対内倫理についてもラビ達が緩和した、という内容ですが、P.289は単に対内倫理と対外倫理の二重性について述べている箇所なのでまったく該当しません。私が調べた限りで正しいのは、講談社学術文庫の日本語訳(金森誠也訳)の第11章のP.228、「しかし、老練な事業家のように、ときにはきわめて困難な経済問題について論争し、さらに熱心な利益獲得の生活を激励する言葉に他ならない様々な根本原則を打ち出す多くのラビたちの発言は、われわれには奇妙に思われる。近代的な利益獲得の原則が、ラビたちによって表明されている箇所をタルムードから取りだしても、まことに興味深いものがあろう(そればかりではない、ラビたちは実際にはしばしば自ら大実業家でもあった)。」です。こちらは確かにラビ達が経済倫理を緩めたことが書いてあります。(この後に実際にラビ達が言ったことの引用が続きます。)

3.全集のP.422、訳注95。私の訳で「つまり、ヤハウェの諸約束によって、既に見て来たように 、創り出されたパーリアの地位と、そこから生じる部外者の側からの不断の蔑視という状態に対して」の「既に見て来たように」の参照先ですが、全集が言っているのは以下の箇所です。「事実上はバビロン捕囚以降、そしてまた形の上ではエルサレムの神殿の[最初の]破壊 以降はユダヤ人は「パーリア民族[賤民]」であり、つまりそれはここでの意味であり(その意味はインドの「パーリアカースト 」の位置付けと同じである部分は少なく、それは例えば「カーディ による裁判」の概念が実際のカーディーによる裁判での適用されている諸原理に必ずしも一致していないのと同じであるが):それは一方では(元々は)魔術的な、タブー的な、そして儀式的な理由による、食卓を共にすることによるのと通婚による対外的ゲマインシャフト関係形成の制限によって、また他方では政治的・経済的にマイナスの特権を与えられることによって更に経済的に特別な業務に結び付けられ、自律的な政治団体無しに世襲である特別なゲマインシャフトに統合された諸グループのことである。」しかしここは単に「パーリア民族」という単語が出てくるだけの箇所です。私は日本語訳だとP.35ぐらいになりますが、以下の箇所と考えます。「少なくとも、普遍的一神教への先駆けをなす単神崇拝が生まれたのは、まさに宗教史上もっとも重要なヤハウェ礼拝の場合、ごく具体的な歴史的事件、すなわち誓約ゲノッセンシャフト[1] が結成された帰結であった。この場合には、普遍主義が、国際政治の所産であった。それというのも、ヤハウェ礼拝とヤハウェに由来する道徳との利害関係人であった預言者たちが、国際政治の実践的解釈者[国際政治の動因をヤハウェの意思に求め、もっぱらそれを規準とする態度決定を説く者]として立ち現れ、その結果、イスラエルの死活の利害にかかわる強大な異民族の行為も、じつはヤハウェの行為なのだ、と解釈され始めたのである。ここで明瞭に看取されるとおり、ユダヤの預言者の思弁には、特異かつ顕著に、歴史[に準拠する動]的性格がそなわっており、この点で、インドやバビロンの祭司層の自然にかんする[静的]思弁と、このうえなく鋭い対照をなしている[2]。また [同じく明瞭に看取されるとおり]、そういう予言者の思弁においては、諸民族の国際政治に巻き込まれた自民族の運命の、かくも陰惨で、ヤハウェの約束に照らしてかくも不可解な展開さえをも、なおかつ総体としては「ヤハウェの行為」したがってひとつの「世界史」として捉える、という課題が、ヤハウェの約束から避けがたく生じ、この事情が、エルサレムというポリスの局地神に変貌を遂げていた、古い誓約連合仲間の戦争神[ヤハウェ]に、預言者流の普遍主義的な特徴、すなわち世界を超越する神聖な全能と測り難い威厳とを付与することにもなった。」ヴェーバーが述べている内容にはるかに近いのは明らかにこちらです。

以上の3つの例から見る限り、全集の注釈の参照先はおそらくは何らかのテキスト検索でヒットした箇所を、そのまま十分な検討もせずに参照先としているものと判断します。まるで出来の悪い生成AIのハルシネーションです。信じられませんが事実です。

折原浩訳の問題点(202)

もう201回も行っているのでこれ以上増やすことには興味を失いつつありますが(笑)、でもなんだか分かったような分かっていないような翻訳。
(1)rebus sic stantibus は法学で言う「事情変更の原則」のこと、ただここでは情状酌量すると、ぐらい。「現下の事情のもとでは」というのは間違いとまでは言いませんが、何か微妙な訳。
(2)probabilistischeを「可能なかぎりのことで「よい」とされる」とするのは意味不明。カトリックの蓋然説の考え方による、です。私の訳注参照。
(3)相変わらず「直接」を「直截」とする間違いの繰り返し。(ちなみに次の文の訳でも。)

原文
Die gegenseitige Situation von Katholiken, Juden und Puritanern beim wirtschaftlichen Erwerb läßt sich also etwa so zusammenfassen: der strenggläubige Katholik bewegte sich im Erwerbsleben fortwährend in der Sphäre oder an der Grenze eines Verhaltens, welches teils gegen päpstliche Konstitutionen verstieß und nur rebus sic stantibus im Beichtstuhl ignoriert oder nur durch laxe (probabilistische) Moral gestattet, teils direkt bedenklich, teils wenigstens nicht positiv gottwohlgefällig war.

折原訳
カトリック教徒、ユダヤ教徒、およびピューリタンが、経済上の営利生活を営むさいに置かれた状況は、相互に比較すると、おおよそつぎのように要約されよう。篤信のカトリック教徒が、営利生活に携わって継続的に活動できたのは、つぎのような行動の領域か、その境界線上であった。すなわち、教皇の基本規約 [教皇体制の「憲法」] には抵触するものの、現下の事情のもとでは告解席で不問に付されるか、あるいは弛緩した (可能なかぎりのことで「よい」とされる) 道徳によってのみ容認されるか、直截に疑わしいか、あるいは少なくとも、積極的に神意に適うとはいえない、そういう行動の領域である。

丸山訳
カトリック教徒、ユダヤ教徒、そしてピューリタンの経済的な生業における相互の状況は、それ故に大体次のように要約することが出来るであろう:正統派のカトリックは、生業の暮らしにおいて絶えずある行為の領域またはその境界にて、その行為は、ある部分では法王の定める教皇基本令に違反し、そしてただ rebus sic stantibus[1] [事情変更の原則]によってのみ、告解席にて問題とされないか、あるいはただ緩和された(蓋然説[2] 的な)道徳によって承認されるか、別の部分では直接的に疑わしいとされ、また別の部分では少なくとも積極的には神が嘉するものとはされなかったかであった。

[1] 正確には clausula rebus sic stantibus でラテン語の意味は「事情がもし同じなら」ということであり、ある契約や条約などを結んだ時に前提としていた事情や環境が大きく変わった場合には、契約の一部または全部を変更したり解消出来るという考え方。(事情変更の原則)ここでの意味はむしろ「情状酌量すれば」に近い。

[2] ある具体的な状況での善悪の判断について、確実な道徳的判断では悪と見なされても、十分にもっともらしく見える理由が他にあれば善としてもよいという考え方で、特にイエズス会による決疑論の中で発達した。

折原浩訳の問題点(201)

200回を達成したと思ったら、すぐに201回目。
(1)「besonderen Pariavolkscharakter des Judentums und seiner Religiosität」を折原訳は「ユダヤ教とその宗教性に特有のパーリア的性格」と訳していますが、「パーリア民族的性格」と言っているんですから、ここのJudentumは「ユダヤ人、ユダヤ民族」でありユダヤ教でありません。大体「ユダヤ教とその宗教性のパーリア的性格」って意味不明です。しかも最後の文は正しく「ユダヤ人」と訳しています。まったく注意力散漫です。
(2)「固定設備への資本投下をともなう」は、原文は「固定資本を伴った」です。大体固定資本は設備だけでなく、土地や建屋も入りますから、勝手に設備に限定するのはおかしいです。そして「資本投下」が問題になるのではなく、「固定資本」として回収に長期間が必要で、そういう負担に耐えられなかった、とヴェーバーは言っています。(金貸し業や小売業ではそういう固定資本の占める割合が非常に少なく、資産の流動性が高くなります。)大体ヴェーバーは本来は国民経済学者の教授であり、こうした基本的な経済用語をきちんと理解もせず(本当にこの訳者は変なマル経用語多用する割りには、経済の基礎知識が非常に不十分です)適当に変えて訳すのは問題です。

原文
Weder das spezifisch Neue des modernen Wirtschaftssystems noch das spezifisch Neue an der modernen Wirtschaftsgesinnung sind spezifisch jüdisch. Die letzten prinzipiellen Gründe dafür hängen wieder mit dem besonderen Pariavolkscharakter des Judentums und seiner Religiosität zusammen. Zunächst schon die rein äußeren Schwierigkeiten der Beteiligung an der Organisation der gewerblichen Arbeit: die rechtlich und faktisch prekäre Lage der Juden, die wohl der Handel, vor allem der Geldhandel, nicht aber ein rationaler gewerblicher Dauerbetrieb mit stehendem Kapital erträgt. Dann aber auch die innerliche ethische Situation. Das Judentum, als Pariavolk, bewahrte die doppelte Moral, welche im Wirtschaftsverkehr jeder Gemeinschaft urwüchsig ist.

折原訳
近代的経済システムに固有の新たなものも、近代的経済心意に固有の新たなものも、どちらもユダヤ人に特有のものではない。そうなる究極の原理的根拠は、またしてもユダヤ教とその宗教性に特有のパーリア的性格に関連している。まず、ユダヤ人が置かれている、法律上も事実上も不安定な状況では、手工業労働の組織への関与は、まったく外面的にも、困難である。そうした不安定な状況では、おそらく商取引、殊に貨幣取引に携わることはできようが、固定設備への資本投下をともなう持続的な手工業経営は担いきれない。そのうえ、内面的な倫理的状況についても同じことがいえる。ユダヤ人は、パーリア民として、いかなるゲマインシャフトの経済的取引にも原生的な二重道徳を保持していた。

丸山訳
近代的資本主義の特別に新しいことも、近代的な経済心情に特別に新しいことも、特別にユダヤ人的なことではない。そのことについての最終的な原理的な根拠が関係しているのは、再度ユダヤ人のパーリア民族としての特別な性格と、その信仰である。まず第一には、元からある純粋に外的な、事業労働の組織に関与することの困難さである:法的にも事実上も不安定なユダヤ人の社会的地位、そうした社会的地位では商業や、取り分け金融業には従事出来ても、しかし合理的な継続性を持った経営で固定資本を伴うものには耐えられない。しかしそれからまた、内面的な倫理の状況がある。パーリア民族としてのユダヤ人は、二重道徳[対外道徳と対内道徳]で、全てのゲマインシャフトの経済的な取引にも元からあったものを保持していた。

折原浩訳の問題点(200)

ここの折原訳、200回記念の大型誤訳コレクション。

(1)規模の大きい資金供給者層なのにまたも「大高利貸」
(2)「機会を搾取し尽くし」は日本語として変。「機会を利用し尽くし」ぐらい。
(3)「地獄にも漕ぎ出そう」→「地獄の中を通っていくことも辞さない」
(4)「煉獄の火で焼かれようとも」→地獄と煉獄が同じだと思っている。
(5)「またユダヤ人にも体得され」→そんなことは書いていない。大体心情を体得する、というのは変。
(6)「事態はまさに正反対である」→事態ではなく、Gesinnung、つまり儲けられるだけ儲けるというのと、合理的な経営がまったく正反対である、ということ。

しかも訳注に書いたけど、ヴェーバーのここの書き方は、典型的なユダヤ人に対する偏見に基づいたものとしか思えません。

原文
Und vor allem: jene Wirtschaftsgesinnung, welche allem urwüchsigen Händlertum, dem antiken, ostasiatischen, indischen, mittelalterlichen Händlertum, dem Krämertum im kleinen, dem Großgeldgebertum im großen, typisch war und ist: der Wille und das Verständnis, rücksichtslos jede Chance des Gewinns auszunutzen — »um Gewinnes willen durch die Hölle zu fahren, und wenn sie die Segel versengt« —, diese ist auch den Juden recht stark eigen. Aber gerade sie ist weit entfernt davon, etwas dem modernen Kapitalismus gegenüber anderen kapitalistischen Epochen Eigentümliches zu sein. Im graden Gegenteil.

折原訳
また、他方ではとりわけ、あらゆる原生的商人層――したがって、小は小売商人から大は大高利貸にいたる、古代・東アジア・インド・中世の商人――に典型的に見られ、現に見られる経済心意[志操]、すなわち、いかなる利得の機会も容赦なく搾取し尽くし、「利得のためなら地獄にも漕ぎ出そう、たとえ帆が煉獄の火で焼かれようとも」というような意欲と諒解は、これまたユダヤ人にも体得され、かなり顕著な特徴ともなっていた。ところが、まさにそうした経済心意こそ、近代資本主義に特徴的なもの、すなわち、近代資本主義以外の[前期的]資本主義時代とは対照的に異なる、近代資本主義にこそ特徴的な心意とは、およそ縁遠いものである。事態はまさに正反対である。

丸山訳
そして取り分け:全ての原生的な商人層に、古代の、東アジアの、インドの、中世の商人層に、小規模の小売商人層に、規模の大きい資金供給者層に、かつて典型的であり、今もそうである経済的な心情は:容赦なく利益を得るチャンスを利用し尽くすこと、という欲求と理解であり--「利益のためであれば地獄の業火の中もかいくぐっていく、たとえその火にこの帆が焼かれようとも[1]」--こういったことはまたユダヤ人においても非常に強く特徴として見られるものである[2]。しかしまさにそういった心情は次のものからは遠く隔たっている。つまり近代的な資本主義の何かで、他の資本主義的な時代にはなく、それ特有なものである。以上の二つの心情はまったく反対のものである。

[1] この表現は「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」では「あのオランダ人船長の」セリフとして紹介されており、つまりいわゆるさまよえるオランダ人伝説とオランダ人はケチで強欲であるというステレオタイプなイメージが結び付いたものである。

[2] こういった書き方は、ユダヤ人に対するきわめてステレオタイプな偏見にしか見えない。

折原浩訳の問題点(199)

bis an die Schwelle der neuesten Zeitは、のder neuesten Zeitは(広義の)近代の細分類で、フランス革命から現在まで(狭義の近代)という意味で、全体で「近代の初頭に至るまで」です。折原訳の「ごく最近にいたるまで」は誤訳。
die Frühe Neuzeit (1450 ~ 1650)
die Jüngere Neuzeit (1650 ~ 1789)
die Neueste Zeit (1789 ~ 現在)

その他「国家必需品の調達業務」が「国家への納入業務」というのは指摘済み。ビジネスで言えば営業と資材を逆にするような間違いです。

原文
Und daß auch auf dem Boden breiter notleidender jüdischer Handwerkerschichten noch bis an die Schwelle der neuesten Zeit keine spezifisch moderne, und das heißt: industrielle, jene jüdische Arbeit hausindustriell ausnutzende Bourgeoisie von irgendwelcher erheblichen Bedeutung entstanden war? Staatslieferungen, Steuerpachten, Kriegsfinanzierung, Kolonie- und speziell Plantagenfinanzierung, Zwischenhandel, Darlehenswucher hat es ja seit Jahrtausenden fast in der ganzen Welt immer wieder als Form kapitalistischer Besitzverwertung gegeben.

折原訳
それに、広範囲におよぶ困窮したユダヤ人手工業者層という地盤はあるのに、ごく最近にいたるまで、そういうユダヤ人の労働を家内工業的に搾取する、近代特有の――ということはつまり工業部門の――ブルジョワジーが、なにほどか重要な意義をそなえた社会層として成立してはいない、というのもどうしてなのであろうか ? 国家必需品の調達業務・徴税請負・戦争への融資・植民地とくにプランテーションへの融資・仲介取引・および高利貸付は、じつに何千年来、全世界のほとんどいたるところで財産の資本主義的利用の形態として、絶えることなくおこなわれてきた。

丸山訳
そして、また広範囲の困窮したユダヤ人の職人層という基盤の上で、近代の初めに至るまでなお、何も特別に近代的な、つまりは産業的な、そういったユダヤ人の労働を家内工業的に搾取するブルジョワジーが、何らかの相当な意味をもって成立していないのはどういうことであろうか?国家への物資供給、徴税請負、戦争融資、植民地と特にプランテーションへの融資、仲介取引、高利貸しは、何千年も前からほとんど全世界で何度も繰り返し、資本主義的資産利用の形態として存在していた。

折原浩訳の問題点(198)

最初の文は、今挙げたような業務の中でいくつかの形態のものは、資本主義に固有で(非常に重要な)ものである、と言っているだけなのに、例によって折原訳は変にこねくりまわして意味不明な訳になっています。
また「有価証券および資本主義企業のゲゼルシャフト結成形態」も「有価証券/資本主義企業のゲゼルシャフト結成形態」と読めてしまうのでまずいです。有価証券によるゲゼルシャフト化(つまり株式会社)と資本主義的ゲゼルシャフト化です。資本主義企業、もそんなことは書いてありません。要するに織物業者が人を集めて機械化を進め、販路を増やして個人事業から会社形態へ発展していく、そいうイメージだと思います。そもそも企業は元々ゲゼルシャフトだから企業のゲゼルシャフト化は矛盾しています。

原文
Von diesen Geschäften sind nun dem modernen okzidentalen Kapitalismus (im Gegensatz zu dem der Antike, des Mittelalters, der ostasiatischen Vergangenheit) eigentümlich gewisse (allerdings höchst wichtige) Formen der Geschäfte, rechtliche sowohl wie ökonomische. So, auf der rechtlichen Seite: die Wertpapier- und kapitalistischen Vergesellschaftungsformen.

折原訳
ところで、こうした業務について、 (古代、中世、および往時の東アジアの資本主義とは異なる) 近代西洋の資本主義に、本来的にそなわった特性は、法的にも経済的にも、そうした業務のある種の (もとよりきわめて重要な) 諸形式にある。法的な側面について見ると、近代西洋の資本主義に特有の形式は、有価証券および資本主義企業のゲゼルシャフト結成形態(フェアゲゼルシャフトゥンクスフォルメン)に求められる。

丸山訳
今挙げたような業務に含まれるものには、近代の西洋においての資本主義(古代、中世、東アジアの過去の資本主義と対比されるものとして)にとっては、固有のものとしての、いくつかの(もちろん非常に重要な)業務の諸形態があるのであり、それは法的にも経済的にもそうである。それ故に、法的な側面では:有価証券[株式]ベースの、そして資本主義的なゲゼルシャフト化形態である。

折原浩訳の問題点(197)

最近終わりが近付いてピッチを上げているので、折原訳の細かいミスは敢えて一々取り上げていませんが、久々に変な訳が続出しています。
(1) ernstlich は bestrittenにかかる副詞だから、「重大視され」ではなく「手厳しく論難された」ぐらい。
(2) mitbeteiligtのmitは資本主義的な経済システムの展開について関与した、ということであり、折原訳の「[一要因として、他の諸要因とともに]顕著に協働した」という訳と補足は明らかな誤訳です。大体ゾンバルトが「資本主義発展に影響を与えたものには色々あるがユダヤ教はその一つである」なんて弱い主張をする筈がないです。ヴェーバーがそうしなかったのと同じで。
(3) gewisse Teile des Engros- und vor allem der Wertpapierhandel, beide speziell in Form des Börsenhandelsの所は「卸売取引と有価証券取引が、特にこの両方が取引所での取引という形で」、なのに折原訳は「卸売業に加えてとくに有価証券取引の相当部分、取引所取引」と単に羅列にしてしまっています。
(4) spezifisch ländlichen »Produktenhandels«を折原訳は「農村特有の「特産品販売」」としていますが、Produktは英語のproduceと同じで「農産物」のことで「地方に特有の「農産物取引」」ぐらい。
(5) Geldwechselが「貨幣交換」って「両替」という日本語がちゃんとあります。
(6) Staatslieferungenは「国家必需品調達業務」ではなくその反対の「国家への納入業務」です。
(7)  Pfandleihgeschäftは「質屋業務」です。折原訳の「抵当貸し業務」は土地などを担保にとっての貸し付けを意味するので不可。
まったく変なマルクス主義語彙を多用する割りには、基本的な経済関係の用語がデタラメです。

原文
Es hätte in der Polemik gegen Sombarts geistvolles Buch die Tatsache nicht ernstlich bestritten werden sollen:daß das Judentum an der Entfaltung des kapitalistischen Wirtschaftssystems in der Neuzeit sehr stark mitbeteiligt gewesen ist. Nur bedarf diese These Sombarts m.E. einer etwas weiteren Präzisierung. Was sind die spezifischen ökonomischen Leistungen des Judentums im Mittelalter und der Neuzeit? Darlehen, vom Pfandleihgeschäft bis zur Finanzierung von Großstaaten, bestimmte Arten des Warenhandels mit sehr starkem Hervortreten des Kleinkram- und Wanderhandels und des spezifisch ländlichen »Produktenhandels«, gewisse Teile des Engros- und vor allem der Wertpapierhandel, beide speziell in Form des Börsenhandels, Geldwechsel und die damit üblicherweise zusammenhängenden Geldüberweisungsgeschäfte, Staatslieferungen, Kriegs- und in sehr hervorragendem Maße Kolonialgründungsfinanzierung, Steuerpacht, (natürlich außer der Pacht verpönter Steuern, wie der an die Römer), Kredit- und Bankgeschäfte und Emissionsfinanzierungen aller Art.

折原訳
ユダヤ教が、近世における資本主義的経済体系の発展に[一要因として、他の諸要因とともに]顕著に協働したという事実は、ゾンバルトの才気に富む著書にたいする論争において、かくも重大視され、論難されなくともよかったであろう。ただ、私見によれば、ゾンバルトのこの命題は、もう少し精確に限定する必要がある。中世および近世におけるユダヤ教に特有の経済的貢献は、どこにあるのか? 抵当貸し業務から大国家への資金融資にいたる金貸し、小規模な小売・行商および農村特有の「特産品販売」に著しく傾斜した、特定種類の商品取引、卸売業に加えてとくに有価証券取引の相当部分、取引所取引・貨幣交換・通常これらと関連する振替送金業務、国家必需品調達業務・戦争資金融資・および相当顕著な程度におよぶ植民地設立への資金融資、徴税請負業務(もとよりローマ人を対象とする徴税請負のように、厳禁されたものは除く)、あらゆる種類の借款および銀行業務、証券発行による融資、などである。

丸山訳
ゾンバルトの才知豊かな書籍[1] に対する論争において、次の事実はあれほど手厳しく論難されるべきものではなかったであろう:つまりユダヤ教が近代においての資本主義的な経済システムの展開において非常に強く関与している、ということである。ただ私見では、ゾンバルトのこのテーゼはいくらかさらなる正確さが必要とされる。中世及び近代においてのユダヤ教の経済的な成果には一体何があるのか?質屋業務から大規模な国家への融資に至るまでの貸金、ある決まった種類の物品販売で、非常に強い程度に小売業と行商、さらに地方に特有の「農産物取引」が突出しているもの、一定の部分の卸売取引と特に有価証券取引、その二つとも特に取引所取引という形で、両替と通常それに関連する金銭振替業務、国家への物資供給、戦争融資と非常に目立つ程度の植民地設立への融資、租税徴収(もちろんローマ人に対する徴税のように厳禁された徴税以外の)、あらゆる種類の信用・銀行業務と証券発行融資がある。

[1] Die Juden und das Wirtschaftsleben(ユダヤ人と経済生活)、1911年のこと。この論文に対しては、ヴェーバーが資本主義に強く影響を与えたものとしてプロテスタンティズムを挙げるのとは違い、ゾンバルトはユダヤ教の影響が大であるとして、激しい論争になった。ヴェーバー以外にもユダヤ人のラビであり学者であったユリウス・グットマン(Julius Guttmann)がテーゼ自体は評価したものの、この論文での史実の間違いや誤解釈・人種差別的性格などを厳しく批判した。

折原浩訳の問題点(196)

ここは最初、何で「愛の信仰」が叙事詩にと思ったんですが、何のことはない折原訳の誤訳でLyrikは叙情詩です。
また、「それぞれの退路が開けている。」もまったくおかしく、単に「芸術に戻ってくる」と言っているだけです。戦争で追い詰められたみたいなイメージは全く原文にはありません。

原文
Und innerlich führt von jeder orgiastischen oder ritualistischen Stimmungsreligiosität, aber auch von der auf mystische Sprengung der Individuation ausgehenden Liebesreligiosität bei aller Heterogenität des letztlich gemeinten »Sinnes« psychologisch der Weg äußerst leicht zur Kunst zurück; von der ersteren besonders zu Sang und Musik, von der zweiten zur bildenden Kunst, von der letzten zur Lyrik und Musik.

折原訳
そのうえ、内面的には、あらゆる狂騒的ないしは儀礼主義的な気分 [を旨とする] 宗教性から、そればかりか、個体化の神秘的破砕をめざす愛の宗教性からも、究極において抱懐されている「意味」の異質性にもかかわらず、心理的にはいたって容易に、芸術に戻る道が通じる。第一の狂騒的宗教性からは、とくに歌唱と音楽に、第二の儀礼主義的宗教性からは、造形美術に、第三の愛の宗教性からは、叙事詩と音楽に、それぞれの退路が開けている。

丸山訳
そして内面的には、全てのオルギア的または儀式主義的な情緒的信仰から、また別には、個体化の神秘的な破壊から現れ出る愛の信仰からも、最終的に想定されている「意義」が全て異なっているという状況では、心理的には結局の所、容易に芸術に舞い戻ってしまうのである;最初のもの[オルギア的な信仰]からは特に歌唱と音楽であり、二番目[儀礼主義的信仰]からは造形芸術であり、最後のもの[愛の信仰]からは音楽と[それとセットになった]叙情詩である。

折原浩訳の問題点(195)

今日もまた大物の誤訳。
「皇帝教皇主義」は私が訳注に書いたように、東方教会やロシアでのもの。なので[ローマ・カトリック教会の]という補足は噴飯ものの間違い。しかも皇帝教皇主義的な「皇帝」の権力のなのに、皇帝教皇主義的「教皇」権力と訳して二重の間違い。
それ以外にも
Ganz abgesehen davon, daß「~を別にしても」の部分が全くの誤訳。
[やはり、宗教倫理上の反偶像的スタンスからではなく]→勝手に補足しています。皇帝自身が反聖像主義でなかったとどうして断定出来るのでしょうか。
「東方教会のこの収入源」→ビサンチンの修道士達の収入源
「[全世界の普遍的] 教会支配計画」→全世界の支配まで考えていたというのはどこから出てくるのか?

原文
Ganz abgesehen davon, daß eine organisierte Massenreligiosität nicht selten mit der Kunst durch ökonomische Interessen eng verknüpft ist, wie z.B. bei dem Ikonenhandel der byzantinischen Mönche, welche Gegner der, auf das bilderstürmerische, weil aus den Grenzprovinzen des damals noch streng spiritualistischen Islam rekrutierte Heer gestützten, cäsaropapistischen Kaisergewalt waren, während diese ihrerseits umgekehrt gerade durch Abschneidung dieser Verdienstquelle diesem gefährlichsten Gegner ihrer Kirchenherrschaftspläne die Existenz abschneiden wollte.

折原訳
組織化された大衆宗教性が、経済的な利害関心によって芸術と緊密に結びついていることも、稀ではない。たとえば、画像 [制作]販売に携わったビザンチン [東方教会]の修道士は、[ローマ・カトリック教会の] 皇帝教皇主義的教皇権力 にたいする敵対者であったが、この皇帝権力は、当時はなお厳格に霊性主義的だったイスラムとの境界地域から補充され、それゆえに偶像破壊的な軍隊によって支えられており、それはそれで、逆に [やはり、宗教倫理上の反偶像的スタンスからではなく]、まさに東方教会のこの収入源を断ち切ることによって、彼らの [全世界の普遍的] 教会支配計画にとってもっとも危険な敵対者の、息の根を止めようと企てたのである。

丸山訳
ある組織化された大衆的な信仰が、経済的な利害によって緊密に芸術と結び付けられているということが、決して稀ではないということを別にしても[大衆的宗教と芸術の緊密な関係は明らかであり]、例えば[そういう経済的利害で結び付いた例としてあるのが]ビサンチンの修道士のイコン販売が、その修道士達は皇帝教皇主義[1] 的な皇帝の権力に敵対していたのであるが、その皇帝の権力はその当時まだ厳格に霊性を重んじていたイスラム教との境界領域から徴兵されていたため[2] 聖像破壊主義的であった軍隊に支持されており、この権力がそちら側の立場からは逆に、まさにこの修道士達の収入源を断ち切ることによって、その権力の教会に対する支配諸計画の、この危険な敵対勢力について、その存在を消し去ろうと欲したからである。

[1] 東ローマ帝国やロシアにおいて、世俗の皇帝が宗教的権威である教皇や教会をも支配するという体制や考え方のこと。

[2] 7世紀に西アジアに発生したイスラム教は偶像崇拝を厳しく排斥した。