ここは最初、何で「愛の信仰」が叙事詩にと思ったんですが、何のことはない折原訳の誤訳でLyrikは叙情詩です。
また、「それぞれの退路が開けている。」もまったくおかしく、単に「芸術に戻ってくる」と言っているだけです。戦争で追い詰められたみたいなイメージは全く原文にはありません。
原文
Und innerlich führt von jeder orgiastischen oder ritualistischen Stimmungsreligiosität, aber auch von der auf mystische Sprengung der Individuation ausgehenden Liebesreligiosität bei aller Heterogenität des letztlich gemeinten »Sinnes« psychologisch der Weg äußerst leicht zur Kunst zurück; von der ersteren besonders zu Sang und Musik, von der zweiten zur bildenden Kunst, von der letzten zur Lyrik und Musik.
折原訳
そのうえ、内面的には、あらゆる狂騒的ないしは儀礼主義的な気分 [を旨とする] 宗教性から、そればかりか、個体化の神秘的破砕をめざす愛の宗教性からも、究極において抱懐されている「意味」の異質性にもかかわらず、心理的にはいたって容易に、芸術に戻る道が通じる。第一の狂騒的宗教性からは、とくに歌唱と音楽に、第二の儀礼主義的宗教性からは、造形美術に、第三の愛の宗教性からは、叙事詩と音楽に、それぞれの退路が開けている。
丸山訳
そして内面的には、全てのオルギア的または儀式主義的な情緒的信仰から、また別には、個体化の神秘的な破壊から現れ出る愛の信仰からも、最終的に想定されている「意義」が全て異なっているという状況では、心理的には結局の所、容易に芸術に舞い戻ってしまうのである;最初のもの[オルギア的な信仰]からは特に歌唱と音楽であり、二番目[儀礼主義的信仰]からは造形芸術であり、最後のもの[愛の信仰]からは音楽と[それとセットになった]叙情詩である。
