ここは細かい点は指摘しませんが、折原訳を読んで意味が取れるかどうか試してみてください。混乱の極みですし、原文にないおかしな文章が多数追加されています。
原文
Das Interesse der privilegierten Schichten an der Erhaltung der bestehenden Religion als Domestikationsmittel, ihr Distanzbedürfnis und ihr Abscheu gegen die ihr Prestige zerstörende Massenaufklärungsarbeit, ihr begründeter Unglaube daran, daß den überkommenen Glaubensbekenntnissen, von deren Wortlaut beständig jeder etwas fortdeutet, die »Orthodoxie« 10%, die »Liberalen« 90%, ein wirklich wörtlich von breiten Schichten zu akzeptierendes neues Bekenntnis substituiert werden könne, vor allem die verachtende Indifferenz gegenüber religiösen Problemen und der Kirche, deren schließlich höchst wenig lästige Formalitäten zu erfüllen kein schweres Opfer kostet, da jedermann weiß, daß es eben Formalitäten sind, die am besten von den offiziellen Hütern der Orthodoxie und Standeskonvention und weil der Staat sie für die Karriere fordert, erfüllt werden, — all dies läßt die Chancen für die Entstehung einer ernsthaften Gemeindereligiosität, die von den Intellektuellen getragen würde, ganz ungünstig erscheinen.
折原訳
特権づけられた社会層の、既成の宗教を [大衆]馴致手段として維持することへの利害関心・彼らの威信を毀損するような大衆啓蒙活動に距離をとろうとする欲求・そうした活動への嫌悪感・誰もがその原文から常時 (「正統派」でも10パーセント、「自由派」ともなると90パーセントは) 割り引いて解釈する伝来の信仰告白に代わって、広汎な信徒層に文字どおり受け入れられる、新しい信仰告白が出現するはずはない、という根深い不信・とりわけ宗教問題や教会にかかわる形式的要件の充足は、多少は煩わしくとも畢竟対して犠牲を要することでもなく、誰もが知っているとおり、まさしく形式的要件なのだから、正統信仰や身分的慣習律の守護職に委ねておくのが最善であり、とりわけ国家が、彼ら守護職の立身出世-栄達のため、そう要求してもいるのだから、従っておくにしくはない、といった、宗教を軽蔑して見下す無関心――、こうした諸事由が全て、知識人によって担われる、真摯なゲマインデ宗教性が成立する見込みはまったくない、という印象の成立に、一役買っている。
丸山訳
プラスの特権を与えられた社会層の、既存の宗教を大衆を飼い慣らす手段として保持することへの利害関心、その者達の威信を破壊しかねない大衆への啓蒙活動に対して距離を取りたいという欲求と嫌悪、その者達の根拠のある次のことへの不信、つまり昔からの信仰信条について、誰もがその言い回しから常に多少なりとも新たな意味を読み取り、「正統派教会」の場合で10%程度、「自由主義神学」の場合だと90%も、字義通り広範囲の社会層に受け入れられる新しい信条によって置き換えが可能である、という考え方への不信であるが、また取り分け宗教的問題と教会に対しての軽蔑を伴う無関心は、その問題と教会に対しては、結局は教会がほとんど負担にならない形式的な手続きで問題を処理することは何らコストがかかるものではなく、というのもそれが単なる形式上のことであることは誰でも知っており、それは正統派教会と聖職身分の慣習律の監督者によって、そして国家はその監督者については必要なキャリアを要求しているのであるから、処理させておけば間違いないといった無関心であるが、--全てのこうしたことはある真剣な教団的信仰で知識層によって担われるものを成立させる可能性を、まるで見込みがないもののように見せるのである。