1.(in der Diaspora schon lange vor der Zerstörung des Tempelkults)の所、折原訳の「(神殿礼拝が破壊されるずっと以前から、離散状態にあって)」は意味不明です。ディアスポラはエルサレムの神殿がまだ存在している時代からあったので、「ディアスポラにおいては」と言っているだけです。創文社訳は「すでに神殿礼拝が破壊されるはるか以前から、離散状態(ディアスポラ)にあるユダヤ教徒に見られた」ときちんと訳しているのに、また勝手な変更を加えて意味不明にしてしまっています。
2.「純粋な教説と命令の性格を厳守し [て、形象化を排し] たこと」の「厳守」とか「形象化を排し」なんて原文にはありません。「純粋な教説・命令の性格において」と言っているだけ。
原文
Über die letztere ist hier nicht zu reden, da weder ihre kabbalistische noch ihre chassidistische noch andere Formen typische Motive für das praktische Verhalten der Juden zur Wirtschaft abgegeben haben, so symptomatisch wichtig die beiden genannten religiösen Erzeugnisse sind. Die »asketische« Abwendung von allem Künstlerischen hat, neben dem zweiten Gebot, welches in der Tat das Umschlagen der s.Z. weit entwickelten Angelologie in künstlerische Formung hinderte, vor allem in dem reinen Lehr- und Gebotscharakter des typischen synagogalen Gottesdienstes (in der Diaspora schon lange vor der Zerstörung des Tempelkults) seinen Grund: schon die Prophetie hatte gerade die plastischen Elemente des Kults herabgesetzt, die orgiastischen und orchestrischen im Erfolg so gut wie gänzlich ausgemerzt.
折原訳
この要素について、ここで語る必要はないであろう。それというのも、ユダヤ教のカバラ的形態も、ハッシディズム的形態も、それ以外の形態も、(殊に前二者の宗教的所産は、ユダヤ教の徴候を示すものとして重要ではあるが)こと経済にたいするユダヤ教徒の実践的行動には、類型的な動機を提供するものではなかったからである。芸術的なものの全てからの「禁欲的」離反の根拠は、十戒の第二戒――これはじっさい、当時盛んにおこなわれていた天使論が、芸術的造形に転化するのを阻止した――とならんで、とくにユダヤ教の会堂における典型的礼拝が、(神殿礼拝が破壊されるずっと以前から、離散状態にあって)純粋な教説と命令の性格を厳守し [て、形象化を排し] たこと、にあった。すでに預言が、礼拝の他ならぬ造形的要素を貶価し、狂騒や歌舞音曲の類も、結果として完全に削除したに等しい。その点では、ローマ文化もピューリタニズムも (動機はまったく異なるが) 結果においては同じような道を進んでいる。
丸山訳
ユダヤ教の神秘主義の他の要素についてここで語るべきではないだろう。というのは神秘主義のカバラ[1] 的、ハシディズム[2] 的、さらには他の諸形態も、ユダヤ人の経済に対しての実際の行動について、何らの典型的な諸動機を作り出すこともなかったからであり、その二つは[ユダヤ教が産み出した]徴候としては重要ではあるが。全ての芸術的なものから禁欲的に背を向けることは、十戒の2番目の命令[偶像禁止]と並んで、それは実際に当時発達していた天使に関する教えが芸術的な形に作り替えられるのを妨げたが、取り分け典型的なシナゴーグでの礼拝の純粋な教説・命令の性格において(ディアスポラにおいては既に神殿礼拝の破壊よりもはるか前から)その理由があり:既に預言がまさしく祭式においての造形的な要素の価値を引き下げ、結果的にオルギア的・管弦的な要素もほぼ完全に消し去ったのである。
[1] ユダヤ教に基づく神秘主義思想。旧約聖書の内容を神秘的に解釈した、創造論、終末論、メシア論を含む秘教的思想。元々は文字では伝えきれない部分を口伝で師匠から弟子に伝えるという意味があり、律法遵守と必ずしも矛盾していなかった。16世紀頃になると、キリスト教徒の中にもカバラの影響を受けて、神秘主義的に聖書を解釈するクリスチャンカバラが生まれた。
[2] イスラエル・ベン・エリエゼルが18世紀に創始した超正当派に属するユダヤ教運動で、敬虔主義運動とも訳される。当初はハプスブルク帝国の中のガリツィア(現在のウクライナとポーランドの一部)を中心としていた。非常に強く伝統主義的でかつ神秘主義的な傾向を持っていた。