折原浩訳の問題点(208)

ここの”welche als einzelne mit anderen einzelnen verglichen und aufgerechnet wird”を折原訳は「あくまでも個々の行為が、他の個々の行為と比較され、[正負が]相殺される」と訳していますが、aufgerechnetはgegenが付いていれば「~に対して相殺される」という意味になりますが、ここはmitなので、他の項目と一緒に帳簿(当座勘定)に記載される、と言っているだけです。結果として二つが相殺になる場合もあり、逆に善行ないしは悪行の増強となる場合もあり、片方だけを言っているのではありません。

原文
Unrichtig ist es, wenn gesagt wird: nur die Äußerlichkeit der Gesetzesbefolgung sei religiöses Erfordernis gewesen. Das ist der naturgemäße Durchschnitt. Aber das Postulat stand höher. Allerdings aber ist es die einzelne Handlung, welche als einzelne mit anderen einzelnen verglichen und aufgerechnet wird. Und wenn auch die Auffassung der Beziehung zu Gott als eines Kontokorrentes (sie findet sich übrigens gelegentlich auch bei Puritanern) der einzelnen guten und bösen Werke mit ungewissem Gesamtergebnis nicht die offiziell herrschende war, so ist allerdings die zentrale methodisch-asketische Orientiertheit der Lebensführung, wie sie den Puritanismus kennzeichnet, von den schon erwähnten Gründen abgesehen, einmal infolge der doppelten Moral eine unvermeidlich ungleich schwächere als dort.

折原訳
宗教上の要件は、律法遵守の外形だけだった、と主張されるとすれば、それは正しくない。必然的に生ずる平均は、そうしたところに落ち着かざるをえなかったとしても、要請される水準はもっと高かった。とはいえ、あくまでも個々の行為が、他の個々の行為と比較され、[正負が]相殺される、という事情に、変わりはない。そして、神との関係を、全体としての結果はどうなるか分からない、個々の善行と悪行との差引残高として割り出す、そうした捉え方(ちなみにそれは、ピューリタンにも時折みられる)が、ユダヤ教において公式に支配的となったわけではないとしても、ピューリタンを特徴づけているような、生き方を中心から方法的・禁欲的に方向づけ、体系化していく生活態度は、すでに論じた理由は別としても、ひとつには対内道徳と対外道徳との二重性の結果、ピューリタンの場合に比べてはるかに弱まらざるをえなかった。

丸山訳
次のことは間違いである:律法を遵守しているという外観だけが宗教的な要求である、と主張することである。それは自然な平均的な考え方である。しかしながら、ユダヤ教での要求水準はもっと高いものであった。しかしもちろん、個々の行為が、別の個々の行為と比較され、一緒に帳簿に記載される、ということである。そしてまた、神との関係を一種の当座勘定として把握することが(そういった把握の仕方は、時折またピューリタンの間でも見出されるが)、個々の善き業と悪しき業を未確定の総決算とセットにして考えるというやり方が、公的に支配的なものではなかったとしても、その場合でももちろん、生活実践が方法体系的・禁欲的なものを中心にして方向付けられているということは、それはピューリタニズムの特徴であるが、これまで論じて来た様々な根拠から判断すれば、一つには[対内倫理と対外倫理の]二重倫理の結果としてユダヤ人においてはそれは、ピューリタンと比べ避け難く、同質ではなくより弱いものでしかなかった。

折原浩訳の問題点(207)

ずっと、ユダヤ人の対内倫理と対外倫理の二重性の話をしているのに、折原訳はVerkehrをずっと「交渉」と訳しています。いうまでもなく、ここでは「取引」の意味で使われています。英語で言えばtrafficです。
最後の「[「証された」救済が来世に期待できる、というわけではない]」も余計な補足と思います。そういうのは読者が自分で考えることです。

後は間違いとまでは言いませんが、
nüchtern → 「醒めた」、より「冷静に」(この訳者はwachも必ずといっていいくらい「醒めた」と訳します。)
»sachlich«→「事柄に即する」という意味の良く分からない訳ではなく「私情を交えず」「事務的に」ぐらい。

原文
Er hatte ein weit schwereres inneres Schicksal zu überwinden als der seiner »Erwählung« für das Jenseits sichere Puritaner. Der Einzelne muß sich mit der Tatsache der Verheißungswidrigkeit der bestehenden Welt, solange Gott sie zuläßt, eben abfinden und sich genügen lassen, wenn Gott ihm Gnade und Erfolg schenkt im Verkehr mit den Feinden seines Volks, denen er, wenn er den Ansprüchen seiner Rabbinen genügen will, legal und nüchtern rechnend, ohne Liebe und ohne Haß, »sachlich« gegenübertritt und sie so behandelt, wie es ihm Gott erlaubt hat.

折原訳
彼は、自分が「彼岸において選ばれていること」を確信しているピューリタンに比して、はるかに苛酷な内面的運命に耐えなければならなかった。個々人は、現存する世界が、いかに神の約束には反する実情にあっても、神がそれを許容しているかぎり、その実情と折り合いをつけなければならない。そのうえで、民族の敵たちとの交渉にあたって、ラビたちの要求にしたがおうとすれば、当の敵たちを、合法的かつ醒めた計算にもとづき、愛も憎しみも交えず、「事柄に即する」態度で、神に許されるとおりに、処遇しなければならない。じっさいにそのとおりに振る舞って、神がかれに恩恵と成果を贈ってくれるのであれば、そのかぎりで満足しなければならないのである [「証された」救済が来世に期待できる、というわけではない]。

丸山訳
そのユダヤ人は、自分の来世での救済へと「選ばれていること」について確信しているピューリタンよりも、はるかに過酷な内的な運命を耐え忍ばなければならなかった。個々の者は、今ある現世の、神の諸約束とは反する現状に、その現状を神が認める限りにおいて、満足し良しとしなければならなかったし、神がその者に、その民族の敵達との取引において恵みと成果を贈る場合は、その者は敵達について、その者がラビ達からの様々な要求を満たそうと欲する場合は、合法的にかつ冷静に計算して、愛も憎しみもなく、「私情を交えず[sachlich]」対処し、それによる恵みと成果については、神がその者に許し給うたものとして扱うのである。

折原浩訳の問題点(206)

1.(in der Diaspora schon lange vor der Zerstörung des Tempelkults)の所、折原訳の「(神殿礼拝が破壊されるずっと以前から、離散状態にあって)」は意味不明です。ディアスポラはエルサレムの神殿がまだ存在している時代からあったので、「ディアスポラにおいては」と言っているだけです。創文社訳は「すでに神殿礼拝が破壊されるはるか以前から、離散状態(ディアスポラ)にあるユダヤ教徒に見られた」ときちんと訳しているのに、また勝手な変更を加えて意味不明にしてしまっています。
2.「純粋な教説と命令の性格を厳守し [て、形象化を排し] たこと」の「厳守」とか「形象化を排し」なんて原文にはありません。「純粋な教説・命令の性格において」と言っているだけ。

原文
Über die letztere ist hier nicht zu reden, da weder ihre kabbalistische noch ihre chassidistische noch andere Formen typische Motive für das praktische Verhalten der Juden zur Wirtschaft abgegeben haben, so symptomatisch wichtig die beiden genannten religiösen Erzeugnisse sind. Die »asketische« Abwendung von allem Künstlerischen hat, neben dem zweiten Gebot, welches in der Tat das Umschlagen der s.Z. weit entwickelten Angelologie in künstlerische Formung hinderte, vor allem in dem reinen Lehr- und Gebotscharakter des typischen synagogalen Gottesdienstes (in der Diaspora schon lange vor der Zerstörung des Tempelkults) seinen Grund: schon die Prophetie hatte gerade die plastischen Elemente des Kults herabgesetzt, die orgiastischen und orchestrischen im Erfolg so gut wie gänzlich ausgemerzt.

折原訳
この要素について、ここで語る必要はないであろう。それというのも、ユダヤ教のカバラ的形態も、ハッシディズム的形態も、それ以外の形態も、(殊に前二者の宗教的所産は、ユダヤ教の徴候を示すものとして重要ではあるが)こと経済にたいするユダヤ教徒の実践的行動には、類型的な動機を提供するものではなかったからである。芸術的なものの全てからの「禁欲的」離反の根拠は、十戒の第二戒――これはじっさい、当時盛んにおこなわれていた天使論が、芸術的造形に転化するのを阻止した――とならんで、とくにユダヤ教の会堂における典型的礼拝が、(神殿礼拝が破壊されるずっと以前から、離散状態にあって)純粋な教説と命令の性格を厳守し [て、形象化を排し] たこと、にあった。すでに預言が、礼拝の他ならぬ造形的要素を貶価し、狂騒や歌舞音曲の類も、結果として完全に削除したに等しい。その点では、ローマ文化もピューリタニズムも (動機はまったく異なるが) 結果においては同じような道を進んでいる。

丸山訳
ユダヤ教の神秘主義の他の要素についてここで語るべきではないだろう。というのは神秘主義のカバラ[1] 的、ハシディズム[2] 的、さらには他の諸形態も、ユダヤ人の経済に対しての実際の行動について、何らの典型的な諸動機を作り出すこともなかったからであり、その二つは[ユダヤ教が産み出した]徴候としては重要ではあるが。全ての芸術的なものから禁欲的に背を向けることは、十戒の2番目の命令[偶像禁止]と並んで、それは実際に当時発達していた天使に関する教えが芸術的な形に作り替えられるのを妨げたが、取り分け典型的なシナゴーグでの礼拝の純粋な教説・命令の性格において(ディアスポラにおいては既に神殿礼拝の破壊よりもはるか前から)その理由があり:既に預言がまさしく祭式においての造形的な要素の価値を引き下げ、結果的にオルギア的・管弦的な要素もほぼ完全に消し去ったのである。

[1] ユダヤ教に基づく神秘主義思想。旧約聖書の内容を神秘的に解釈した、創造論、終末論、メシア論を含む秘教的思想。元々は文字では伝えきれない部分を口伝で師匠から弟子に伝えるという意味があり、律法遵守と必ずしも矛盾していなかった。16世紀頃になると、キリスト教徒の中にもカバラの影響を受けて、神秘主義的に聖書を解釈するクリスチャンカバラが生まれた。

[2] イスラエル・ベン・エリエゼルが18世紀に創始した超正当派に属するユダヤ教運動で、敬虔主義運動とも訳される。当初はハプスブルク帝国の中のガリツィア(現在のウクライナとポーランドの一部)を中心としていた。非常に強く伝統主義的でかつ神秘主義的な傾向を持っていた。

ヴェーバーとゾンバルト

最近、ゾンバルトの「ユダヤ人と経済生活」を少しずつ読んでいますが、どうもヴェーバーの資本主義精神がプロテスタンティズムから来ている、というのより、ゾンバルトの方が正しいように思い始めています。その辺り、ちょっとGeminiに聞いてみた結果を公開します。

ヴェーバーとゾンバルト.pdf

折原浩訳の問題点(205)

ここは一発ネタ。Stadtmenschが「都会人」はないでしょう。(笑)シティ派のユダヤ人みたいな変なイメージが湧いてきます。

原文
Der fromme Jude schon der Zeit des Josias, erst recht der nachexilische Jude ist ein Stadtmensch. Das ganze Gesetz ist darauf zugeschnitten. Weil ein Schächter notwendig war, lebte der orthodoxe Jude nicht isoliert, sondern möglichst in Gemeinden (auch jetzt Spezifikum der Orthodoxie gegenüber den Reformjuden z.B. in Amerika).

折原訳
敬虔なユダヤ教徒は、すでにヨシアの時代にも、そうとすれば捕囚後のユダヤ教徒はなおのこと、都会人である。 律法全体は、この関係に照準を合わせている。律法に則った屠殺者が必要だったので、正統派のユダヤ教徒は、孤立しては生きられず、できるかぎりゲマインデに結集して生活した (この点がいまでも、正統派のユダヤ教徒を、たとえばアメリカの改革派ユダヤ教徒から区別する特徴となっている)。

丸山訳
敬虔なユダヤ人は既にヨシヤの時代[1] において、捕囚後のユダヤ人ならなおさら、都市の住民である。律法の全体はこうした状況に合わせて編成されている。律法の定める通りに動物を処理する屠殺者が不可欠だったため、正統なユダヤ教徒は孤立して住むことはなく、可能な限り教団として結束して生活した(例えばアメリカでは、このことが正統派ユダヤ教徒と改革派[2] ユダヤ教徒を識別する目印となっている)。

[1] 紀元前7世紀後半。

[2] 19世紀はじめぐらいからドイツに起こった、律法のルールと生活の簡素化を推進し、またディアスポラをそのまま受け止め、各地域のローカルな言語を礼拝に取り入れたりした。イギリス、アメリカその他にも波及した。

 

折原浩訳の問題点(204)

ここは再登場の誤訳:Bibelfestigkeit × 聖書堅持 ○ 聖書に精通していること から引き摺られて他も誤訳しているもので、jüdische Gesetzeskenntnisは「律法認識」ではなく「律法の知識」です。最初のイエスのもそうです。
また、笑えるのが前回聖書の引用に勝手に追加していたんですが、今回はヴェーバーが聖書の2つの引用を混ぜて「羊が井戸に落ちた」としているのを、片方にだけ合わせて「羊が穴の中に落ちた」と変えていることです。聖書との距離感が一定ではありません、というかもう一箇所あるのに気付いてなかったんでしょうが。

それから、全集の訳注チェックのおかげで今ゾンバルトの「ユダヤ人と経済生活」を読んでいるんですが、それを読んでいるとここでのヴェーバーが書いていることまったく難しくなくてそのまま理解出来ます。

原文
Seine Art der Gesetzeserfüllung und Gesetzeskenntnis ist jener Durchschnitt, welchen der praktisch arbeitende Mann, der auch am Sabbat nicht sein Schaf im Brunnen liegen lassen kann, wirklich leistet. Die für den eigentlich Frommen obligatorische jüdische Gesetzeskenntnis dagegen geht, schon in der Art der Jugenderziehung, nicht nur quantitativ, sondern qualitativ weit über die Bibelfestigkeit des Puritaners hinaus und ist nur allenfalls mit den Ritualgesetzen der Inder und Perser zu vergleichen, nur daß sie eben in weit größerem Umfang neben bloßen rituellen und Tabunormen auch sittliche Gebote enthält.

折原訳
イエスの律法遵守と律法認識の仕方は、安息日にも穴に落ちた羊を放っておくわけにはいかない 、じっさいに働いて生活している人々が、現実に達成できる平均水準にひとしい。それに対して、ユダヤ教において本来の敬虔な信徒に義務として課されている律法認識は、すでに青少年教育のやり方についてみても、量的にばかりか、質的にも、ピューリタンにおける聖書堅持をはるかに凌駕している。ユダヤ教の律法と [戒律の総量において] どうにか比肩できるのは、インド人やペルシア人の儀礼戒律のみであるが、ただ、ユダヤ教の律法認識は、たんなる儀礼規範やタブー規範とならび、道徳上の命令をも [インド人やペルシア人の場合に比べて] はるかに広範囲に含んでいるにすぎない。

丸山訳

イエスのやり方での律法遵守と律法知識は、実際に働いている人で、また安息日にその羊が井戸の中に落ちたのをそのままにすることは出来ない[1] 人、そういった平均的な人が実際に達成出来るものである。それに対して、本来は敬虔な者のための義務的なユダヤ人の律法についての知識は、既に若者への教育の仕方において、単に量的にだけではなく、質的にもピューリタンの聖書に対する精通のレベルをはるかに超えるものであり、そしてただ何とかそれに比肩するのは、インド人とペルシア人の儀式の戒律ぐらいであり、ただ違うのはユダヤ人の律法の知識はまさしく、単なる儀式上のそしてタブーとしての規範以外にはるかに広範囲の倫理上の命令を含んでいるということである。

[1] マタイによる福音書 12:11-12「そこで、イエスは言われた。「あなたたちのうち、だれか羊を一匹持っていて、それが安息日に穴に落ちた場合、手で引き上げてやらない者がいるだろうか。人間は羊よりもはるかに大切なものだ。だから、安息日に善いことをするのは許されている。」 また、ルカによる福音書 14:5「そして、言われた。「あなたたちの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか。」」ヴェーバーはこの2つを混ぜ合わせて引用している。

折原浩訳の問題点(203)

ここは翻訳における注意深さという点に関してです。
Spätjudentumを創文社訳も折原訳も「後期ユダヤ教」と訳していますが、これだとまるで中世におけるユダヤ教のように響きます。実際は訳注に書いた通り、ヴェーバーの当時は、イエスの時代のユダヤ教がキリスト教に切り替わっていく時期という意味で「後期」とされた、ということであり、現在ではもはや使われていない時代区分です。
ちなみに「ナザレの片田舎から」も例によって勝手な追加。元が聖書の句ですから、勝手に訳者の解釈を付け加えるべきではありません。

Gegen eben diesen intellektualistischen, schriftgelehrtenhaften Zug des genuinen Spätjudentums lehnt sich Jesus auf. Nicht die in ihn hineininterpretierten »proletarischen« Instinkte, sondern die Art der Gläubigkeit und das Niveau der Gesetzeserfüllung des Kleinstädters und Landhandwerkers, im Gegensatz zu den Virtuosen des Gesetzeswissens ist es, was in dieser Hinsicht seinen Gegensatz bildet gegen die auf dem Boden der Polis Jerusalem gewachsenen Schichten, die ganz wie jeder Großstadtbürger der Antike fragen: »Was kann von Nazareth Gutes kommen?«

折原訳
真正な後期ユダヤ教の、まさにこの知性主義的で律法学者流の特徴的傾向に、イエスは反撥している。イエスが、都市国家エルサレムを基盤として成長を遂げ、古代のどの大都市の市民ともまったく同様に、「ナザレの片田舎から、なにか良いことが出て来るのか?」と問う社会層に対して、敵対するのは、 [昨今の解釈が]かれのなかに読み込もうとする「プロレタリア」的本能によるのではなく、小都市市民と地方手工業者の信仰ならびに律法遵守の、達人的な律法知識とは異なるあり方と水準ゆえである。

丸山訳
真正なイエスの時代のユダヤ教[1] の、まさにこうした主知主義的な、律法学者的な性向に対して、イエスは反抗している。[そういた反抗の元となっているのは]彼においての、そう解釈される「プロレタリア的な」本能ではなく、信心深さのあり方と小都市の住民と農村部の職人達の律法遵守の水準であり、それは律法を熟知している宗教的練達者[Virtuosen]に対置されており、それがこの観点でイエスの都市国家エルサレムを基盤として成長した社会層[2] への反対を形作っているのであり、そうした社会層は全ての古代における大都市住民と同様に問いかけるのである:「ナザレから何か良いものが出るだろうか?[3]」

[1] 元はSpätjudentumだが、「spät=後期」という言い方はヴェーバー当時のものであり、ここではいわゆる「第二神殿時代」(BC516~AD70)の中のイエスと同時代の、ぐらいの意味。Spätjudentumは当時の歴史区分で要するにユダヤ教がキリスト教に切り替わるというキリスト教側から見た時代区分で、決して「中世の」とかの意味ではない。

[2] 主としてファリサイ派やサドカイ派。

[3] ヨハネ1:46「するとナタナエルが、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言ったので、フィリポは、「来て、見なさい」と言った。」

MWG I/22-2(宗教ゲマインシャフテン)の参照先注は信用してはいけない。

1.以前、「宗教ゲマインシャフテン」の全集の注が、
(1)本来前後参照ではないものを間違ってそう解釈し
(2)そしてその参照先がまったく的外れ
だったという例を紹介しました。

そして新たに2つほど、参照先の注がおかしいのが出て来ています。

2.全集のP.420の訳注93、原文がWas »unter Brüdern« perhorresziert ist, ist dem Fremden gegenüber erlaubt. Den Mitjuden gegenüber ist die jüdische Ethik durchaus unbezweifelbar traditionalistisch, vom Standpunkt der »Nahrung« ausgehend, und soweit auch — worauf Sombart gewiß mit Recht hinweist — die Rabbinen dabei Konzessionen,
の所で、全集の訳注は参照先をゾンバルトの「ユダヤ人と経済生活」のP.289としています。ヴェーバーの言及元は私の日本語訳では「ユダヤの同胞に対しては、ユダヤ人の倫理は全くのところ疑いの余地なく伝統主義的であり、それは「生計維持」の立場から出てくるのであり、そしてまた次の限りで--それについてはゾンバルトが確かに正当に言及しているが --ラビ達がその際に認可し、」であり、要するにユダヤ人が対内倫理についてもラビ達が緩和した、という内容ですが、P.289は単に対内倫理と対外倫理の二重性について述べている箇所なのでまったく該当しません。私が調べた限りで正しいのは、講談社学術文庫の日本語訳(金森誠也訳)の第11章のP.228、「しかし、老練な事業家のように、ときにはきわめて困難な経済問題について論争し、さらに熱心な利益獲得の生活を激励する言葉に他ならない様々な根本原則を打ち出す多くのラビたちの発言は、われわれには奇妙に思われる。近代的な利益獲得の原則が、ラビたちによって表明されている箇所をタルムードから取りだしても、まことに興味深いものがあろう(そればかりではない、ラビたちは実際にはしばしば自ら大実業家でもあった)。」です。こちらは確かにラビ達が経済倫理を緩めたことが書いてあります。(この後に実際にラビ達が言ったことの引用が続きます。)

3.全集のP.422、訳注95。私の訳で「つまり、ヤハウェの諸約束によって、既に見て来たように 、創り出されたパーリアの地位と、そこから生じる部外者の側からの不断の蔑視という状態に対して」の「既に見て来たように」の参照先ですが、全集が言っているのは以下の箇所です。「事実上はバビロン捕囚以降、そしてまた形の上ではエルサレムの神殿の[最初の]破壊 以降はユダヤ人は「パーリア民族[賤民]」であり、つまりそれはここでの意味であり(その意味はインドの「パーリアカースト 」の位置付けと同じである部分は少なく、それは例えば「カーディ による裁判」の概念が実際のカーディーによる裁判での適用されている諸原理に必ずしも一致していないのと同じであるが):それは一方では(元々は)魔術的な、タブー的な、そして儀式的な理由による、食卓を共にすることによるのと通婚による対外的ゲマインシャフト関係形成の制限によって、また他方では政治的・経済的にマイナスの特権を与えられることによって更に経済的に特別な業務に結び付けられ、自律的な政治団体無しに世襲である特別なゲマインシャフトに統合された諸グループのことである。」しかしここは単に「パーリア民族」という単語が出てくるだけの箇所です。私は日本語訳だとP.35ぐらいになりますが、以下の箇所と考えます。「少なくとも、普遍的一神教への先駆けをなす単神崇拝が生まれたのは、まさに宗教史上もっとも重要なヤハウェ礼拝の場合、ごく具体的な歴史的事件、すなわち誓約ゲノッセンシャフト[1] が結成された帰結であった。この場合には、普遍主義が、国際政治の所産であった。それというのも、ヤハウェ礼拝とヤハウェに由来する道徳との利害関係人であった預言者たちが、国際政治の実践的解釈者[国際政治の動因をヤハウェの意思に求め、もっぱらそれを規準とする態度決定を説く者]として立ち現れ、その結果、イスラエルの死活の利害にかかわる強大な異民族の行為も、じつはヤハウェの行為なのだ、と解釈され始めたのである。ここで明瞭に看取されるとおり、ユダヤの預言者の思弁には、特異かつ顕著に、歴史[に準拠する動]的性格がそなわっており、この点で、インドやバビロンの祭司層の自然にかんする[静的]思弁と、このうえなく鋭い対照をなしている[2]。また [同じく明瞭に看取されるとおり]、そういう予言者の思弁においては、諸民族の国際政治に巻き込まれた自民族の運命の、かくも陰惨で、ヤハウェの約束に照らしてかくも不可解な展開さえをも、なおかつ総体としては「ヤハウェの行為」したがってひとつの「世界史」として捉える、という課題が、ヤハウェの約束から避けがたく生じ、この事情が、エルサレムというポリスの局地神に変貌を遂げていた、古い誓約連合仲間の戦争神[ヤハウェ]に、預言者流の普遍主義的な特徴、すなわち世界を超越する神聖な全能と測り難い威厳とを付与することにもなった。」ヴェーバーが述べている内容にはるかに近いのは明らかにこちらです。

以上の3つの例から見る限り、全集の注釈の参照先はおそらくは何らかのテキスト検索でヒットした箇所を、そのまま十分な検討もせずに参照先としているものと判断します。まるで出来の悪い生成AIのハルシネーションです。信じられませんが事実です。

折原浩訳の問題点(202)

もう201回も行っているのでこれ以上増やすことには興味を失いつつありますが(笑)、でもなんだか分かったような分かっていないような翻訳。
(1)rebus sic stantibus は法学で言う「事情変更の原則」のこと、ただここでは情状酌量すると、ぐらい。「現下の事情のもとでは」というのは間違いとまでは言いませんが、何か微妙な訳。
(2)probabilistischeを「可能なかぎりのことで「よい」とされる」とするのは意味不明。カトリックの蓋然説の考え方による、です。私の訳注参照。
(3)相変わらず「直接」を「直截」とする間違いの繰り返し。(ちなみに次の文の訳でも。)

原文
Die gegenseitige Situation von Katholiken, Juden und Puritanern beim wirtschaftlichen Erwerb läßt sich also etwa so zusammenfassen: der strenggläubige Katholik bewegte sich im Erwerbsleben fortwährend in der Sphäre oder an der Grenze eines Verhaltens, welches teils gegen päpstliche Konstitutionen verstieß und nur rebus sic stantibus im Beichtstuhl ignoriert oder nur durch laxe (probabilistische) Moral gestattet, teils direkt bedenklich, teils wenigstens nicht positiv gottwohlgefällig war.

折原訳
カトリック教徒、ユダヤ教徒、およびピューリタンが、経済上の営利生活を営むさいに置かれた状況は、相互に比較すると、おおよそつぎのように要約されよう。篤信のカトリック教徒が、営利生活に携わって継続的に活動できたのは、つぎのような行動の領域か、その境界線上であった。すなわち、教皇の基本規約 [教皇体制の「憲法」] には抵触するものの、現下の事情のもとでは告解席で不問に付されるか、あるいは弛緩した (可能なかぎりのことで「よい」とされる) 道徳によってのみ容認されるか、直截に疑わしいか、あるいは少なくとも、積極的に神意に適うとはいえない、そういう行動の領域である。

丸山訳
カトリック教徒、ユダヤ教徒、そしてピューリタンの経済的な生業における相互の状況は、それ故に大体次のように要約することが出来るであろう:正統派のカトリックは、生業の暮らしにおいて絶えずある行為の領域またはその境界にて、その行為は、ある部分では法王の定める教皇基本令に違反し、そしてただ rebus sic stantibus[1] [事情変更の原則]によってのみ、告解席にて問題とされないか、あるいはただ緩和された(蓋然説[2] 的な)道徳によって承認されるか、別の部分では直接的に疑わしいとされ、また別の部分では少なくとも積極的には神が嘉するものとはされなかったかであった。

[1] 正確には clausula rebus sic stantibus でラテン語の意味は「事情がもし同じなら」ということであり、ある契約や条約などを結んだ時に前提としていた事情や環境が大きく変わった場合には、契約の一部または全部を変更したり解消出来るという考え方。(事情変更の原則)ここでの意味はむしろ「情状酌量すれば」に近い。

[2] ある具体的な状況での善悪の判断について、確実な道徳的判断では悪と見なされても、十分にもっともらしく見える理由が他にあれば善としてもよいという考え方で、特にイエズス会による決疑論の中で発達した。

折原浩訳の問題点(201)

200回を達成したと思ったら、すぐに201回目。
(1)「besonderen Pariavolkscharakter des Judentums und seiner Religiosität」を折原訳は「ユダヤ教とその宗教性に特有のパーリア的性格」と訳していますが、「パーリア民族的性格」と言っているんですから、ここのJudentumは「ユダヤ人、ユダヤ民族」でありユダヤ教でありません。大体「ユダヤ教とその宗教性のパーリア的性格」って意味不明です。しかも最後の文は正しく「ユダヤ人」と訳しています。まったく注意力散漫です。
(2)「固定設備への資本投下をともなう」は、原文は「固定資本を伴った」です。大体固定資本は設備だけでなく、土地や建屋も入りますから、勝手に設備に限定するのはおかしいです。そして「資本投下」が問題になるのではなく、「固定資本」として回収に長期間が必要で、そういう負担に耐えられなかった、とヴェーバーは言っています。(金貸し業や小売業ではそういう固定資本の占める割合が非常に少なく、資産の流動性が高くなります。)大体ヴェーバーは本来は国民経済学者の教授であり、こうした基本的な経済用語をきちんと理解もせず(本当にこの訳者は変なマル経用語多用する割りには、経済の基礎知識が非常に不十分です)適当に変えて訳すのは問題です。

原文
Weder das spezifisch Neue des modernen Wirtschaftssystems noch das spezifisch Neue an der modernen Wirtschaftsgesinnung sind spezifisch jüdisch. Die letzten prinzipiellen Gründe dafür hängen wieder mit dem besonderen Pariavolkscharakter des Judentums und seiner Religiosität zusammen. Zunächst schon die rein äußeren Schwierigkeiten der Beteiligung an der Organisation der gewerblichen Arbeit: die rechtlich und faktisch prekäre Lage der Juden, die wohl der Handel, vor allem der Geldhandel, nicht aber ein rationaler gewerblicher Dauerbetrieb mit stehendem Kapital erträgt. Dann aber auch die innerliche ethische Situation. Das Judentum, als Pariavolk, bewahrte die doppelte Moral, welche im Wirtschaftsverkehr jeder Gemeinschaft urwüchsig ist.

折原訳
近代的経済システムに固有の新たなものも、近代的経済心意に固有の新たなものも、どちらもユダヤ人に特有のものではない。そうなる究極の原理的根拠は、またしてもユダヤ教とその宗教性に特有のパーリア的性格に関連している。まず、ユダヤ人が置かれている、法律上も事実上も不安定な状況では、手工業労働の組織への関与は、まったく外面的にも、困難である。そうした不安定な状況では、おそらく商取引、殊に貨幣取引に携わることはできようが、固定設備への資本投下をともなう持続的な手工業経営は担いきれない。そのうえ、内面的な倫理的状況についても同じことがいえる。ユダヤ人は、パーリア民として、いかなるゲマインシャフトの経済的取引にも原生的な二重道徳を保持していた。

丸山訳
近代的資本主義の特別に新しいことも、近代的な経済心情に特別に新しいことも、特別にユダヤ人的なことではない。そのことについての最終的な原理的な根拠が関係しているのは、再度ユダヤ人のパーリア民族としての特別な性格と、その信仰である。まず第一には、元からある純粋に外的な、事業労働の組織に関与することの困難さである:法的にも事実上も不安定なユダヤ人の社会的地位、そうした社会的地位では商業や、取り分け金融業には従事出来ても、しかし合理的な継続性を持った経営で固定資本を伴うものには耐えられない。しかしそれからまた、内面的な倫理の状況がある。パーリア民族としてのユダヤ人は、二重道徳[対外道徳と対内道徳]で、全てのゲマインシャフトの経済的な取引にも元からあったものを保持していた。