「中世合名・合資会社成立史」の結論部について

「中世合名・合資会社成立史」をまだAmazonで販売せず、このブログにだけに掲載していた時に気が付いたのは、日数を空けて公開している各部分訳について、結論に近付くと急にアクセスが増えたことです。常識的に考えて、この読みにくい論文を全部読もうという奇特な人は少なく、手っ取り早く結論部だけ見て、何が書かれているのかを知ろうとした、と推測出来るでしょう。ところが、この論文の結論部、私の翻訳でわずか2ページちょっとしかありませんが、これは多くの人が期待する結論部的な内容をまったく裏切る肩透かし的な内容です。普通、論文の結論部と言えば、自分の設定した問題を繰り返し、そしてその論文でその問題が解決できたのか、あるいは出来なかったのかを明らかにしてまとめ、最後に今後の研究の方針を示す、といったものでしょう。ところがこの論文の結論部は一言で言えば「言い訳」に終始しています。簡単に振り返ってみましょう。

1.法教義学的利用の可能性
結論部のタイトルが「結論。得られた成果の法教義学的利用の可能性。」なのですが、これは19世紀後半のドイツの法学界で主流だった「歴史学派」が何を目的に史的研究を行っていたのかを考えれば容易に理解出来ます。すなわち、各地方の領邦(ラント)に分れていたドイツという国が、ようやく1871年にプロイセンを中心とした連邦国家(ドイツ帝国)としてまとまり、そこでどのような近代的な法体系を統一国家として整えて行くのか、というのが法学者達にとって喫緊の課題でした。そのための歴史研究であり、その中にローマ法をもっとも重要な法源と考えるロマニステンとゲルマン法を重視するゲルマニステンの対立が生まれ、激しい論争を引き起こします。どちらのグループに属するにせよ、単純な歴史研究ではないのが本来の歴史学派の姿です。しかしながらヴェーバーは、「これまで行って来た考察の成果を問われた場合には、まず次のことが確認されなければならない。それはこのような考察についてそのような[法教義学的]意義をある程度はっきりした形で切り出すことは出来ないということである。」と結論部の最初である意味堂々と「法教義学的な成果は無い」と開き直っています。ヴェーバーの母のヘレーネが、ヴェーバーがやりたかったのは歴史研究で、法教義学は息子の趣味ではない、とどこかで言っていましたが、まさしくその通りの開き直り方です。

2.「合手制」と合名会社の関係
1.で開き直ったヴェーバーは次に、しかし合名会社と「合手制」の関係を考察すれば、そう言った「法教義学的かつ法実務的な意義」は「もしかしたら」そういうものが得られるかもしれない、と続けています。この「合手制」こそ、ゲルマニステンがゲルマン法におけるもっとも重要な法原理の一つとして認めるものです。実はこの論文の審査にも参加しているゲルマニステンの大ボスのオットー・ギールケが合名会社(の特別財産と連帯責任)は合手制度に基づくものであると主張しています。おそらく論文の審査の課程でヴェーバーはギールケから直接このことについて質問を受けたのではないかと思います。しかしヴェーバーはこの「合手制」についてもあれこれ言い訳を書き連ねて結局現状では「判断出来ない」と逃げてしまいます。(ヴェーバーはこの論考を書くのに数百冊の中世のイタリアやスペインの法規集を、スペイン語を新たに習得してまで非常な手間をかけて(それらのほとんどが(俗)ラテン語として見ればかなり文法的に崩れていたのを)必死に解読しています。しかしそこにおいて彼が期待していた「連帯責任」というものがどういう風に諸法規で定義されてきたかということはほとんど確認出来ず、その確認はむしろそう言った「連帯責任」が諸法規の中で制限されているということであり、それをもって逆説的に実質的には「連帯責任」原理が一般に行われていた証拠とする、という苦しい論証をしています。マリアンネの伝記では「私が法規の中に探していたまさにそのものを(そういう法規を作った)市参事会員が法規の中に入れなかった」というヴェーバーの表現が載っています。)しかし後年になって「法社会学」の中で、合名会社も合資会社についてもその連帯責任や対外的な信用を得る目的で、合手制が非常に適合的で大きな役目を果たしたことを認めています。(世良訳P. 206 – 207)私には何だかヴェーバーがギールケという大きなお釈迦様の手の中を飛び回っている孫悟空のように感じます。(ちなみに、ヴェーバーが25歳で法学の博士号を取ったのを「すごい、天才!」と称賛する人がいるようですが、ギールケが法学博士号を取ったのは19歳(!)の時です。おそらくヴェーバーの時とは大学制度そのものが少し違ったのかもしれませんが、それにしてもあり得ない年齢です。)

3.合名会社と合資会社の共通点と相違点
ここまで延々と言い訳を書き連ねて、ようやくこの論文が明らかにしたことが登場します。それが、合名会社と合資会社が、「特別財産」という他から識別され得るまとまった財産を共通の原理として、基本的には同じ土台の上に作られたものであることを示します。しかしながら共通点と同時に、相違点として財産処分能力のあり方が二つでまったく異なっているとし、二つの発展の経緯がまったく別であることも論じます。(このことは合名会社から合資会社が発展した、とする大塚久雄他の発展段階論者とはまるで見解を異にしています。)そして合名会社は法人格を持った団体(ギールケ用語ではケルパーシャフト)になったのに対し、合資会社では少なくとも有限責任社員は単なる参加の関係に過ぎないとして、両者の相違を総括して終ります。

最後に、結論部にはまったく書いてありませんが、元になった博士号論文(この論文の第三章)のタイトルは、「イタリアの諸都市における合名会社の連帯責任原則と特別財産の家計ゲマインシャフト及び家業ゲマインシャフトからの発展」でした。要するに「ゲマインシャフトから(合名会社という)ゲゼルシャフトが生まれた」と言っている訳です。ヴェーバーの「理解社会学のカテゴリー」での、「ゲゼルシャフトはゲマインシャフトの特別な場合である」というテンニースの「ゲゼルシャフトとゲマインシャフトは対立概念である」とまったく異なる定義付けは、何もヴェーバーが理解社会学というものを謳うようになった時に始めて考え出されたものではなく、この最初の学術論文から始っているということです。そういう意味で、ヴェーバーの真価は「プロ倫」以降である、といった短絡的な見方に私は反対します。

「中世合名・合資会社成立史」久し振りの校正

中世合名・合資会社成立史の日本語訳ですが、久し振りにある程度まとまった校正を行いました。前の版からの校正箇所は65箇所くらいです。ほとんどが日本語として分りにくい表現をよりこなれた日本語にしたものですが、誤訳の訂正も数ヶ所含まれています。Web公開版は既に校正済みのものです。Amazonで販売されているペーパーバック版とKindle版は現在作業中で、おそらく11月18日ぐらいからの販売のものが今回の校正済みの版になります。

宗教社会学の邦訳の誤訳

創文社の「宗教社会学」邦訳において、「中世合名・合名会社成立史」に出て来る事項について誤訳がありましたので指摘しておきます。

場所:邦訳(武藤・薗田訳)のp.273(第11節の四、生の宗教的-倫理的合理化と経済的合理化との緊張関係の中)

P.273、6行目

誤:ピサの利益協定(コーンステイトウートウム・ウースース{振り仮名})

正:ピサのConstitutum Usus(1161年に編纂されたピサにおける様々な慣習法、特に商慣習法の集成。Constitutum=協定、法規、Usus=慣習、両方で「慣習法」)

誤:収益率を定めた上で参加する(commenda dare ad proficuum de mari)
正:固定配当金による出資型のコムメンダ(通常のコムメンダは資金提供者と貿易業務の実行者の間で利益を3:1に分けるが、この特殊なコムメンダは資金提供者がただ資金を提供し、貿易が完了した場合に仕向先別に(それぞれの航海の危険度を考慮し)あらかじめ決められている固定配当金を上乗せして資金を回収する、というもの。教会法における利子禁止に抵触すると考えられたこともあり、後に廃れている。)

どちらの事項も、「中世合名・合資会社成立史」の第4章で詳しく解説されています。
この邦訳は他にもAnstalt(人がその意志とは関係なく取り込まれるように所属するようになった集団、例えば国家や幼児洗礼による教会など。対立する語がVerbandで人が自分の意志で参加するもの、結社。)を「施設」と訳していたりして問題が多いです。(つまり「理解社会学のカテゴリー」の概念が使われていることを理解しないで訳している訳です。)

ドイツ語の tralaticisch の意味

「ローマ土地制度史」で今訳している所に„Tralaticische” Quellencitate habe ich thunlichst beschränkt verwendet という文章が出てきます。この„tralaticische”という形容詞が、紙の辞書、オンラインの辞書とも出てきません。しかしググるといくつかの昔の文献で使用されているのが確認出来ます。おそらくこの形容詞は英語での相当語は”tralatitious”ではないかと思います。もしそうならOEDによれば、語源はラテン語のtrālātīciusです。綴りの相似から見て、„tralaticische”はこのラテン語をドイツ語化したもので間違いないでしょう。その場合の意味は、「伝統的な、代々伝えられてきた、慣習となっている、通常の」と言った意味になります。ここでは「伝承的な≪本当にオリジナルの文献通りの引用か疑問がある≫文献引用については、私は可能な限りそれへの準拠を最小限に留めた。」という訳になるかと思います。ローマ法というのは、十二表法という名前の通り12枚の板に刻んで書かれていた原本が内乱で完全に失われており、その後に出た法学書に引用されている条文から元の法文を再現することが行われています。また、ユスティニアヌス帝によるローマ法の再現である学説彙纂について、ヴェーバーの時代に編纂者が表面的に辻褄が合わない所を恣意的に変えた可能性がある、ということで見直しが行われていました。そういう背景から理解すべき文であると思います。 (「中世合名・合資会社成立史」の翻訳の際に、そのことについての記事を書きましたので、必要であればご参照ください。)

ちなみに英訳はこの部分を”Lengthy quotations from the primary sources have been kept to a minimum in the interests of brevity;”(「元々の原典からの長々とした引用は文章の簡潔さを保つため最小限に留めた。」)と訳して、„tralaticische”を「lengthy=長々とした」と訳しています。もちろん間違いです。この翻訳者は古典語学者ということで期待していましたが、ダメですね。何故ヴェーバーがわざわざ引用符まで付けてラテン語起源の特殊な単語を使っているのかまったく理解していません。それに「文章の簡潔さを保つため」という内容も元の文章にはありません。大体ヴェーバーは「文章の簡潔さを保つ」よりも、可能な限りありとあらゆる留保条件まで書いて正確さを重視する人であるのは言うまでもありません。

「中世合名・合資会社成立史」のペーパーバック版の販売開始

「中世合名・合資会社成立史」につきましては、ここでPDF版を無償公開すると同時に、AmazonでKindle版の販売を2020年9月より行ってきました。この度、Amazonでペーパーバック版の販売も料金無しで出来るようになりましたので、ペーパーバック版の販売を開始しました。内容はここのPDF版と同じですが、Amazonでは無償の設定は出来ませんので、Kindle版、ペーパーバック版とも最低価格にさせていただいております。(ペーパーバック版は税込み1,021円)書籍があった方が便利という方はどうぞご検討ください。

「中世合名・合資会社成立史」Web版(2.7版)

中世合名・合資会社成立史のHTML版をアップします。 既にPDF版は2020年9月に公開していますが、HTMLの方が検索エンジンでの検索ターゲットとしては多少いいかもというだけの理由です。 読むのであれば、PDF版の方がはるかに読みやすいのでそちらをお勧めします。またAmazonでKindle版も$0.99で販売しておりますので(Amazonでは価格0という設定は出来ません、何故ならそうなるとAmazon側に取扱い手数料が入らないので)、スマホやKindleで読みたいという方はそちらをご利用ください。

2021年11月10日Ver.2.7

コムメンダのイスラム起源説は、既に1885年時点でありました。

長場正利という方が書かれた「コムメンダに關する研究」という1929年の論文があります。それによると、J. Kohlerという人の1885年の”Die Commenda im islamitischen Rechte”という論文で、既にコムメンダのイスラム起源説が唱えられていたようです。しかし、この説は当時のジルバーシュミットなどからは受け入れられなかったようです。ヴェーバーの「中世合名・合資会社成立史」が1989年ですから、ヴェーバーもこの論文を読むことは出来た筈です。ですが、何の言及もないというのはちょっと不可解です。

「中世合名・合資会社成立史」についての訳者としてのコメント

ヴェーバーの「中世合名・合資会社成立史」について、訳者として思ったことを、素人考えかもしれませんが、紹介してこの翻訳作業の締めくくりとしたいと思います。あくまで翻訳した結果として思った感想であり、下記の個人的意見によって翻訳の内容にバイアスが掛かっているということはありません。
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1.連帯責任原理について

ヴェーバーは合名会社のメルクマールとして成員間の「連帯責任」を真っ先に挙げるが、法律で規定されている合名会社の責任は「無限責任」であり、二つは決して同じ概念では無い。合名会社は複数の人間の間の連帯責任がメインなのではなく、全ての参加者=無限責任社員が一人一人会社の債務全体に責任を負っているのであり、相互の関係は副次的なものに過ぎない。
また、連帯責任というのは信用創造というプラス面だけでなく、大きなビジネスを行う上ではむしろ制約条件になる面もあり、実際にその後の発展を見ても、合名会社はきわめて規模の小さな商店レベルの会社か(無限責任社員が10人いる合名会社といったものは同族会社を除き聞いたことが無い→レースラーが作った日本最初の商法の草案では合名会社の社員は2人以上7人以下とされていた)、あるいは日本の財閥での持ち株会社に好都合のシステムとして使われただけであり、会社制度全体の発展の中では決して本質的なものにはなっていない。結論部に出て来るが、いわゆる悪名高い連帯保証人の制度も含め、「連帯責任」については法学的には決して好ましい制度としては扱われていない。
さらに付け加えて言えば、現在の日本では合名会社の結社性(複数の社員が必要)の要求は無くなっており、一名の無限責任社員だけの合名会社の設立も可能になっている。この場合連帯責任はそもそも存在しない。
さらには、結論部でヴェーバーが書いているように連帯責任原則はドイツ法の合手原理がベースになっている可能性が高い。何故なら、合名会社の財産は連帯責任というより複数の無限責任社員の「共有」の形態として考えた方が自然だからである。しかしこの論文ではその観点での検討はほとんど行われておらず、連帯責任についての研究が中途半端に終っている。その点が結論部では言い訳のように書かれている。

2.会社の特別財産について

会社の特別財産については、合名会社の会社財産は形式的には独立したものに見えるが、実質的には全て無限責任社員の個人の財産によって担保されているのであり、個人財産と大差無い。その場合合名会社の破産ということは、すなわち個人の破産と同等であり、そこに特別財産が成立しているというのは法的な形式に過ぎないと思われる。現在において個人事業か合名会社かという選択はほとんど税金の問題として選択されるケースが多い。この論文では会社組織への課税という観点はまったく触れられていない。

3.商号について

むしろ会社組織の発展の上では「法人」概念の成立が重要だと訳者は思うが、商号と法人概念に関する分析は限定的である。”corpus mysticum”(神秘的な体)については結論部で少し触れられているだけだが、もう少し突っ込んだ分析が欲しかった。

4.その他

・この論文は当初合名会社だけを扱っており、博士号論文(第3章のみ)を拡大して現在の形にした時に合資会社の分析も追加された。そのためか、合資会社についての分析が突っ込み不足であり、何故無限責任社員と有限責任社員の差異が形成されるのかが、capitaneus等の概念が紹介されるだけである。このために大塚久雄氏が言及しているように、ゴルトシュミットやハックマンの批判を招くことになった。
・この時点では当然のことながら、「会社制度の合理化の段階」といった「合理化」の観点はまだほとんど見られない。
・ただローマ法が持っていた汎用性、つまり新しい経済現象が出て来てもそれを取り込んで対応していく能力ということについては言及されている。
・コムメンダの考え方はイスラム教圏におけるムダーラバ契約の考え方が欧州に入って来て出来たものとする説が現在ではあるが、ヴェーバーの当時、ヴェーバーも含めて誰もこのようなイスラム圏からの影響ということを考慮していない。(コムメンダやソキエタス・マリスが最初に発達したピサもジェノヴァも十字軍の拠点であり、(十字軍が拠点を築いた)イスラム圏との貿易が広く行われていた。)
・中世の法規文献の調査については、論文執筆の開始時点ではヴェーバーはスペイン語・イタリア語の知識に乏しく、その2つの言語を学びながら文献を解読していった努力については、泥縄的とはいえ素直に頭が下がる。
・ただ文献調査に多大な時間と手間を要した割りには、得られた成果は地味で、研究の効率という意味では高くない。ある意味師であるゴルトシュミットの研究の補完として使われたという面があるのを否定出来ない。
・この論文で様々なゲマインシャフトの形態がゲゼルシャフトへと変化して行く実例が多く挙げられている。このことが後年の「理解社会学のカテゴリー」での独特のゲマインシャフト-ゲゼルシャフトの理解(ゲゼルシャフトも一種のゲマインシャフトである)につながったのではないか。実際に、この論文で挙げられている例では、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの境界は流動的であり、テンニースのように対立概念と捉えることはほとんど出来ない。
・この論考で中世の教会法での利子禁止がどのように経済に作用したかという検討がされており、プロ倫の中にそれが活かされている。
・ヴェーバーの研究方法が、最初の論文から決疑論であることは非常に興味深い。
・法制史的観点が中心で、経済史的観点が弱い。例えばコムメンダやソキエタス・マリスについてももっと経済史的に突っ込んだ説明、例えば中世の都市国家の社会背景の説明などが個人的には欲しかった。実際に例えばジェノヴァのジョバンニ・スクリーバの公正証書をいくつか読んで見ると、この論文だけでは得られない当時の実情が良く理解出来る。
・しかしながら、ヴェーバーの関心が法教義学よりも法制史(それも経済ともっとも関係の深い商法の歴史)、そして経済史、さらに歴史そのものという具合に変化していく兆しが最初の論文からもう現れているというのは興味深い。
・ピサのConsitutum Ususについての調査は、最初に法規集を編纂したボナイーニとヴェーバー以外には、インターネットを検索した限りの感触ではきちんと研究している人が見当たらず、そういう意味では貴重な研究と言える。
・テオドール・モムゼンはこの論文の審査にゲストとして出席し、あるローマの植民都市を表す2つの単語の差異についてヴェーバーと討論している。そして周知のようにその討論におけるヴェーバーの主張には納得していないものの、ヴェーバーのザッハリヒな研究態度と論理的な能力については高く評価し、有名な「息子よ我に代わってこの槍を持て」発言につながっている。モムゼンもまた、ある面では膨大なラテン語の碑文の解読を行うプロジェクト(ラテン語金石碑文大成)を立ち上げた、きわめて実証的な学者である。

「中世合名・合資会社成立史」の英訳の評価

「中世合名・合資会社成立史」のこれまでの日本での評価・紹介について、安藤英治氏と大塚久雄氏のものを取上げました。さらには、この際、Lutz Kaelber氏の英訳の質についても評価しておきます。(“The History of Commercial Parntership in the Middle Ages”, Rowman & Littelfiels Publishers, Inc., 2003)

最初に申し上げておくべきなのは、初めて(2003年に)この論文を外国語に翻訳したLutz Kaelber氏の功績は大きいということです。私はこの英訳が無かったら、中世ラテン語、中世イタリア語、中世スペイン語などの法規文献の引用が飛び交うこの論文を最初から一人で日本語訳しようという気にはまずならなかったと思います。その点ではLutz Kaelber氏には非常に感謝しています。また、そういった法規文献の英訳は、おそらく半分以上は別の人が既に訳したものを引用しているものですが、そういった文献を見つける手間だけでも相当なものがあると思われ、最初の英訳者の功績を損なうものではありません。

しかしながら、そういう感謝の気持ちの一方で、Lutz Kaelber氏がご自身で訳されたと思われるドイツ語、ラテン語、イタリア語その他の部分について疑問が無い訳ではなく、残念ながら特に後半の1/3については翻訳のレベルが低下しているように見受けられ、不適切訳や誤訳が散見されました。実は、下記の(1)の誤訳の指摘の時から、氏とは何度かメール(英語)をやり取りしました。一部こちらの指摘を受け入れたのもありますが、多くはまったく回答無しであり、こちらもそうなるとわざわざ英訳の校正を手伝う気も無くなったので、交信は現時点では途絶えています。下記の指摘は一部で、まだまだおかしな部分は多くあります。

ご興味があれば、以下の具体例をご覧下さい。私自身の態度としては、英訳者の対応を他山の石とし、誤訳の指摘には真摯に対応し、必要に応じて修正を図って行くことを心がけたいと思います。

以下、誤訳・不適切訳の具体例。ページ数はドイツ語原文(全集版)-英訳-日本語訳の順。

(1)P.175-P.74-P.35
原文:Unzweifelhaft ist in der Verfassung, in welcher die Kommenda und societas maris uns in den Statuten und Urkunden von Genua, an welches sich die südfranzösischen Statuten anlehnen,
英訳:Without doubt, the statues and the documents of Genoa, following southern French statutes,
日本語訳:ジェノヴァにおいて、コムメンダやソキエタス・マリスを見出すことができる法規や文献史料の中で、それらに南仏の諸法規が依拠しているのであるが 、(中略)、何の疑問も差し挟む余地も無く同意出来る。

英訳は依存関係が逆で、ジェノヴァの法規が南仏の法規に依拠していると訳しています。
ドイツ語からしてもそのような解釈は不可能ですし、また文脈から言ってももし南仏の法規がそのような性格のものなら、ヴェーバーはジェノヴァの法規では無く、南仏の法規について詳細に説明しなければならなくなりますが、当然そのような説明はありません。
これについてはLutz Kaelber氏も誤りを認めました。

(2)P.193-P.87-P.52~53
原文(ラテン語):”si quis ex ipsis duxerit uxorem et de rebus communibus meta data fuerit”
英訳: “If one of the brothers takes a wife and gives her a marriage portion from the common property.”
日本語訳:そして兄弟達の内の誰か一人が妻を娶って[その妻の実家に]共通の財産から[一種の]結納金を払うことになる。

要するにmeta(注:ラテン語ではなくランゴバルド語の単語)を「持参金」と訳すか「(一種の)結納金」と訳すかということです。持参金は文字通り嫁が持参するもので、それを結婚して夫になるものの家の共通の財産から嫁に払うという英訳はおかしく、日本語訳のようにすべきだということです。(ハインリヒ・ミッタイスの本にもmetaは花嫁の父親に対して支払う一種の結納金だと説明されています。父親は受け取った結納金を原資にして、花嫁に一種の財産分与として持参金となるお金を与えます。)
本指摘へのKaelber氏からの回答は3ヵ月以上かかり、その内容は「この部分はKatherine Fischer Drewのランゴバルド法の英訳を写しただけ」というものでした。この英訳は入手しましたが、確かにそう訳していますが、それが正しいという保証はどこにもありません。Kaelber氏がどう考えるのかという回答は結局ありませんでした。この翻訳者の基本姿勢がこれで良く分りました。

(3)P.274-P.141-P.125
原文:Wenn nun der Vater trotzdem, daß das Vermögen ungeteilt ist, mit den einzelnen Söhnen societates einzugehen überhaupt imstande ist, so muß notwendig auch dem nicht abgeteilten Sohne schon jetzt im Rechtssinn Vermögen überhaupt zustehen, sonst könnte er nichts einwerfen.
英訳:If the father at all able to enter into partnership with his sons, in spite of the fact that asssets are undivided, then the son who has not received his share in the property must have a claim to the assets in a legal sense; otherwise, he could not contribute anything.
日本語訳:もしその父親が「それにも関わらず」、家族財産が個々の成員に分けられていないという状態で、かつ個々の息子それぞれとソキエタスを結成することが一般的に不可能な場合においては、その父親は家ゲマインシャフトから独立していない[家住みの]息子に対しては、不可避的にその時点で法律上一般的に財産と認められる何かを譲渡するぐらいしか出来ず、それ以外に何かを[例えば金銭で]息子に対して支払うことは出来なかったであろう。

ここの英訳は、訳者がドイツ語ネイティブとはとても思えないようなひどい誤訳です。原文の主語は一貫してder Vaterです。にも関わらず英訳は後半部分では主語がthe son(息子)に変ってしまいます。原文は息子については3格(与格)で”dem nicht abgeteilten Sohne”(まだ独立していない息子に)となっているので、これは主語にはなり得ません。にも関わらず英訳は「その息子は法的な意味においてのその資産に対しての請求権を持たなければならない(持つことになる)」としています。文法的にも無理ですし、また文脈から考えても意味不明の訳です。
zustehenという単語は他動詞の場合はzugestehenと同義で「譲り渡す」という意味です。その場合、日本語訳の内容で無理なく訳すことが出来ます。

この点についてもメールで指摘しましたが、2020年9月22日現在回答はありません。

(4)P.279-P.144-P.129
原文:Für die von einem Teilhaber auf eigene Rechnung abgeschlossenen comperae haben die anderen ein Eintrittsrecht (nach Art der heutigen offenen Handelsgesellschaft).
英訳:The others are entitled to subrogation for comperae[sales] the partner made on his own account (similar to today’s general partnership.).
日本語訳:ある一人の持分所有者の勘定の中で行われた comperae (訳注252) に対しては、他の持分所有者は介入権を持っていた。(今日の合名会社の場合と同様。)

訳注252:(若干加筆しています。)現代イタリア語の compra に相当するとするすれば「買う」という意味です。但し単純な購買行為ではなく、何かの特別な購買と思われます。何故なら単純な購買はこれに続く箇所で別途説明されているからです。12-14 世紀のジェノヴァやフィレンツェではこの言葉は、国が私的団体に対して債券を発行し、それを買ったものは例えば塩にかかる間接税のようなものを一種の利子として受け取ることが出来た、その債券またはそれを引き受けた団体を意味する特殊なタームです。つまり一種のRentenkauf(定期収入金を一種の利子の代替物にした金銭貸借)になります。ゴルトシュミット他のドイツ歴史学派はこの compera(コンペラ) を株式会社の起源であると考えていました。全集の注はヴェーバーが Consitutum Usus の中の概念を使っているとしていますが、それがどのページなのかをヴェーバー自身も全集の編集者も記載しておらず、本当にそうなのか疑わしいですし、翻訳者の方でインターネットで確認出来る Consitutum Usus を検索してもそのような特別の概念の定義は発見出来ませんでした。ヴェーバーはConsitutum Ususの箇所を参照する時は逐一注を付けていますので、全集の注は根拠不明です。

この部分の英訳でcomperaeを[sales]と真逆の意味に訳していること自体の問題だけでなく、それを指摘したら「じゃあ全集の注に『購買』とあるから購買だろう」という回答でした。英訳については誤訳もともかく、その後もともかく自分で考えようという姿勢が見えません。私が訳注に書いたような情報はKaelber氏にも伝えましたが、その後何の回答もありません。

(5)P.297-P.157-P.147
原文: … quilibet talium sociorum sit … in solidum obligatus.
英訳:…any one of such partners…is to be held liable for the full amount.
日本語訳:…そのようなソキエタスの成員の誰もが…連帯して責任を負うことになる。

何故、in solidumという今日でも使われている「連帯責任で」が「全額で」という訳になるのかまるで理解が出来ません。ドイツ語だけでなくKaelber氏のラテン語もかなり怪しいです。

(6)P.248-P.122-P.101
原文:cujus nomen “expenditur”
英訳:whose name is “hang out”
日本語訳:その者の名前が{重要な情報として}載っている

この部分は商号の初期の段階で、店の看板のような板に無限責任を負う者全員の名前を記載し、それをどこかに看板として掲げたということです。英訳はラテン語のexpenditurを「ぶら下がっている」と訳しています。看板だから店先にぶら下げられているんだろうという解釈です。しかしラテン語のexpenditur(expendoの受動形、3人称単数)の意味は、「1.支払われる 2.重み付けされる」という意味しかなく、「ぶら下げられている」という意味はありません。penditurならそういう意味ですが、英語の相当語であるexpend-expenseにも「ぶら下がる」という意味が無いのはご承知の通りです。

ここで更におかしいのは、
P.327-P.177-P.175にてこの表現が再度複数形で出て来ますが
原文:quorum nomina expendunter
英訳:whose name are held out
日本語訳:その者達の名前が載っている

という風に、まったく同じ表現で主語と動詞(受動形)が単数か複数かの違いですが、英訳は今度は”held out”(提出される)と訳を変えています。要するに訳し方がその場その場の適当な思いつきで左右されているということです。

大塚久雄氏の「中世合名・合資会社成立史」への言及について

安藤英治氏の「中世合名・合資会社成立史」の紹介についての論評に続き、大塚久雄氏の「中世合名・合資会社成立史」への言及について紹介すると共に、その問題点を指摘します。その言及は大塚氏の最初のまとまった研究成果である「株式会社発生史論」(1938)の前篇に、いわば先行研究批判のような形で出て来ます。この二人の研究内容については、次のように表にして比較してみるとわかりやすいかと思います。

マックス・ヴェーバー「中世合名・合資会社成立史」 著者・表題 大塚久雄「株式会社発生史論」(前篇部)
1889年 発表年 1938年
ローマ法の団体概念であるソキエタスから、中世において合名・合資会社がどのように生まれたか。 研究の範囲 株式会社がどのような歴史的な段階を経ながら発展して来たか、その初期の段階としての合名・合資会社研究を含む。
法制史を中心としながら一部経済史 学問分野 マルクス主義的経済史
会社の特別財産と連帯責任原則の発展 着目している要素 個別資本の集積
多数の中世の諸都市の法規の実証研究に基づく決疑論で先行研究への批判も含む 研究手法 主に先行研究の文献調査と事例研究
合名会社の特別財産と連帯責任は、イタリアの諸都市での家計・家業ゲマインシャフトの中から発展した。合資会社はその特別財産の部分は合名会社と共通であるが、その起源はまったく異なる対立概念である。

結論

(前篇部のみ)
株式会社の歴史的な発展段階は、個人企業→合名会社→合資会社→株式会社という単線的なものである。

上記の研究の範囲を見ていただければ良く分りますが、ヴェーバーはローマ法から中世の合名・合資会社の成立までで、それに対し大塚久雄氏はその中世から近代の株式会社の発展を追ったものなので、両者の研究対象はずれており、それが重なるのは中世における合名・合資会社の部分だけです。
また学問分野を見てもヴェーバーは法制史がメインで一部経済史を含みます。それに対し大塚久雄氏は経済史のみで、それもマルクス主義的な教条主義に囚われた発展段階論です。ここで言えるは、合名・合資会社という歴史的な事象を正しく理解する上では、色々な要素を総合的に勘案して判断すべきと考えますが、ヴェーバーは少なくとも経済史的要素を無視することはせずまた様々な法規の事例を地道に調べた決疑論に徹していますが、大塚久雄氏はいかにもマルクス主義的唯物論という感じで、いわば「上部構造」とも言える法制史的側面についてはまったく考察の対象としておらず、またヴェーバーが苦労して調べた具体的事例の数々も参考にした形跡は窺えません。
以上のことから、大塚久雄氏の研究にとっては、ヴェーバーの研究は先行学説とは言い難い部分がありますが、大塚氏は「補注」という形でヴェーバーの研究に言及しています。そこで大塚氏はヴェーバーの研究を「合名会社の発達の起源を家族共同体に求める諸説」として紹介しています。まずはこの「家族共同体」という言い方が既に問題で、ヴェーバーは家族ゲマインシャフトと家計ゲマインシャフトは厳密に区別しており、「家族ゲマインシャフト」から合名会社が生成したなどとは書いていません。もっとも大塚氏はその後の方で「労務共同体」という言葉を使っていますので、大塚氏自体がそのことを理解していない訳ではありませんが、既に最初から読者に対して誤解を与える表現になっています。ヴェーバーが実例として挙げているフィレンツェのペルッツィ家やアルベルティ家は15世紀の段階では、法王や各国の国王に資金を貸付けるいわば財閥ファミリーとなっており、人が「家族ゲマインシャフト」でイメージするような家族数人のきわめて小規模なゲマインシャフトとはまるで異なります。
それから、大塚氏はヴェーバーのこの説にゴルトシュミットとハックマンが反対しているとして、まるでヴェーバーの説が少数意見であるかのような書き方をしています。しかし、大塚氏がこの部分の冒頭で書いているように、中世イタリアのフィレンツェなどの内陸都市で「家計ゲマインシャフト」から発生した「コンパーニア」(原義はパンを共にすること→ヴェーバーが再三引用している” stare ad unum panem et vinum”{一かけらのパンとワインを共にする}、現在のcompanyの語源です)であるということは、私が調べた限り現在でも定説、多数派説です。更にはゴルトシュミットとハックマンの反対意見については、おそらくは家計ゲマインシャフトは合名会社生成の一つの要素であるが、それだけはないという主張であると思われます。また大塚氏はゴルトシュミット・ハックマン側に賛成する理由として、「『会社』なるものが個別資本の集中形態である」からとしています。更にはヴェーバーが法制史的側面だけ見て経済史的側面を見ていないと批判していますが、私に言わせればヴェーバーは少なくとも経済史的側面を無視したりしていませんが、大塚氏は法制史的側面をまるで無視しています。大塚氏が根拠とする個別資本の集中という点でも、ヴェーバーは家族の成員以外とのソキエタスの欠点として、ある成員が亡くなってしまった場合のソキエタスの財産の維持の困難さを挙げており、日本の財閥ファミリーである三井家や住友家の例を挙げるまでもなく、家計ゲマインシャフトは資本の集積には親和的に働いていました。大塚氏のこの観点でのヴェーバー批判は自分で考えたと言うより、ゴルトシュミットとハックマンの尻馬に乗っているだけという風に私には見えます。
それからもっと重要な問題は、これについては安藤英治氏も指摘していますが、大塚氏の結論である、個人企業→合名会社→合資会社→株式会社という発展段階について、ヴェーバーは個人企業→合名会社の部分も合名会社→合資会社の部分もはっきりと否定しているということです。合名会社の発展は先の説にもあるように家計ゲマインシャフトからであり、そこに個人企業といった段階は認められていません。そして何よりも、ヴェーバーは合資会社と合名会社は鋭く対立するものであって、合名会社から合資会社が生まれたというような説を完全に否定しています。第4章の注36:「合資会社が合名会社にとって次の発展段階であるというような、そういう事実は見出せない。そうではなくて、合名会社と合資会社は歴史的にも理論的にもお互いに同じレベルで鋭く対立するものなのである。」私が大塚久雄氏が「中世合名・合資会社成立史」をきちんと読んでいないだろうと推測する最大の理由はこの点です。もし仮に読んでいてそれについて何も言及していないのであれば、学者として失格でしょうし、全部を読まないで批判を書いたとしたら、それもまた学者としては、特に後年ヴェーバー研究者として知られるようになった者としては、怠慢としか言いようがありません。
さらに大塚論文での問題を挙げておくと、用語法の混乱です。大塚氏はソキエタス・マリスを「ソキエタス」と呼び、またコムメンダを「コンメンダ」と呼んでいます。ヴェーバーが「コムメンダは最初からソキエタスと呼ばれていた(コムメンダもまたローマ法のソキエタスの概念の範囲で理解されていた)」と書いていることを考えると、ここからもうおかしな用語法なのですが、問題は歴史的なコムメンダとソキエタス・マリスの実態とはまた別の観念的な定式化であるということです。さらにはその自分で作った定義ですら徹底されておらず、P.116では「ただしこのソキエタスの用語法が…(中略)…この場合の用語法ではむしろソキエタスではなくしてコンメンダであることが注意せらるべきである」などと書いており、混乱しているとしか言いようがありません。また、ヴェーバーがコムメンダにおける様々な要素として「委託販売」「単純な資本『参加』」といった区別を持ち込んでより深く分析しようとしていますが、大塚氏のはむしろ悪しき単純化・定式化にしか見えません。
以上、大塚氏の論文は1938年という時代を考えれば無理もない、という弁護が出来なくもない部分もありますが、その後大塚氏が1960年代にヴェーバーの紹介者・翻訳者として有名になったという経緯を考えた場合、「あの大塚先生がこういう評価をしているのだから、『中世合名・合資会社成立史』は特に読まなければならない本ではないのだな」という間違った評価につながったということは否定出来ません。そしてそういうネガティブな評価が、2020年まで日本語訳が無かったというアンバランスな状態にもつながったのだと思います。教訓としては、「どんな偉い先生がある本について何と言っていようと、評価はまず自分で読んでからにすべきである。」ということかと。