ヴェーバーのメンタルな病気についての私見

大澤真幸の「社会学史」というのを求めて繙いてみたら、序文にヴェーバーが出てきて、その精神疾患について根拠も示さず「うつ病」と断定していました。(左の画像参照)
まず最初にはっきりさせておかなかければならないのは、ヴェーバーのメンタルの病気について今日断定的な診断を下すことはほぼ不可能だということです。
ヴェーバーは病中にありながら、ある意味彼らしく自分の症状についてノートに書きためていました。そのノートは診断の助けとするために、盟友であり元々精神科医でもあったカール・ヤスパースに渡されます。しかしヤスパースは個人の病気についての診断を公にすることはありませんでしたし、そのヴェーバーのノートも、第2次世界大戦中にそれがナチスの手に渡って悪用されるのを恐れた結果処分されたと聞いています。

ハイデルベルクでヤスパースが住んでいた家の跡

(カール・ヤスパースの妻はユダヤ人であり、二人は戦争中はハイデルベルクでひっそり隠れるように暮していましたが、いよいよナチスに強制連行されそうになったギリギリのタイミングでハイデルベルクが連合軍により解放され、二人は九死に一生を得ました。)従って現時点でヴェーバーの症状が書かれているのはほぼマリアンネによる伝記の記述に限定されます。専門家ではないマリアンネの記述だけから、推測の材料にはなってもヴェーバーの病気の名前を正確に同定することは出来ません。

それからもう一つ、うつ症状=うつ病とは限らない、ということです。現時点では、メンタルな障害・病気の診断は、精神科医がDSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders、精神障害の診断と統計マニュアル)というアメリカ精神医学会が出版している精神疾患の診断基準・診断分類を使って患者の状態の観察をすることによって行われれます。(これもまさしく「決疑論」です。)その中で鬱状態を引き起こすものとしては、重篤気分調節症、かんしゃく発作、うつ病(大うつ病)、持続性抑うつ障害(気分変調症)、月経前不快気分障害、物質・医薬品誘発性抑うつ障害、他の医学的疾患による抑うつ障害、他の特定される抑うつ障害、特定不能の抑うつ障害、それから双極性障害(いわゆる躁鬱病)と適応障害があります。

以下は以上の前提を踏まえた上での私の個人的な推測です。私自身大うつ病(激越型うつ病)で3年ほど苦しみましたし、また高校時代よりの親友をアルコール依存+双極性障害で失いました。(その親友が双極性障害であったということは、ある精神科医と面談して確かめていますし、また同じ高校の同期でその親友も良く知っている精神科医の者にもメールで相談して確認しています。)その関係でメンタルの病気について読んだ本は30冊を超えます。そういった本で得た知識と自分及び親友を観察した経験からの推測として、ヴェーバーのメンタルな障害は「双極性障害」の可能性が高いのではないかと思います。うつ病と双極性障害は今日ではDSM上別のカテゴリーに分けられており、一部症状がかぶるとはいえ別の病気です。双極性障害の一番大きな特徴は、「気分が異常かつ持続的に高揚し、開放的で、またはいらだたしい、いつもとは異なった期間が少なくとも1週間持続する」という状態がうつ状態と交互に現れるということです。そもそもヴェーバーの発病のきっかけになった、実父との確執ですが、これ自体がある意味異常な「躁エピソード」(マリアンネの表現では「息子が父親を裁いた」)と考えることも可能であり、その極端な躁状態の後に、実父の旅先での死をきっかけに「うつ状態」が発現したと考えられます。ヴェーバーは発病後、結局1920年6月の死まで、死の直前にミュンヘン大学やウィーン大学で講義をした以外は本格的に大学に復帰することは出来ておらず、それは「うつ状態」が死ぬまで完全に無くなることがなかったからだと思います。しかしながら、ご承知のようにヴェーバーについて今日良く知られている著作のほとんどは、最初の発病後に書かれています。私自身の大うつ病経験からいって、「うつ状態」がずっと継続していればこのような大規模な著作執筆・研究活動を行うことはまず不可能です。その一方で、この期間においていわゆる高揚(躁)状態を示すようなエピソードは数多くあり、例えば1905年にロシア革命の報を聞いてから約3ヵ月間で新聞を読める程度にロシア語を非常な勢いで習得したり、第1次世界大戦勃発後に野戦病院に勤務した時はほとんど休みを取らず働き続けています。また宗教社会学で中国やインドの研究をしている時には短期間にきわめて多くの文献に当たり、精力的に活動しています。こういったことは、「うつ病」が死ぬまで継続したということからは説明が出来ません。また傍証になりますが、双極性障害はいわゆる「天才」型の人間に多いことが経験的に知られています。(というかある一定のレベル以上の人が躁状態になると、それは傍から見ると天才に見えるということだと思います。先のロシア語習得のエピソードも、ヴェーバーが外国語習得の天才と考える人は多いでしょう。)例えばヴェーバーが中学生の時に全集を読破したというゲーテがそうです。または画家のヴァン・ゴッホなどもそうです。また、ヴェーバーの学問の手の広げ方(結局多くのものが未完に終った)についても、折原浩先生に怒られそうですが、ある意味双極性障害の患者の高揚期特有の万能感の現れ、と解釈出来ないこともないでしょう。

以上、私見を書き連ねてみました。大澤真幸だけでなく全ての人に言いたいのは、明確な根拠もなく断定的なことを自分の専門外の領域で書くべきではないということです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です