Gang der Untersuchung P.155-156 ドイツ語原文(7)

ドイツ語の原文の7回目です。ここはドイツ語だけなので楽そうです。
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Gang der Untersuchung. Verhältnis der wirtschaftlichen und rechtlichen Gesichtspunkte.

Wie im römischen Recht, so bezeichnet nun auch im Mittelalter, namentlich in den italienischen Quellen, der Ausdruck „societas” nicht sowohl ein individuell gestaltetes Rechtsverhältnis, als vielmehr eine allgemeine Kategorie von Verhältnissen, deren gemeinsames Merkmal, bei höchst differenter rechtlicher Struktur, darin besteht, daß, sei es der Gewinn, sei es die Gefahr, oder die Kosten einer Unternehmung, oder mehrere dieser Eventualitäten, auf gemeinsame Rechnung mehrerer gehen sollen. Aus welchem der verschiedenen Vergesellschaftungsverhältnisse die Prinzipien der heutigen offenen Handelsgesellschaft stammen, ist im wesentlichen unsere Frage.
 Wir können behufs Lösung derselben nicht einfach von der Form aus, in welcher bei der heutigen offenen Handelsgesellschaft Sachgüter und Arbeitsleistungen kombiniert sind, rückschließend, die wirtschaftlich ähnliche Funktionen versehenden Gebilde des mittelalterlichen Rechts abgrenzen und dann konstatieren, wann unter denselben ein der offenen Handelsgesellschaft ähnliches, historisch auf sie hinabführendes Institut erscheint und uns auf dessen Betrachtung beschränken. Denn wir haben es nicht mit der wirtschaftlichen Seite der Frage zu thun, sondern mit der Genesis von Rechtsgrundsätzen und sind a priori nicht berechtigt zu der Annahme, daß im vorliegenden Fall rechtliche und wirtschaftliche Differenzen von Anfang an annähernd koinzidierten. Es ist vielmehr möglich, daß die maßgebenden Rechtsgrundsätze ursprünglich auf wirtschaftlich weit abliegenden Gebieten entstanden sind und daß die thatsächlichen Verhältnisse, welche durch sie reguliert wurden, sich völlig verändert haben.
 Wir müssen daher – übrigens auch der durch den Gegensatz zu gewinnenden Begrenzung wegen – unsere Betrachtung auf die Hauptgruppen der uns rechtshistorisch entgegentretenden Gesellschaftsformen ausdehnen.
 Für das Recht sind besonders geartete, vom wirtschaftlichen Standpunkt aus oft äußerliche Merkmale maßgebend. Gerade diese Eigentümlichkeit der Rechtsbildung ergibt aber, daß da, wo infolge wirtschaftlicher Differenzen äußerlich markante Unterschiede des Thatbestandes hervortreten, wir zu der Vermutung berechtigt sind, daß auch verschiedene und somit gesondert zu betrachtende Rechtsformen zur Entstehung gelangt sein werden. Hiernach bestimmt sich dasjenige Maß wirtschaftlicher Gesichtspunkte, welches in einer Betrachtung wie der folgenden Platz finden darf und soll, und ferner ergeben sich hiernach die Abschnitte der folgenden Erörterung, wie sich zeigen wird, aus der Natur des Gegenstandes von selbst.

Angebliche Ansätze zur Wandlung der römischrechtlichen Grundsätze pp.152-155 日本語訳(6)

P.157 – P161の3行目までの日本語訳です。
「何とか法典」が沢山出てきて調べるのが大変でした。(日本語Wikipediaには西ゴート法典の項目すらありません。)
しかしながら、長く貿易をやってきた者にとっては、こんな古い時代から今日の貿易における慣行が存在していたというのはちょっとした驚きでした。
元のドイツ語はここです。
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Ⅱ. 海上取引法における諸ソキエタス

1.コムメンダと海上取引における諸要求

貿易というものを中世において相当な規模で見出すことが出来るのは、まず第一に地中海の複数の沿岸都市においてであるということは、少し考えただけでも歴史的にも確かなことである。特に地中海の西側の水域《イタリアの西岸とスペインに囲まれた水域》に面している沿岸諸都市においては、貿易は今日でもまだ完全には消滅してはいない。というのもここにおいて本質的に海上取引による商品の取引や販売に使われる一つの事業形態が発生したのは、特にイタリア西岸の諸都市とスペインの海岸地域 1)の間の交易においてでである。

この地中海沿岸諸都市間の海上取引は、既にかなり古い時代において、債権法において独特の諸原則を発達させていた。

既にローマ法においてfoenus nauticam《foenusはfaenus(利息)で「海事利息」の意味。海事契約利息とも言う。ある貸主が貿易を行うものに資金を貸し付けるが、借主は船が無事に戻って来た時のみに返済義務を負い、海難事故で船が全損した場合は返済不要という内容のもの。返済の際には借りた金額より多い金額を返すため、一種の海上損害保険の先駆けともみなせるが、教会の利子禁止の裏をくぐるような利息付き貸し付けともみなせるため、1236年に法王庁から非難されたことがある。参考:Palgrave Macmillan, A. B. Leonard編, “Marine Insurance Origins and Institution, 1300 – 1850 (Palgrave Studies in the History of Finance)” 》やlex Rhodia《ロード海法、紀元前3世紀にロードス島で編纂されたと信じられていた海上取引に関する慣習法。原本は今日でも未発見。ユスティニアヌス法典の勅法彙纂の中に”lex Rhodia de iactu”(「投荷 (共同海損) に関するロード法」)という一章が含まれている。(「共同海損」は船の事故の時に損害を船主や用船者と荷主全員で平等に負担する仕組みで、今日の海上保険でも存在する概念。)参考:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典》において特別な規定が設けられており、それは海上取引で考慮に入れるべき特別な種類の危険を斟酌するものだった。まさしくそういった諸制度は民族大移動の時期を通じて完全に廃れることは一度もなかった。我々はそういった制度を、一般的に知られている通り、中世初期の法的文献史料において再び見出すことになる。2)しかし中世においては、古代の法に比べて、法的な分析に基づいて危険分担を決めるという程度が弱く、そうした危険分担を概して自明の規則に従って定めていた。

海上取引においてその債権者や参加者になった者は-まずそういった順番で考えてみると-そのどちらの者もある継続的な事業経営に関わった訳ではなく、むしろある特別の航海という個々の事業に対して債権者は資金を貸付け参加者はその取引に参加するのであるが、-とはいっても海上取引は単純な統一された事業ではなく、それぞれが個別の危険(リスク)を持っている個々の事業の連続体なのである。

1)西ゴート法典《西ゴート王国のChindasuinth王が642年から643年にかけて最初に編纂し、その息子のRecesswinth王が654年により大規模にまとめた法典。ローマ法とゲルマンの慣習法及びキリスト教会法を融合しようとしたもの。》、1.XII t. IIIの”transmarini negotiatores”(海上取引)を参照。
2)ゴルトシュミットの商法雑誌第35巻に掲載されている”Lex Rhodia und Agermanament”(ロード海法と姉妹都市)を参照。

西ゴート法典と海上取引

この危険については、当時の交易関係に対応する上では、飛び抜けて重要な要素であり、交易を行う上で計算に入れておかなければならないものであったが、海上取引に何らかの形で関与した者によって分割して担われる必要があった。-このことは立法上で最大の問題であり、それ故取り敢えず法学的には関係者の関与の仕方を細々と分類することは行われず、そういった分類はここでは相対的に重要度が低い。西ゴート法典においては最初に
“commendare”(委任する)、”commodare”(貸し与える)という動詞が、各々の参加者の返還のための何かの引き渡し、つまり”in specie”(現物で)または”in genere”({お金を借りていた自分の}一族に対して)といった形態や、委託(Deposit)から貸付け(Darlehen)まで、-各々の参加者の功利的な意図での引き渡しは、後にローマ法においては当該の業務がどの法的カテゴリーに属するかという点で重要ではなくなるのであるが-を意味するようになる。まさに西ゴート法典においては、債権者の債務者に対する、参加者の事業発案者に対する、あるいは委託者の委任者に対するそれぞれの関係がはっきりとは分離されていないように見えるところが特徴である。3)これら全ての者の経済的な目的は、ここにおいて本質的にまさに同一であった。つまり、海を越えた先の市場に対して何かを輸出し、そして逆にその市場から何かをあらためて輸入するということである。これらの目的のための経済的な必要な事は常に本質的に同一のものであった。まず一方では、商品の購入のための労働力の投入、次に海を越えて商品を送るための輸送手段、そして最後に運んだ商品を外国の市場で販売するための特別な販売技術による労働力の投入である。他方では輸出する商品を購入しまた輸送手段を確保するための資金である。投入すべき労働力と資金、場合によっては借り入れによる、という意味での必要物の調達は、それぞれの輸出事業で必ず行わなければならない事である。既に西ゴート法典においても、危険と利益を参加者間でどのように分担するかということが法形成においてまさに本質的な問題であった。

3)(商品の)委託と販売の委託は西ゴート法典では同一の章:”de rebus praestitis 1. Vt. Vc. III.”(貸付けられたものについて)で扱われている。委託することと貸付けることは、c.VIII において相互に入り交じった形で規定されている。そこでは本質的には海上取引が想定されていることは、c. V の同一場所の表題部(verbo naufragium: 「海難事故に関する規定」)から分かる。その規定の中に含まれているものは、直接に後の時代においてのコムメンダに関する法的な規定を我々に思い起こさせる。-ランゴバルド法《ゲルマン民族であるランゴバルド族の部族法。643年に編纂されたロタリ王法典(Edictum Rothari)などいくつかの法典の総称。》においては、国内部族について定められたものでは、信用を受けた者に危険負担責任が課せられ、つまりその者は貸付けの規定に従って、信用を供与した企業者の利益を考慮すること無く、返済を行う義務があった。まずは海上取引を考慮する西ゴート法典においては、既に商品の委託と販売の委託において独特のやり方で危険負担責任を分割しており、ローマ法の根本原則 (I. V tit. V c. III)とは相違しており、むしろより独創的に利子付きの貸付けにおいても (同一場所の c. IV: “de pecunia perdita et usuris ejus” {失われたお金とその利子について}) 投機の目的で ( “sub condicione receperit”{ある条件下での将来の受け取り}、つまりどの事業に、受け取った資金が使われるのか、を規定している)危険負担責任を分割している。供託者、委託販売人、信用供与者については常に、まさにそれぞれの相手方と同様に、企業者の危険負担責任の一部を分担するのである。

4)ゴルトシュミット、”De societate en commandite”(委託に関わるソキエタスについて)、1851年;ジルバーシュミット、”Die Kommenda in ihrer frühesten Entwickelung.”(コムメンダの最初期の発展について)

コムメンダの経済的な基礎

上記で述べたような参加者にとって等しく必要なことは、今や同一の法的な制度の確立をもたらすのであり、それはコムメンダという名前である特別な法的な形態と成り、既に歴史的にかなり初期の段階で完全に確立した法形態となり、海上取引はそれを利用したのである。

コムメンダがある者が別の者の商品を売却することをその者自身のリスクにおいて行い、そして利益を得るというある種の業務であることは周知の事である。ゴルトシュミットが推測しているように、コムメンダが既にローマの世俗法に含まれていたかどうかは、取り敢えずここでは保留とし、我々はそれをただ中世において追究する。

もっとも原始的な海上取引の内容は以下のようなものである:商品の生産者あるいはその生産者から商品を買い付けた商人が個人として船に乗り込み、この船に輸出用または輸入用の物品を積み込むというものであるが、コムメンダの制度が見出されるような時代においては、既にそのような原始的な形態は乗り越えられていた。既に最古の法的史料においてpatronus navis(船の所有者)は、商人達に対して船を提供し、その商人達は自分達の貨物と一緒に船に乗り込む、という形で登場する。さらにそれを越えて、労働の分担も進んでいた。つまり卸し商人は自分自身の代わりに継続的に使役する関係であるfattore(イタリア語、代理指図人)、messatge (カタルーニャ語、メッセンジャー)を、船に乗り込ませる。船主、それはスペインでは主にRhederei 《スペインのアラゴン王ペドロ3世(1239 – 1285)により編纂された地中海における海事法である concolato del mare に出て来る初期の海運業者》であったが、そちらはそちらなりに patronus navis として自分達の使役人を仕立てるのである。

5)ゴルトシュミットの前掲論文、商法雑誌第35巻、P.80、107を参照。この見解についての個々の事例においての確認は、後に適当な場所で言及する。
6)ジルバーシュミットの10世紀のヴェネツィアでの collegantia 《合資会社の原初形態》についての見解は、ゴルトシュミットの前掲書 Z. XXXV P. 80、 81によれば、偽ロード海法《8世紀にビザンチン帝国において私人の手により編纂され、ロード海法を偽装したもの》のχρεωκοινωνία (χρεως+κοινωνία、信用ソキエタス)にもっと古い例があるとされている。
7)トラニ法典《イタリアの港湾都市トラニで1063年に編纂された中世地中海での最初の海商法典》 (b. Pardessus, Collection des lois maritimes)とトルトサ慣習法《1149年にスペインのバルセロナで編纂された慣習法の集成》 (b. Oliver, El derecho de Cataluña)を比較せよ。前者の編纂年代は諸説あり確定していない。しかし我々が研究の対象にしている制度はかなり早期に成立している。
8)consolato del mar を参照。Archive de L’Orient Latin I P.431も、Rhedereiの存在を前提にしている。
Archives de L’Orient Latin, Tome I, Paris Ernest Leroux, 1881)

安藤英治による「中世合名会社史」の紹介

折原浩先生に教えていただいて、日本のヴェーバー学者の中で「中世合名会社史」をきちんと読み、なおかつ内容を紹介している例として、安藤英治の「ウェーバー歴史社会学の出立 -歴史認識と価値意識-」(未來社、1992年)を入手しました。確かに、P.108より19ページほどの論旨の紹介的な内容紹介があります。安藤氏がこの書籍を書いたのは、安藤氏にとってヴェーバーにおける最高の学問的金字塔である「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」をどうして書くに至ったかという動機研究の一環として、ヴェーバーの最初の学問的著作ということで読まれたようです。内容についてはこれから全部訳していこうとしている者にとっては、その最初の段階で特定個人の要約を載せるのはどうかと思いますので、ここでは触れません。ご興味がある方は同書を参照願います。ただ一つ収穫があったのは、ヴェーバーの学位論文として大学に提出されたのは”III. Die Familien- und Arbeitsgemeinschaften”(家族ゲマインシャフトと労働ゲマインシャフト)の部分だけで、「イタリアの諸都市における合名会社の連帯責任原則と特別財産の家計ゲマインシャフト及び家業ゲマインシャフトからの発展」というのもその部分のタイトルだったということです。これはちょっと目から鱗が落ちる感じでした。ただ、本当にそうなのかどうかはさらに全集版の注等を注意深く参照して確認したいと思います。

「中世合名会社史」でのヴェーバーのローマ法の引用についての注意

この論文でのヴェーバーのローマ法の引用について、かなり重要と思われることが見つかったので、訳者注としてまとめる前に、取り敢えず独立の記事として上げておきます。

まず、ローマ法のテキストというのがかなりややこしくて、テキストがかなりの部分確定していないものがあります。
その理由は、まずローマ法は、紀元前450年頃に「十二表法」という形で制定されます。この名前は、法令が十二枚の板の上に書かれていた所から来ています。この木の板は、紀元前一世紀の内乱の際に永久に失われてしまいました。しかしながら、その内の1/3程度が法学書や歴史書に引用されているために、我々は今でもローマ法の姿を知ることが出来ます。

それから時代は飛んで6世紀のユスティニアヌス帝の時に、廃れた法律を削除し、新たな法律を採用した「ローマ法大全」が編まれます。同時に、過去数世紀の法学者の著作も調査し、その内容を場合によっては「改竄」して現行法に合わせるようにします。これが「学説彙纂(いさん)」です。ヴェーバーがDで始まる条文を引用しているのは、この「学説彙纂」であり、Dは学説彙纂のラテン語であるDigestaの頭文字です。この学説彙纂はローマ法がそのまま使われていた時代にはその内容のまま使われていました。しかし、ローマ法から近代法に移り変わりが始まった時代になって、ユスティニアヌス帝の法典ではなく、古典法に戻ろうという動きが発生し、ユスティニアヌス法典が行ったであろう「改竄」を元に戻そうとする傾向が生じました。このため19世紀末から20世紀初にかけていわば「改竄狩り」が発生し、当時の法学者は自分の納得出来ない法文があると、「改竄された」と決めつけてテキストを変更することが行われていました。その後第二次世界大戦後にようやくきちんとした正文批判が行われた結果、ユスティニアヌス法典での改竄はほとんどが単語をちょっと短くしたとか、言葉をより適切なものに置き換えたりという程度であったことが明らかになりました。(本当の意味での改竄がまったく無かった訳ではありませんが。)

つまりヴェーバーがこの論文を書いていた時期は、そういう過渡期の混乱期であり、引用しているローマ法については注意が必要です。実際に全集版152ページでヴェーバーがレースラー(ロエスレル、明治日本のお抱え学者で大日本帝国憲法と商法の草案を作った人)の学説として引用しているローマ法(の注釈)は以下の通りです。(Dig.21.1.44.1)

Weber

Proponitur actio ex hoc Edicto in eum, cujus maxima pars in venditione fuit, quia plerumque venaliciarii ita societatem coëunt, ul quidquid agant, in commune videantur agere; aequum enim Aedilibus visum est, vel in unum ex his, cujus major pars, aut nulla parte minor esset, acdilicias actiones competere, ne cogatur emptor cum singulis litigare.

この法文は、全集の注記によれば、Quintosの注釈書では(異同はイタリックで示す。)

Quintos

Proponitur actio ex hoc edicto in eum cuius maxima pars in venditione fuerit, quia plerumque venaliciarii ita societatem coeunt, ut quidquid agunt in commune videantur agere: aequum enim aedilibus visum est vel in unum ex his, cuius maior pars aut nulla parte minor esset, aedilicias actiones competere, ne cogeretur emptor cum multis litigare.

となっているそうです。

この法文(Quintosの方)を試訳したものが以下です。
(日本語訳は、http://www.law.kyushu-u.ac.jp/~tanaka/yaku.html を見ると出ているようですが入手していません。)

「この布告は奴隷の売買において、もっとも大きな売上を上げるものに対して提案されるものである。というのは通常奴隷の商人達はソキエタスを結成し、彼らの成すこと全ては共同の行為としてみなされるからである。按察官にとっては、ソキエタスの成員の中でもっとも大きな売上を上げている一人に対してでも、または他の成員に引けを取らない売上を上げている者に対してでも、この制度は好ましいものであり、購買者は多数の商人と訴訟沙汰になることを避けることが出来るであろう。」

問題なのは、最後のcum multis litigare (多数の商人と訴訟沙汰になる)で、ウェーバーのテキストではcum singulis litigare (一人の商人と訴訟沙汰になる)となっており、まるきり意味が違ってきてしまいます。
おそらくヴェーバーの引用は直接学説彙纂より引いたというより、レースラーのテキストをそのままコピーしただけなのではないかと思います。意味的にはQuintos版の方が正しく思えます。(買う側からしたら、ソキエタスを構成している奴隷商人全員と訴訟をするより、その中の代表者一人に対して訴訟をする方がはるかに楽ですので。)このレースラーの説は、ローマ法において合名会社的な連帯責任の萌芽があるという主張なのですから、その根拠の条文がこのように曖昧さを持っているのは問題かと思います。もちろんヴェーバーはこの章でこれらの学説の有効性を否定していますので、引用が間違っていても論旨自体に大きな影響はありませんが、ともかく今後ローマ法の引用部には注意が必要です。幸い全集の注には異同がすべて記載されています。(この間ドイツ語本文の誤植を見つけましたが、さすがにこの部分はちゃんとやってくれていると信じたいです。)

参考:ウルリッヒ・マンテ著 田中実/瀧澤栄治訳 「ローマ法の歴史」ミネルヴァ書房

Angebliche Ansätze zur Wandlung der römischrechtlichen Grundsätze pp.152-155 ドイツ語原文(6)

Angebliche Ansätze zur Wandlung der römischrechtlichen Grundsätze pp.152-155のドイツ語原文です。
この辺りから本格的にラテン語(古典ラテン語)が登場します。
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Angebliche Ansätze zur Wandlung der römischrechtlichen Grundsätze.

Im allgemeinen muß dies entschieden in Abrede gestellt werden, für das Gebiet des Privatrechts unbedingt.

1. D. 63 §5 pro socio
Man könnte in einzelnen Bestimmungen eine Überschreitung jener Grenzen finden wollen. So wenn dem socius das Recht gegeben wird – D. 63 §5 pro socio – bei Zahlungsunfähigkeit eines socius sich an diejenigen anderen socii zu halten, welche ihren Teil von demselben voll beigetrieben haben.
Diese anscheinende Überschreitung der rein quotenmäßigen Regelung des Verhältnisses ist indessen nur eine Konsequenz der Natur der actio pro socio, bei welcher – es handelt sich nur um das Verhältnis unter den socii – die bona fides gleichmäßige Teilung der Verluste fordert.

2. D. 44 § 1 de aed[ilicio] edicto.
Roesler 3) hat ferner D.44 § 1 de aed[ilicio] ed[icto] herangezogen: Proponitur actio ex hoc Edicto in eum, cujus maxima pars in venditione fuit, quia plerumque venaliciarii ita societatem coëunt, ul quidquid agant, in commune videantur agere; aequum enim Aedilibus visum est, vel in unum ex his, cujus major pars, aut nulla parte minor esset, acdilicias actiones competere, ne cogatur emptor cum singulis litigare. – In der That liegt in dieser, der Praxis des Marktgerichts entwachsenen Bestimmung eine von den Juristen durch die präsumtive Interessen-

3) Zeitschr. für Handelsr. Bd. 4.

gemeinschaft der venaliciarii als billig motivierte, juristisch nicht weiter analysierbare Singularität vor, deren Grundlage im Societätsrecht nicht zu suchen ist. Die präsumtive Societät wird nicht als rechtliches Fundament der erweiterten Klage, sondern nur als legislatorisches Motiv der Aedilen dargestellt.

3. Argemarii.
Schon eher könnte das Verhältnis der plures argentarii als eine wirkliche Modifikation der römischen Auffassung gelten. Die davon handelnden Quellenstellen4) ergeben in der That eine wohl aus Besonderheiten des Litteralkontrakts und der Buchführung („nomina simul facta“) der Bankiers hervorgehende Rechtsbildung, jedoch nicht eigentlich ein Institut des Societätsrechts. Das Bestehen einer Societät wird nicht als der Rechtsgrund hervorgehoben.

4. Lex Malacitana c. 65
Thatsächlich aus dem Rechtsgrund der Societät hervorgehende Solidarberechtigungen enthält dagegen anscheinend das Statut der latinischen Colonia Malaca5) in

4) D. 9 pr. de pactis. Si plures sint, qui eandem actionem habent, unius loco habentur.
Ut puta plures sunt rei stipulandi vel plures argentarii, quorum nomina simul facta sunt … unum debitum est, – und
D.34 pr.de recept[is arbitris] (III.8): Si duo rei sunt aut credendi aut debendi et unus compromiserit … videndum est, an si alius petat, vel ab alio petatur, poena committatur.
Idem est in duobus argentariis, quorum nomina simul eunt (erunt Hal[oander]).

5) Cf. Mommsen, Stadtrechte zu der im folgenden cit. Stelle.

der, hinsichtlich der Bedeutung des Ausdrucks „socius“ freilich nicht zweifelsfreien Bestimmung: Lex Malac[itana] c.65 (es handelt sich um den Verkauf der praedes praediaque):
… ut ei qui eos praedes cognitores ea praedia mercati erunt praedes socii heredesque eorum i[i]que ad quos ea res pertinebit de is rebus agere easque res petere persequi recte possit.

Also: der socius des Käufers hat eine direkte Klage wie der heres. Zu berücksichtigen ist, daß wir uns auf dem Boden des Verwaltungsrechts befinden und ein durch die Hand des Magistrats geschlossener Kontrakt vorliegt. Wie weit hier die besondere Natur der öffentlichrechtlichen leges contractus6) einwirkt, und daher das Privatrecht cessiert, steht dahin7).

6) Cf. Heyrovsky, Die leges contractus.
7) In der Kaiserzeit begegnet die entsprechende Bestimmung auch sonst, cf. lex Metalli Vipascensis Z. 5 (Bruns, Fontes p. 247) conductori socio actorive ejus und weiter passim. Aus republikanischer Zeit ist mir Ähnliches nicht bekannt. Die lex Julia municip[alis] Z. 49 (Bruns. Fontes p.104) spricht nur von „redemptorei, quoi e lege locationis dari oportebit, heredeive eius“ im verwandten Fall.

Negatives Ergebnis für das römische Recht.

Auf dem Boden des Privalrechts 8) finden wir jedenfalls auch im spätrömischen und im Recht der Basiliken und ihrer Scholien 9) noch keine Modifikationen der alten Grundsätze. Daß jene erwähnten Spezialrechtssätze oder daß lokale Rechtsbildungen des Vulgärrechts Anknüpfungspunkte für die spätere, dem mittelalterlichen Großverkehr angehörige Entwickelung der von uns zu behandelnden Institute geboten haben sollten, dafür fehlt zum mindesten jeder Anhalt.

Modernes Recht der offenen Handelsgesellschaft. pp.149-151 中世合名会社史日本語訳(5)

日本語訳の5回目です。
注釈部のLabandに関する議論は、Laband自身の元の説を見ていないので現時点では誤って解釈している可能性もあります。
また、Institutという単語をこれまで「機関」と訳してきましたが(「天皇機関説」の機関のような)、「共有財産」「連帯責任」というのは人間集団ではなく法的な取り決めであるため「制度」という訳に変えました。小学館の大独和にこの訳語があります。
ドイツ語原文はここです。
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商取引におけるゲゼルシャフト(会社)の捉え方という点で、商号はしかしながらそこにおいて容易にある種の人格を獲得する。人格の獲得、すなわち商号の擬人化は以下のような法的な規定を定める上での出発点となる。その規定とは、たとえばある業務が執り行われる場合に誰がそれに従事するのであるかとか、あるいはある商号に対して以前より存在している債務は一体誰が負うのかなどといったことを、現実の生の中で比較的に簡素かつ自然に記述するものである。法学的な構成という意味で、外部から観察出来る外形を持った対象物を用い実際的な規定を記述することは、まったくもって簡単なことではない。もしそれ故に法学的に商号に実際的な人格性を持たせることまでに進めることが出来ないのであれば、体系的な記述の要求に応じるという限りにおいて、「商号」「業務」「ゲゼルシャフト(会社)」にそれぞれ法学的な考察における対象物として個別に重要な機能を持たせることが出来る。

これまで述べてきたことから、こういった法学的解釈の発展の根本原理は、まずは第一に連帯責任とゲゼルシャフト(会社)の特別財産という相互に緊密に関連した二つの制度であるということが容易に導き出される。

本質的な意味において、これらの二つの制度は以下の論述では次の点で法制史的に考察されなければならない。つまり一体どのような目的でゲゼルシャフト(会社)形態の発展一般に関与したのかということと、またこうした発展がこの二つの対立関係の確立無しには起き得なかったのかどうかということである。2)

中世におけるソキエタスの発展の根本原理の解明に入る前に、たとえ非常に手短にではあっても、ここにおいて始めて提起されたのではない問題について詳しく述べるべきであろう。つまりローマ法において、ソキエタスの純粋に義務的な性質と、その義務的な性質がソキエタスの成員間に働くことへの制限とを克服するような少なくとも何かの契機が存在していたのかどうかということである。

2) 合名会社の方についてのここでの概略説明は、Laband《Paul Laband、1838~1918、ドイツの法学者》の商法雑誌第30・31巻のものとは原理的に異なり、少なくとも彼のゲゼルシャフト(会社)の基金の財産としての機能の説明は破綻していると思われる。-それは彼の理論的展開において、合名会社の関係においての「内的なもの」と「外的なもの」の慣習的な区別を認めたがらないことから生じているが-二つの対立を説明の中で利用することを第30巻の51ページのCにおいて彼自身がまったく無しで済ますことは出来ていないのであるが-Labandは合名会社の特質をただ外部への責任だけとしている。ゲゼルシャフト(会社)の基金を特別財産として別扱いにすることについては、強制的な共同の所有権において、ソキエタスの一方の成員の権利が他方の成員の権利を、それぞれの財産への完全な支配をお互いに制限することが、ただ問題になる。-その証明としては、Labandはゲゼルシャフト(会社)の財産の金額は、第三者の、とりわけ債権者の権利の対象ではないと述べている。

その論法を仮に認めるとしても、なるほどゲゼルシャフト(会社)の財産の金額は第三者の債権の対象では無いとしても、その「存在」は第三者に対しても法的な権利の対象である。ゲゼルシャフト(会社)の財産というものは、経済的には無に等しい場合もあり得るかもしれないが、法的にはそれは存在し、経済状態という意味では重要な帰結は無くとも、ソキエタスの成員達はそれが確かに存在しまたその存在によってそれを法的に取り扱うことが開始されるということを、どうやっても隠し通すことは出来ないのである。

Labandはゲゼルシャフト(会社)の財産に対する個人の債権者を除外する理由として以下を挙げている。つまり、個々のソキエタスの成員に対する債権者は、その成員に対する債権者として以上の(ゲゼルシャフト{会社}に対する)権利を持つことは出来ず、それはラテン語では”nemo plus juris transferre potest quam habet ipse”《誰も自分自身が持っている以上の権利を他人に渡すことは出来ない》と表現されるが、そして確かに個々のソキエタスの成員は他のソキエタスの成員の義務的な請求権そのものによって制限を受けている。ある個人債権者のみをとってみてもまた、もし仮にその債権者が全ソキエタス成員に対する連帯的な債権を持つ者であったとしても、それは直ちにゲゼルシャフト(会社)の債権者ではあり得ないであろうし、かつまた他のソキエタス成員の義務的な権利がどのように、それぞれのソキエタスの成員が会社の所有物に対して保持している分け前から債権者を排除するという上述の物権的な作用を及ぼすのかということについても疑わしい。仮に個々の他のソキエタスの成員の権利が個人の債権者と対立しているとしたら、これらの権利を単に無効にするということが同時にその個人債権者をゲゼルシャフト(会社)の債権者にし、またゲゼルシャフト(会社)の財産の占有を可能にすることになるが、そういう事は実際には起きていない。

ローマ法でのソキエタスの場合は、複数のソキエタスの成員が個々の場合において、例えば保証人として連帯して責任を負う場合でも、未だゲゼルシャフト(会社)の財産というものは成立していないし、また銀行家についても、その責任は法律上義務付けられてはいるものの、この種の財産を共有するような制度については何も知られていない。

法制史においてもまた、ゲゼルシャフト(会社)の共有の財産という考え方が発展していく過程において合名会社が果たした大きな役割について今後この論文で追究していくことになるであろう。

重要なのは唯、既知の通り合名会社が共有財産という特性を特定の他のゲゼルシャフト(会社)形態と分け合ったということであり、また常にその種の共有財産の概念の設定は、ゲゼルシャフト(会社)内部の責任関係と非常に密接な関連を持っている。

参照:Labandについては、Gierke《Otto Friedlich von Gierke、1841~1921、ドイツの法学者、特に団体法の研究で有名》のDie Genossenschaftstheorie und ide deutsche Rechtspruchung (ゲノッセンシャフトの理論とドイツの判例)の438ページを参照。

Modernes Recht der offenen Handelsgesellschaft. pp.149-151 中世合名会社史ドイツ語原文(5)

“Modernes Recht der offenen Handelsgesellschaft.”の残りのドイツ語原文です。注釈が長い…
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 In der Anschauungsweise des Geschäftsverkehrs aber gewinnt die Firma eben dadurch leicht eine Art von Persönlichkeit, d. h. die Personifikation derselben ist die Handhabe, um Sätze, welche zwar im praktischen Leben sich relativ einfach und natürlich geben, – wie z. B. den: daß wer in ein bestehendes Geschäft eintritt, für dessen ältere Schulden haftet u.a., – welche aber in ihrer juristischen Konstruktion keineswegs einfach sind, durch ein plastisches Bild anschaulich und damit praktikabel zu machen. Wenn es daher auch juristisch zu einer wirklichen Personifikation der Firma nicht kommt, so wird doch, soweit das systematische Bedürfnis reicht, es ermöglicht, daß die „Firma“, – das „Geschäft“, – die „Gesellschaft“, – einzelne wichtige Funktionen eines Rechtssubjektes erfüllt.
 Es ergibt sich leicht aus dem bisher Gesagten, daß die Grundlage dieser Entwickelungen mit in erster Linie die beiden eng miteinander zusammenhängenden Institute der solidarischen Haftung und des gesellschaftlichen Sondervermögens sind.
 Wesentlich diese beiden Institute sollen im folgenden einer historischen Betrachtung unterzogen werden, zu welchem Behuf allerdings ein Eingehen auf die Entwickelung der Gesellschaftsformen überhaupt, schon der Gewinnung des Gegensatzes wegen, nicht entbehrt werden kann 2).
 Bevor wir auf die Grundlagen der mittelalterlichen Societätsentwickclung kommen, ist wenigstens in aller Kürze die hier nicht zum erstenmal aufgeworfene Frage zu erörtern, ob nicht etwa schon im römischen Recht wenigstens Ansätze zu einer Überwindung der rein obligatorischen Natur der societas und ihrer Beschränkung auf Wirkungen inter socios sich finden.

2) Von der vorstehend skizzierten Darstellung des Rechts der offenen Handelsgesellschaft weicht Laband – in der Zeitschr. für Handelsr. Bd. 30, 31 – prinzipiell insofern ab, als bei ihm die Vermögensfunktion des Gesellschaftsfonds wohl zu kurz kommen dürfte.
– Aus Abneigung gegen die in der Doktrin übliche Unterscheidung der „inneren” und „äußeren” Seite des Verhältnisses – ein Gegensatz, dessen Verwertung er selbst Bd. 30 S. 5 1. c. doch nicht ganz entraten kann – behandelt er als das der offene Handelsgesellschaft Charakteristische nur die Haftung nach außen. Bei der Absonderung des Gesellschaftsfonds als Sondergut handle es sich nur uni ein Rechtsverhältnis intcr socios, das obligatorische Mitrecht des einen beschränke den anderen in der vollständigen Herrschaft über sein Vermögen. – Beweis: die Größe des Gesellschaftsvermögens sei nicht Gegenstand eines Rechtes dritter, insbesondere der Gläubiger.
 Dies zugegeben, ist dagegen zu sagen, daß zwar nicht die Größe, aber allerdings die Existenz eines Gesellschaftsvermögens Gegenstand des Rechts auch dritter ist. Das Gesellschaftsvermögen kann ökonomisch gleich Null sein, juristisch besteht es, und zwar nicht ohne wichtige Konsequenzen auch für die ökonomische Sachlage, und die socii können auf keine Weise hindern, daß es besteht und daß die Rechtsfolgen dieses Bestehens eintreten.
 Laband will den Ausschluß der Privatgläubiger vom Gesellschaftsvermögen dadurch motivieren, daß die Gläubiger des einzelnen socius nicht mehr Rechte haben könnten als dieser selbst, nemo plus juris transferre potest quam habet ipse, – und der socius werde ja eben durch die obligatorischen Ansprüche der anderen socii beschränkt; allein auch ein Privatgläubiger, welcher solidarischer Privatgläubiger aller einzelnen socii wäre, würde nicht Gesellschaftsgläubiger sein, und überdies bleibt problematisch, wie obligatorische Rechte der anderen socii die besagte dingliche Wirkung des Ausschlusses der Gläubiger von den dem socius zustehenden Anteilen an den Gesellschaftssachen erzeugen sollten. Ständen dem Privatgläubiger nur Rechte der einzelnen anderen socii entgegen, so müßte die bloße Nichtgeltendmachung dieser Rechte ihn zum Gesellschaftsgläubiger machen und ihm den Zugriff ermöglichen, was nicht der Fall ist.
 Bei einer römischen societas entsteht dadurch, daß die socii im einzelnen Fall, als Bürgen z. B., solidarisch haften, noch kein Gesellschaftsvermögen, auch bezüglich der argentarii. bei welchen die Haftung eine gesetzliche ist, ist von einem derartigen Institut nichts bekannt.
 Auch historisch werden wir die große Rolle, welche gerade das Bestehen eines gemeinsamen Vermögens in der Entwickelung gespielt hat, zu verfolgen Gelegenheit haben.
 Richtig ist nur, daß die offene Handelsgesellschaft das Charakteristikum des Sondervermögens mit bestimmten anderen Gesellschaftsformen, wie bekannt, teilt, und daß stets die Stellung derartiger Sondervermögen mit den Haftungsverhältnissen auf das innigste zusammenhängt.

Cf. gegen Laband: Gierke, Die Genossenschaftstheorie und die deutsche Rechtsprechung S.438.

Modernes Recht der offenen Handelsgesellschaft. pp.147-149 中世合名会社史日本語訳(4)

日本語訳の続きです。ここはかなり苦労しました。一度逐語訳に近い形で日本語にし、その日本語訳と原文を突き合わせ、再度こなれた日本語に書き直そうとしているため、非常に時間がかかります。今のペースで計算してみたら、完訳までおそらく2年近くかかりそうです。
ドイツ語原文はここです。
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これに対し、合名会社の(法的な)構成は、ソキエタスに対してはっきりした違いを見せる:《この行再掲》
そのような合名会社の存在は、まずその作用をソキエタスの成員同士の関係に限定して及ぼすのではまったく無く、むしろそれは第三者にとって無視することが出来ない一つの事実となるのである。ゲゼルシャフト(会社)の契約が、ある決められた割合でソキエタスのある成員に権利を与え、かつその成員を「ゲゼルシャフト(会社)の」名前で行う業務に従事させる場合、全ての社員(Gesellschafter)はその業務に直ちに拘束されるのである。第三者であって、そういったゲゼルシャフト(会社)の業務において契約しその結果債務を負う者は、また(直接契約に関わった成員以外の)他のソキエタスの成員をも契約の当事者として認め、その成員が「ゲゼルシャフト(会社)の名において」債権全額を保持していることを認めなくてはならない。逆にその第三者が(そのゲゼルシャフト{会社}に対して)債権を持つ場合、直接の契約相手に対してだけでなく、他のソキエタスの成員も全額の債務を負っているとみなすことが出来、さらに「ゲゼルシャフト(会社)」そのものについても、会社資産における債務としてそれを負っているとみなすことが出来る。こうしたゲゼルシャフト(会社)の財産は、本質的で特徴的な要素として、あるソキエタスの成員の法的な取扱いの効果の点で、債権者(借方)としても債務者(貸方)としても契約の当事者であるソキエタスの成員個人を超えて影響力を持つということと密接に関係している。そしてそういったソキエタスの成員個人を超えた法的取扱いの効果については、ある一人のソキエタスの成員が執り行った全ての業務について及ぶのではなく、ただ「ゲゼルシャフト(会社)の名において」執り行った業務のみに対してのみ及ぶのであるから、あるソキエタスの成員が執り行った業務の結果としての義務的な関係は、その成員がただ自分の名前で執り行ったのか、また「ゲゼルシャフト(会社)の名において」執り行ったかによって全く違った意味を持つのである。その一方で全ての「ゲゼルシャフト(会社)の名において」執り行われた業務は、それがどのソキエタスの成員によって執り行われたかどうかに関わらず、すべてのソキエタスの成員相互に全く同等の意味を持つのである。

それ故に、(ゲゼルシャフトに対して)強制的に権利を与えることと義務を負わせることの両方が生じるが、その二つはそれぞれのゲゼルシャフト(会社)の資産において貸借対照表の借方や貸方へ記載された他の資産や負債とは本質的にその意味を異にしているが、その二つを他から区別する目印は二つにおいて同じなのである。同様に、「ゲゼルシャフト(会社)の名において」獲得された可視物(species = 外観をもったもの)への物権もそこに見出すことが出来るが、それはローマ法の共有財産の規定に対する個々のソキエタスの成員の取り分に応じた処分権に基づいているのではなく、むしろそのソキエタスの成員はゲゼルシャフト(会社)契約またはソキエタス法によってのみ、またただその範囲を限度として権利を与えられ処分権を持つのである。またこの法的な客体は、あるソキエタスの成員の(私有)財産における他の対象物とは異なっており、その双方を区別する目印によりそれらの他の対象物に対してまさに区別されるのである。このゲゼルシャフト(会社)というカテゴリーにおいて、義務的なものと並んでまた物権においても、これまで言及してきた違いというのは、ゲゼルシャフト(会社)の目的との関係の違いによる結果である。その結果ローマ法における共通勘定(arca communis)は、それをここで議論してきたようなゲゼルシャフト(会社)の財産物件として包括的に考える時は別の意味を持つようになる。その共通勘定の財産物件の権利は、ソキエタスの成員の他の(個人)財産物件とははっきりと区別されるのであり、その処分についても他の財産物件の処分方法とは区別され、個々のソキエタス成員の共通財産への部分的処分権はゲゼルシャフト(会社)が存続する限り直接的には無効であり、ゲゼルシャフト(会社)法に従って取り決められた処分権の方が優先される。個々のソキエタス成員の部分的処分権は、会社法による処分権に対しては劣位の権利に過ぎず、それ故にこのソキエタスの成員への債権者は、これらの客体ないしは部分的分け前に対しては直接強制執行の対象物に入れることは出来ないし、またその成員の破産財産中に個別かつ直接それらを入れることも出来ない。同様に、他方ではその(共通勘定という財産の)複合体の貸方に記載される負債は、個々のソキエタス成員の債務とは次のことにより明確に区別される。それは、その負債が、ただその負債が、共通勘定(arca communis)を上記の意味(会社の財産としての処分権が個々のソキエタス成員の部分的処分権より優先するという意味)で直接に貸借対照表の借方に記入出来るようにし、そしてその共通勘定への直接的な財産の追加の獲得を正当化する。それ故に、何かの処分権が会社とソキエタス成員個人との間で対立する場合には、まず(会社資産への)財産に組み入れられた後、それでもなおその成員の個人財産として残留する部分のみが、そのソキエタス成員の財産または破産財産に算入される。

すべてがある特定の(ゲゼルシャフト{会社}の)目的に役立つための諸権利の複合体が、その権利については他の権利とは区別され特別に規定された方法で行使され、またそれに対して特別な責任が課せられるのであるが、ここではそれを「財産」と名付けたい。そしてこの名称は何らの根拠のある疑いもなく正当であるが、故にこうした特性は、またこれまで述べてきた権利関係の総体に帰属するものである。共通勘定(arca communis)からある種の特別財産という考え方が生じ結局「ゲゼルシャフト(会社)財産」に成るのであるが、そのゲゼルシャフト(会社)財産は今や強制執行や破産の対象になり得る一つのまとまった対象物であるが、またそれは同時にこのゲゼルシャフト(会社)財産と個々のソキエタスの成員との間での権利と義務の成立を概念的には排除しない。1)

今や(ゲゼルシャフト{会社}の資産という)客体の側に(ここで定義した意味での会社)財産であるという目印が存在するとしたら、その法教義学的な必要性は明白であり、その客体は法規において精確に記述しようとする利害関心において不可欠のものであり、そのためにまた(その客体を所有する者である)主体も、または主体に相当する何か別のものでも、その財産の機能を(法的に)規定するために不可欠となるのである。その目的での一つの契機となるのは商号(Firma)の使用である。商号はただ実際的な簡約表現のための技法であり、というのもその用語の使用は上述してきたような「ゲゼルシャフト(会社)の」名前において行なわれる財産関係を簡易的に記述するのに役立つからである。

1)  ドイツ帝国上級商事裁判所 民事判決第5巻206頁。

合名会社(die offene Gesellschaft)の”offene”(公開の、オープンな)とは何か

die offene Handelsesellschaft (合名会社、OHG)の”offene”(=公開された、オープンな)が何を意味するかについての注記です。わざわさ”offene”が前に付いていることは、それに対立する概念として公開されていない、オープンでは無い会社形態があったということになります。私は以前はこの”offene”は「登記されて外部に公開されている」という意味に解釈していましたが、合名会社の場合登記自体は必須ではない(但し契約などで第三者に対抗するには登記が必要)ので違いました。
それが匿名組合= die stille Gesellschaft です。つまり合名会社ではその会社に対し誰が出資しているのか、まず名称に出資者全員の名前が入っている(=合名)のであり、公開されています。これに対し匿名組合では一部の出資者の名前は外部に対して秘密になっています。要するに貴族や聖職者、あるいは各地を渡り歩く商人などが自分の名前を出さずに他人のビジネスに参加する時に都合の良い会社形態だったわけです。コムメンダも元々はこの匿名組合です。この匿名の出資者が業務執行権も持つ場合には、内部組合= die Innengesellschaft と呼ばれました。合名会社はこの内部組合に直接対比されるものです。匿名組合として始まったコムメンダは結局合資会社へと発展しますが、そうであるならば、ヴェーバーが言っているように合名会社と合資会社は共通の起源に基づくというのは正しいのでしょう。
参考文献:ハインリッヒ・ミッタイス、ドイツ私法概説、P.91

Modernes Recht der offenen Handelsgesellschaft. pp.147-149 中世合名会社史ドイツ語原文(4)

「現在の法における合名会社」の所のドイツ語原文です。P.149の途中まで。
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Modernes Recht der offenen Handelsgesellschaft.

Das Bestehen einer solchen beschränkt zunächst seine Wirkungen keineswegs auf das Verhältnis zwischen den socii, es ist vielmehr eine Thatsache, welche auch von dritten nicht ignoriert werden kann. Diejenigen Geschäfte, welche ein nach Maßgabe des Gesellschaftsvertrages dazu berechtigter socius für Rechnung „der Gesellschaft“ abschließt, ergreifen alle Gesellschafter ohne weiteres in gleicher Weise. Ein dritter, wenn aus solchen Geschäften verpflichtet, muß sich gefallen lassen, daß auch ein anderer socius, als sein Kontrahent, sie „für die Gesellschaft“ gegen ihn auf den vollen Betrag geltend macht, er kann umgekehrt als Berechtigter sie außer gegen seinen Kontrahenten auch gegen die anderen socii in solidum und daneben auch gegen „die Gesellschaft“, d. h. zu Lasten des Gesellschaftsvermögens, geltend machen. Dies Gesellschaftsvermögen, als wesentlich charakteristisches Moment, steht im engen Zusammenhang mit jener aktiv und passiv über die Person des Kontrahenten hinausreichenden Wirkung von Rechtshandlungen eines socius. Denn da diese letztere nicht hinsichtlich aller von einem socius geschlossenen Geschäfte, sondern nur hinsichtlich der „für die Gesellschaft“ geschlossenen Platz greift, so folgt, daß die obligatorischen Beziehungen, in welche ein socius tritt, ganz verschiedene Bedeutung gewinnen, je nachdem er dies nur auf eigenen Namen oder „für die Gesellschaft“ thut, während andererseits alle „für die Gesellschaft“ geschlossenen Geschäfte, gleichgültig von welchem socius sie geschlossen sind, untereinander gleichmäßige Bedeutung haben.
Es entstehen also obligatorische Berechtigungen und Verpflichtungen, welche sich von den übrigen Aktiven und Passiven im Vermögen jedes Gesellschafters in ihrer Bedeutung wesentlich unterschieden, untereinander aber sich gerade in dem unterscheidenden Merkmal gleichen. Ebenso finden sich dingliche Rechte, – an den „für die Gesellschaft“ erworbenen species, – welche der quotenmäßigen Verfügung der einzelnen socii nach den Regeln des römischen Miteigentums nicht unterliegen, über welche der socius vielmehr nur so und insoweit, als er nach dem Gesellschaftsvertrage bezw. nach Societätsrecht dazu berechtigt ist, verfügen kann. Auch diese Rechtsobjekte also unterscheiden sich in ihren rechtlichen Beziehungen sehr wesentlich von allen anderen Gegenständen in dem Vermögen eines der socii und sind gerade in dem unterscheidenden Merkmale untereinander gleichgestellt. Wenn nun sowohl bei den obligatorischen, als bei den dinglichen Rechten dieser Kategorie die erwähnten Unterschiede Folge der Beziehung auf den Gesellschaftszweck sind, so gewinnt damit die arca communis des römischen Rechts, wenn wir sie als diese Vermögensstücke umfassend denken, eine andere Bedeutung. Die Rechte, welche zu ihr gehören, scheiden sich scharf von den übrigen Vermögensstücken der socii, die Verfügung darüber ist gleichmäßig geregelt, die Teilrechte der einzelnen sind, solange die Gesellschaft dauert, nicht unmittelbar wirksam, weichen vielmehr den in Gemäßheit des Gesellschaftsrechts darüber getroffenen Verfügungen; sie sind diesen gegenüber das schwächere Recht, so daß weder die Privatgläubiger des socius im Exekutionswege unmittelbar diese Objekte, resp. die Quotenanteile daran angreifen können, noch dieselben als einzelne unmittelbar in den Konkurs des socius fallen. Ebenso scheiden sich andererseits die jenem Komplex als Passiva zugehörigen Verbindlichkeiten scharf dadurch von den Verpflichtungen eines einzelnen socius. daß sie, und nur sie, die arca communis im obigen Sinne unmittelbar belasten und zum direkten Zugriff auf sie berechtigen, derart, daß bei einer Auseinandersetzung nur das nach ihrem Abzug Verbleibende dem Vermögen des socius, bezw. seiner Konkursmasse, zufällt.
Sofern man nun einen Komplex von Rechten, welche alle einem bestimmten Zweck dienen, über welche gleichmäßig in besonders geregelter Art verfügt wird und auf welchen besondere Lasten ruhen, ein „Vermögen“ nennen will, – und die Berechtigung dieser Bezeichnung unterliegt keinem begründeten Zweifel, – so kommt dieser Charakter auch der Gesamtheit jener oben geschilderten rechtlichen Beziehungen zu. Aus der arca communis ist ein Sondervermögen. das „Gesellschaftsvermögen“, geworden, es ist nun ein geeignetes Objekt für Zwangsvollstreckung und Konkurs, überhaupt eine Grundlage für alle sonstigen, von einem Vermögen versehenen rechtlichen Funktionen vorhanden, und es ist das Bestehen von Rechten und Verbindlichkeiten zwischen diesem Vermögen und den einzelnen socii begrifflich nicht ausgeschlossen1).
Sind nun hier auf seiten des Objekts die Merkmale des Vermögens vorhanden, so liegt das dogmatische Bedürfnis nahe, ja es ist im Interesse der Präzision des Ausdrucks fast unumgänglich, dafür auch ein Subjekt, oder doch etwas einem Subjekt Entsprechendes, dessen Funktionen Versehendes zu finden. Eine Handhabe hierfür bietet die Verwendung der Firma. Prinzipiell ist sie nur eine Art praktischer Breviloquenz, denn sie dient nur zur Zusammenfassung der auf Rechnung „der Gesellschaft“ im obigen Sinne laufenden Vermögensbeziehungen.