「ローマ土地制度史-公法と私法における意味について」の第1.1版を公開しました。
変更点は20箇所ほどですが、ほとんどがミススペル、誤字の修正、半角スペースを入れたり取ったり、です。
Amazonで販売しているものは、変更されたものが販売開始になるまで後2日くらいかかります。
折原浩先生訳の問題点(9)
折原センセの語彙では、金を扱う人はすべて「金貸し」(笑)
以下折原訳から:
1.都市に在住する大土地所有者兼金貸し
2.さらにバビロンの金貸しや大商人
3.不定期の「臨機的金貸しによる営利」
4.古来の国家資本主義的な[国家に資金を融通し、徴税を請け負う]金貸しと大商人
5.大商人および大金貸し
6.商人と金貸しの宗教性
7.抵当貸し業務から大国家への資金融資にいたる金貸し
ちなみに2のバビロンでは古代でありながら、小切手や信用取引などの高度な金融業が発達していましたが、折原センセは「金貸し」。(適当な訳は金融業者)
4はインドにて国家にすら資金を融資するBankier(銀行家)ですが、これも「金貸し」。
ともかく折原センセの歴史観は、「金持ちが貧者に高利で金を貸し付けて搾取する」ということしかないようです。(笑)(下記画像は著作権的にはまずいですがテーマにぴったりなので…)

「宗教社会学」折原浩元訳、丸山大幅改訳、R4
「宗教社会学」の「大幅改訳版」のR4を公開します。前回まで「補訳」と表現していましたが、先に書いたようにほぼ9割方を新しく訳し直しているため、もはや「補訳」のレベルを超えて「大幅改訳」となっています。
前回の公開から約2ヵ月間が空いたのも、この方針変更によるものです。
これで大体全体の4割です。おそらく完成までには今年いっぱいかかると思います。
折原浩先生訳の問題点(8)
折原センセは訳者注をほとんど付けないだけでなく、何と原注まで訳さないで、
[原文に付加された注釈]フォン・エギディ氏への期待と幻滅。
だけで終わらせています。
以下が私の訳ですが、ここはヴェーバー自身の体験として、非常に興味深い、かつ重要なことを言っているのに、訳さないで終わらせるというのは信じられません。フォン・エギディ氏とは、元陸軍中佐までいったバリバリの軍人でありながら平和主義者に転じた過激な人です。「プロテスタンティズムの倫理」はイギリスでは企業家に作用しましたが、ドイツでは軍人にもっとも作用したということです。
[1] 私には以下の体験がある。それはつまりフォン・エギディ[1] 氏(退役陸軍中佐)が最初に世に出た時、将校集会所でそれなりの期待感が高まったということである。つまり皇帝陛下[ヴィルヘルム2世]が、正統派教会の一員であるエギディ氏が批判する権利があることは当然のことであると考え、その主張するところを理解し、つまり軍隊における神への礼拝の中身は、今後はもはや今までのような子供向けの童話で、信じるに足る真っ当な中核部を持っていると主張出来ないようなものであってはならないとして、その主張を取り上げるのではないか、ということである。しかしそういったことは当然のことながら全く起きなかったので、次に新兵にとっては教会の教えが、彼らにとっては最良の弾除け[2] となるという考え方が広まった。
[1] <丸山>Christoph Moritz von Egidy、1847~1898年、プロシアの後にザクセンの軍隊で陸軍中佐まで勤めたが、その著書「Ernste Gedanken(真摯な思索)」のためにザクセン国王から退役を命じられ、その後「愛の宗教」としてのキリスト教という考え方に基づいて教条主義的な正統信仰を批判し、また平和主義者として「宥和」という名前の雑誌の発行者となった。</丸山>
[2] <丸山>原語はFutterでここは「餌」という意味と、「(衣服などの)裏張り」という意味があるが、兵士にとって弾に当たらないことは最大の望みであるため、教会の教えを信じていれば弾に当たることはない、と解釈した。旧日本軍での千人針と同じ。創文社訳は「餌」にしている。正確には記憶していないがレマルクの「西部戦線異状なし」にも同様の迷信的信仰が出て来た筈である。</丸山>
折原浩先生訳の問題点(7)
また変な折原訳
原文
Vor allem (aber nicht nur) innerhalb der Zenturionenschicht, also der Subalternoffiziere mit Zivilversorgungsanspruch.
折原訳
とくに [ローマ軍の]百人隊長階層の内部、つまり退職後には民間への就職の斡旋を権利として請求できる下級将校の間で、(もっぱらそうとばかりはいえないとしても) しかりであった。
何ですか、民間への就職の斡旋って?ローマ時代に職安があったんでしょうか。
ここで言っているのは、例えば蛮族の百人隊長も多くいましたが、彼らは40歳過ぎて退役すると「ローマ市民権を得て」、さらに植民市において土地を割り当ててもらってそれで生活することが出来るようになりましたが、そういったことです。折原センセがローマ史をまったく分かっていないということは、こういう翻訳からも分かります。
なお、「宗教社会学」の改訳の4回目の公開が遅れているのは、以上のように折原センセ訳はまったく当てにならないので、全文チェックに方針を変えたためです。もはや「補訳」ではなく「完全改訳」です。
辞書は新しい方がいいか?
宗教社会学の次の箇所:
Ganz im Gegensatz dazu gilt in der Vergangenheit die Stadt als Sitz der Frömmigkeit, und noch im 17. Jahrhundert erblickt Baxter in den (durch hausindustrielle Entwicklung herbeigeführten) Beziehungen der Weber von Kidderminster zur Großstadt London ausdrücklich eine Förderung der Gottseligkeit unter ihnen.
ここのBeziehungenをどう訳すか?おそらくは皆様の手持ちの新しい独和辞典には「関係」の意味しか載っていないと思います。
しかし写真にあるようにここは「移住」という意味です。
私の訳:
しかしそれとは正反対に過去においては、都市こそが敬虔的信仰の中心地だったのであり、17世紀においてもなおバクスターは(手工業の発展の結果としての)キダーミンスターの織工の大都市ロンドンへの移住について、それが明らかにその者達の間で神への敬虔な信仰が進んだ印と捉えていたのである。
この単語の本来の意味は「移住」で「関係」は後から派生した意味ですが、しかし現在では「移住」の意味は廃れたので、新しい独和辞典にはこの意味が出ていません。写真は1963年の木村相良独和辞典のコンパクト版です。この辞書は古いドイツ語文献を読むときには良いと故麻生建先生に教わって、ヴェーバーを訳す時はほとんどこれです。
社会学者によるヴェーバーの歴史研究の無視
「折原先生の「経済と社会」構成についての「誤った」考えの原因について」で書いたこととほぼ同じ内容が今読んでいる「マックス・ヴェーバーとエデュアルト・マイアー」(フリードリッヒ・H・テンブルック、ミネルヴァ書房「マックス・ヴェーバーとその同時代群像」に収録)に書いてありました。すなわち「経済と社会」の中の様々な理念型がヴェーバーの長年の歴史研究の結果として提示されたもので、それを社会学者はほとんど理解もせず、元となった歴史研究的著作を読みもしなかったということです。折原先生だけが間違ったのではなく、多くの社会学者が誤ったということです。大体、1913年に発表された「理解社会学のカテゴリー」がヴェーバーが初めて「社会学」と名前の付く論文を出した最初です。そのすぐ後から執筆が開始された「経済と社会」が完成された「社会学」的体系であるなど、ほとんど考えられないことです。
これは「経済と社会」の日本語訳を分冊で出した創文社にも責任の一端はあって、「経済と社会」の構成単位でしかないそれぞれを「法社会学」「支配の社会学」「都市の社会学」等々の「社会学」付きの邦題で出しました。これが大きな誤解を生んだ原因の一つだと思います。正しくは経済史+法制史+国民経済学の本であり、社会学はほんの上澄み、付け足しに過ぎません。
更にはヴェーバー自身に「社会学者」としての自覚がどれほどあったのか。要するに当時まだ生まれたてで脆弱な基礎しか無かった社会学を手伝ったぐらいのように思います。
ゲゼルシャフト行為-中野・海老原訳の誤訳
前に「問題の多い理解社会学のカテゴリー」というタイトルで下記のことをブログに書きました。「もっと変なのはゲゼルシャフト行為、ゲゼルシャフト関係であり、ゲゼルシャフト行為の定義をするにあたり、その中にゲゼルシャフト関係が登場するという、一種のトートロジー、循環論法になってしまっています。(ヴェーバーの定義はゲゼルシャフト関係の中で作られた制定律に準拠しそれを当てにして他人の行動を予測して行うのがゲゼルシャフト行為とされています。)こちらもゲマインシャフトと同様、論理的定義を行おうとしているのに、何故か最初からゲゼルシャフトの一般イメージが借用されています。」
この問題の原因は、原文を見直したら、日本語訳文が間違っていたせいでした。 未來社の中野・海老原訳(ちなみに訳者は二人とも1980年代当時の折原ゼミの参加者)では「われわれは、あるゲマインシャフト行為が以下のような要件を備えている場合、そしてその時に限って、そのゲマインシャフト行為をゲゼルシャフト関係的な行為(ゲゼルシャフト行為)と名づけることにしよう。」となっていますが、「ゲゼルシャフト関係的な行為」の原文は”vergesellschaftetes Handeln”です。”Vergemeinschaftung Handeln”ではありません。(日本語訳は一応()内に原単語は入れていますが)原文が言っているのは「ゲゼルシャフト化された行為=ゲゼルシャフト行為」であって、その定義の中に「ゲゼルシャフト関係」は入っていないので、トートロジーにはなりません。一方、Vergemeinshaftungはむしろ「形成された集団」を意味するニュアンスが強く、これを定義の中で使うのは不適当で、ヴェーバーは正しく定義しており、日本語訳が間違っていると思われます。
ヴェーバーの「カテゴリー論文」での定義自体は問題ありませんが、別に問題となるのは、「経済と社会」の戦前草稿群の中で早期に書かれたとされている「法社会学」の冒頭の「法秩序と経済的秩序」(ここに既に「秩序」が登場している)で、いきなりカテゴリー論文にないVergemeinschaftung、Vergesellschaftungが登場することです。もちろん意味は想像出来ますが、ヴェーバーは少なくともカテゴリー論文でこの2つの単語をきちんと定義すべきでした。読む者は誰でもテンニースの定義とどう違うのかに迷うことになるからです。ヴェーバーはカテゴリー論文の冒頭で「私の概念構成がテンニースのそれと異なっているとしても、それは必ずしも見解の相違を意味するものではない。」と書いているので、余計に判断に迷うことになります。
ちなみに「社会学の根本概念」ではようやくVergemeinschaftung、Vergesellschaftungが定義されます。そうなるとやはり戦前草稿群は「理解社会学のカテゴリー」だけでなく「社会学の根本概念」も読んで両方を比較しながら読まないといけない、ということになり、シュルフターの「双頭説」に有利になります。
折原センセ、あなたはもう学者として終わっています。
「宗教社会学」の gegen die stadtsässigen Großgrund- und Geldbesitzer gerichtetenに折原センセが付けた訳が「都市に在住する大土地所有者兼金貸しの専横を糾弾する」、さらに追い討ちをかけると言うか恥の上塗りで訳注にまたも「都市在住の大土地所有者は、遠隔地交易にも従事し、高利貸しも営み、返済不能に陥った農耕市民を債務奴隷に貶め、土地を兼併して肥太っていた。これが、古典古代の都市における典型的な階級対立であった。」と俗流マルクス主義テンプレートを繰り返しています。しかも原文は単に「都市に住む大地主と金持ちに対して向けられた」と言っているだけです。それを勝手に折原センセがくっつけてなおかつ「金貸し」という原文にないものまででっち上げています。
このブログを読まれている方にはかつて折原センセに教わった人とかお世話になった方も多数いらっしゃると思いますが、そういう方に申し訳ありませんが私はもう折原センセに対する尊敬心が0になりました。この人学者じゃないです。
折原センセの
「これが、古典古代の都市における典型的な階級対立」
が如何に間違っているか:
1.古代ローマ
そもそも貴族、騎士(エクィテス)、市民、解放奴隷、奴隷という階級とまったく一致しない。大地主は貴族、金貸しは主に騎士層。
2.古代ユダヤ
周知の通り律法で同胞に利子を取って貸し付けることは禁止。
3.古代ギリシア
アテネでもスパルタでも、市民は兵士であって基本的に金貸しなどやっていない。
4.古代エジプト
そもそも貨幣経済がまだなので金貸しなど存在しないし、また中央集権で国家が直接統治。
5.キリスト教以降
ローマ教会が利子付き貸し付けを禁止。
それにローマの自営農民が没落したのは度重なる戦争に兵士として駆り出され自分の農地を管理出来なかったのと、戦勝の結果獲得した属州(シチリア・エジプト・アフリカ)から安い穀物が大量に入ってきた、そして戦争によって獲得した奴隷を使って大地主が農園を経営して大規模生産を行ってそちらとの競争にも負けた、ぐらいは高校の世界史レベルの話です。
折原先生の「経済と社会」構成についての「誤った」考えの原因について
折原浩先生が何故「経済と社会」の構成について誤った方向(現時点での私の結論)に行ったかの一つの考察。
折原先生はヴェーバーの学問で興味があるのは「プロ倫」以降であると述べています。(以前安藤英治の「ウェーバー歴史社会学の出立―歴史認識と価値意識―」の話をした時に、この本はプロ倫「まで」を論じているが、自分はその逆でプロ倫「から」がどうなったかを研究していると言っていました。)
しかし「経済と社会」はプロ倫以降の研究だけに基づくものでは当然ありません。むしろ話は逆でプロ倫以前の広範な歴史研究(法制史・経済史)がバックになって、その決疑論的展開として「経済と社会」が成立しているのは明らかです。しかし「社会学者」である折原先生はあくまで「経済と社会」を社会学的著作とだけ偏った形で捉えたいと考えており、だからこそ最初の社会学理論の論文である「理解社会学のカテゴリー」こそが「経済と社会」の頭であるという考えに囚われていたのではないかと思います。
しかしたとえば「理解社会学のカテゴリー」で論じられるゲマインシャフトとゲゼルシャフトについても、既に最初の論文である「中世商事会社史」の中のアルベルティ家の遺産相続人達が、遺産分割についての契約を結んだ時に、ゲマインシャフトの合理化形態としてのゲゼルシャフトというのが語られているのであり、「カテゴリー論文」でいきなりこういった考えに至ったのではありません。折原先生を始めとする社会学者は安藤英治氏を例外として(但し安藤氏のヴェーバーの著作の理解に非常に問題が多いことは既に指摘済みですが)、ヴェーバーの初期の著作にほとんど関心を持たないどころか、読むことすらして来ませんでした。それが全ての誤りの原因と私は言わざるを得ません。このことは「ヴェーバーの学問で一番大事なのは理解社会学である」と主張する中野敏男氏についても同じことが言えます。
以上の指摘は「中世合名・合資会社成立史」と「ローマ土地制度史」を独力で日本語訳した私だから気付けたものだと思います。この前の投稿で指摘したように折原先生の例えばローマ史の理解は非常に低いレベルです。