「中世合名会社史」でのヴェーバーのローマ法の引用についての注意

この論文でのヴェーバーのローマ法の引用について、かなり重要と思われることが見つかったので、訳者注としてまとめる前に、取り敢えず独立の記事として上げておきます。

まず、ローマ法のテキストというのがかなりややこしくて、テキストがかなりの部分確定していないものがあります。
その理由は、まずローマ法は、紀元前450年頃に「十二表法」という形で制定されます。この名前は、法令が十二枚の板の上に書かれていた所から来ています。この木の板は、紀元前一世紀の内乱の際に永久に失われてしまいました。しかしながら、その内の1/3程度が法学書や歴史書に引用されているために、我々は今でもローマ法の姿を知ることが出来ます。

それから時代は飛んで6世紀のユスティニアヌス帝の時に、廃れた法律を削除し、新たな法律を採用した「ローマ法大全」が編まれます。同時に、過去数世紀の法学者の著作も調査し、その内容を場合によっては「改竄」して現行法に合わせるようにします。これが「学説彙纂(いさん)」です。ヴェーバーがDで始まる条文を引用しているのは、この「学説彙纂」であり、Dは学説彙纂のラテン語であるDigestaの頭文字です。この学説彙纂はローマ法がそのまま使われていた時代にはその内容のまま使われていました。しかし、ローマ法から近代法に移り変わりが始まった時代になって、ユスティニアヌス帝の法典ではなく、古典法に戻ろうという動きが発生し、ユスティニアヌス法典が行ったであろう「改竄」を元に戻そうとする傾向が生じました。このため19世紀末から20世紀初にかけていわば「改竄狩り」が発生し、当時の法学者は自分の納得出来ない法文があると、「改竄された」と決めつけてテキストを変更することが行われていました。その後第二次世界大戦後にようやくきちんとした正文批判が行われた結果、ユスティニアヌス法典での改竄はほとんどが単語をちょっと短くしたとか、言葉をより適切なものに置き換えたりという程度であったことが明らかになりました。(本当の意味での改竄がまったく無かった訳ではありませんが。)

つまりヴェーバーがこの論文を書いていた時期は、そういう過渡期の混乱期であり、引用しているローマ法については注意が必要です。実際に全集版152ページでヴェーバーがレースラー(ロエスレル、明治日本のお抱え学者で大日本帝国憲法と商法の草案を作った人)の学説として引用しているローマ法(の注釈)は以下の通りです。(Dig.21.1.44.1)

Weber

Proponitur actio ex hoc Edicto in eum, cujus maxima pars in venditione fuit, quia plerumque venaliciarii ita societatem coëunt, ul quidquid agant, in commune videantur agere; aequum enim Aedilibus visum est, vel in unum ex his, cujus major pars, aut nulla parte minor esset, acdilicias actiones competere, ne cogatur emptor cum singulis litigare.

この法文は、全集の注記によれば、Quintosの注釈書では(異同はイタリックで示す。)

Quintos

Proponitur actio ex hoc edicto in eum cuius maxima pars in venditione fuerit, quia plerumque venaliciarii ita societatem coeunt, ut quidquid agunt in commune videantur agere: aequum enim aedilibus visum est vel in unum ex his, cuius maior pars aut nulla parte minor esset, aedilicias actiones competere, ne cogeretur emptor cum multis litigare.

となっているそうです。

この法文(Quintosの方)を試訳したものが以下です。
(日本語訳は、http://www.law.kyushu-u.ac.jp/~tanaka/yaku.html を見ると出ているようですが入手していません。)

「この布告は奴隷の売買において、もっとも大きな売上を上げるものに対して提案されるものである。というのは通常奴隷の商人達はソキエタスを結成し、彼らの成すこと全ては共同の行為としてみなされるからである。按察官にとっては、ソキエタスの成員の中でもっとも大きな売上を上げている一人に対してでも、または他の成員に引けを取らない売上を上げている者に対してでも、この制度は好ましいものであり、購買者は多数の商人と訴訟沙汰になることを避けることが出来るであろう。」

問題なのは、最後のcum multis litigare (多数の商人と訴訟沙汰になる)で、ウェーバーのテキストではcum singulis litigare (一人の商人と訴訟沙汰になる)となっており、まるきり意味が違ってきてしまいます。
おそらくヴェーバーの引用は直接学説彙纂より引いたというより、レースラーのテキストをそのままコピーしただけなのではないかと思います。意味的にはQuintos版の方が正しく思えます。(買う側からしたら、ソキエタスを構成している奴隷商人全員と訴訟をするより、その中の代表者一人に対して訴訟をする方がはるかに楽ですので。)このレースラーの説は、ローマ法において合名会社的な連帯責任の萌芽があるという主張なのですから、その根拠の条文がこのように曖昧さを持っているのは問題かと思います。もちろんヴェーバーはこの章でこれらの学説の有効性を否定していますので、引用が間違っていても論旨自体に大きな影響はありませんが、ともかく今後ローマ法の引用部には注意が必要です。幸い全集の注には異同がすべて記載されています。(この間ドイツ語本文の誤植を見つけましたが、さすがにこの部分はちゃんとやってくれていると信じたいです。)

参考:ウルリッヒ・マンテ著 田中実/瀧澤栄治訳 「ローマ法の歴史」ミネルヴァ書房