実験心理学の創始者のヴィルヘルム・ヴントは、元々哲学の教授でした。なので1879年に彼が作った実験心理学の研究室は、ライプチヒ大学の哲学部の中にありました。そのことからも分るように、当時の心理学は、人間の精神の研究によって哲学をトップとする様々な精神科学への基礎となる、というある意味強い思い込みと同時に自己の学問への過大評価をしていました。
これに対する様々な反動が起き、フッサールの現象学やヴェーバーの理解社会学も広い意味でそうなのですが、1910年頃から、通常の哲学者達によって
(1)実験心理学者が哲学の講座を担当すること
(2)実験心理学の教室が哲学部の中にあること
に対する反対運動が起きたのだそうです。(出典:高橋澪子著、心の科学史 西洋心理学の背景と実験心理学の誕生、第四章第三節)
確かに、当時の実験心理学のレベルについて、全ての精神科学の基礎を作り上げるというのは、単なる「プログラム」であり、また実現性も極めて低いものだったと思います。しかし、ChatGPTを試していて思ったのですが、このAIは既にアラン・チューリングが提唱した「チューリング・テスト」をクリアしているのではないかと。(つまり、人間の回答とAIの回答を見分けることはもう不可能になっているということです。)そうであれば、こうした生成型AIは完全ではないにせよ、人間の脳の働きをかなりの部分まで模倣することに成功していると言えるかと思います。そしてそれはプログラムと大量の学習データによって作られており、「工学的に」構成可能なものです。AIがそこまで来ているのであれば、今再びかつて実験心理学が構想していた「大それた」試みを、再度検討することが非常に現実的になっているのではないでしょうか。コンピューターの発達と人間の脳の研究は並行して発展して来た面があると思います。なので実験心理学が19世紀末に投げかけた問題は、単なる昔の話ではなく、十分今日的な意味を持つと思います。