折原浩訳の問題点(51)

さあ今日も十分ネタになる大物誤訳来ました!(笑)

(1)「われわれの思考習慣における自然主義的な「因果律」」っておよそ意味不明。我々が自然に因果関係的な考え方をしがちである、ということに過ぎないと思います。
(2)「倫理的に意義のあるいかなる行為[の倫理的意義]」も日本語として変。「倫理的に重要な行為の意義」でいいと思いますが。
(3)「不滅の世界過程」→この訳者がWeltを「世界」と訳す典型例。(たまたま今読んでいる、H・コンツェルマンの「新約聖書神学概論」の訳者後書きで田川建三氏がキリスト教的文脈ではWeltは「世界」ではなく「現世」「この世」と訳せ、と書いています。)「現世の進行過程」でいいと思います。
(4)そして極めつけ:「世界過程自体にそなわる自動装置によっておのずと決済していくからである。」→自動装置、自動機械が来たら「決済」?単にここは自動的な機構によって無しで済ますと言っているだけで、自動販売機のイメージは関係ありません。

原文
Er rationalisiert sie und damit den Kosmos unter rein ethischen Prinzipien. Die naturalistische »Kausalität« unserer Denkgewohnheiten wird also ersetzt durch einen universellen Vergeltungsmechanismus, bei dem keine ethisch relevante Tat jemals verloren geht. Die dogmatische Konsequenz liegt in der völligen Entbehrlichkeit und Undenkbarkeit eines in diesen Mechanismus eingreifenden allmächtigen Gottes: denn der unvergängliche Weltprozeß erledigt die ethischen Aufgaben eines solchen durch seine eigene Automatik.

折原訳
輪廻信仰は、そうしたアニミズム的観念を合理化し、そのさい宇宙をもっぱら倫理的な諸原理のもとに合理化する。われわれの思考習慣における自然主義的な「因果律」が、ひとつの普遍的な応報機制にとって代わられ、ここでは、倫理的に意義のあるいかなる行為[の倫理的意義]も、けっして消滅することはない。そこからは、この機制に干渉する全能の神は、まったく必要がないばかりか、考えることさえできない、という教義上の結論が導き出される。それというのも、不滅の世界過程が、そういう神の倫理的な[正義の規準に則って賞罰を配する]課題を、世界過程自体にそなわる自動装置によっておのずと決済していくからである。

丸山訳
輪廻転生の信仰はそうしたアニミズムの概念を合理化し、それによって同時に宇宙を純粋に倫理的な諸原則の下に置いて合理化する。我々の思考においてありがちな自然な「因果関係」がそれ故にある普遍的な報いのメカニズムによって代替され、その際に倫理的に重要な行為の意義が失われるということは決してないのである。教義としての帰結は、ある全能の神がこのメカニズムに干渉するということを完全に無しで済まし、想定しないということである:というのは不滅の現世の進行過程が、それ自身の自動機構によって、そういった神の倫理的な諸課題を無にするからである。