折原浩訳の問題点(44)

ここ数ページぐらい何故か誤訳が減ったので、おそらくは授業で使って学生から指摘されたことを反映したのかと思ったら、また変なのが。久し振りに「即人的」が登場しましたが、もっとも使ってはいけない所で使っています。「神の即人的な介入」って一体何ですか?なんか神様が人間一人一人のニーズに「即して」サービスしてくれるみたいな変なイメージになってしまいます。(笑)

原文
Mit der Neigung zur Auffassung Gottes als des schrankenlosen Herrn über seine Kreaturen geht daher die Neigung parallel, überall seine »Vorsehung«, sein ganz persönliches Eingreifen in den Lauf der Welt zu sehen und zu deuten.

折原訳
それゆえ、神をその被造物にたいする無制限の主として把握する傾向と並んで、かれの「摂理」、すなわち世界の経過にたいするかれの即人的な介入を、いたるところに検出し、解釈しようとする傾向が、発現してくる。

丸山訳
神を、その被造物に対する無制限の主であると把握する傾向と、至る所で神の「摂理」を、つまり神の世界の成り行きに対してのまったく神自身の判断による干渉を見て取り、それを解釈するという傾向が平行して発生することになる。

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