ここも折原デコトラ翻訳の例。ほとんど常に原文をより難解にこねくり回しています。
(1)Sichquälen には「自虐」といったマゾヒズム的なニュアンスはなく、単に「労苦」など。非常に苦労して何かを行うこと。
(2)geformten Lebens は単に形作られた生と言っているだけなのを「もろもろの形式に嵌め込まれ」などと訳すのは、盛り過ぎ。
(3)全部瞑想的神秘主義者から見た禁欲者のイメージで、受動で被害を受けている感じで書かれているのに、最後になって「自らを救いのない矛盾と妥協に縛りつけて止まずにいる。」などと能動・再帰的に訳すのは変。
原文
Der Asket wird, vom Standpunkt des kontemplativen Mystikers aus gesehen, durch sein, sei es außerweltliches, Sichquälen und Kämpfen, vollends aber durch asketisch-rationales innerweltliches Handeln stetig in alle Belastetheit des geformten Lebens mit unlösbaren Spannungen zwischen Gewaltsamkeit und Güte, Sachlichkeit und Liebe verwickelt, dadurch stetig von der Einheit in und mit Gott entfernt und in heillose Widersprüche und Kompromisse hineingezwungen.
折原訳
他方、瞑想的神秘家の観点から見れば、禁欲者は、たとえ世俗を離れてではあれ、かれの自虐と闘いによって、いわんや禁欲的で合理的な世俗内の行為によっては、もろもろの形式に嵌め込まれ、強制と善意、即物性と愛との和解不可能な緊張をともなう生のあらゆる荷重のなかに、たえず巻き込まれるばかりで、神のなかに神とともにある統一からたえず遠ざかり、自らを救いのない矛盾と妥協に縛りつけて止まずにいる。
丸山訳
禁欲は、[逆に]瞑想的な神秘主義の立場から見た場合は、その者の、たとえそれが現世外的なものだったとしても、労苦と戦いによって、さらにそれに加えて禁欲的・合理的な現世内行為によって、ある横暴さと親切さ、即物性と愛の間での解消出来ない緊張状態を伴った、形作られた生き方において全ての負荷を背負わされた状態へと常に巻き込まれ、それによって常に、神において、かつ神と共にある統一状態から遠ざかり、そして救いのない自家撞着と妥協の中に無理矢理押し入れられている、ということになる。