折原浩訳の問題点(141)

まあここは誤訳というのは少し可哀想ですが、interessiertを「関心を寄せる」と訳すのは弱すぎます。要するに規範を犯す者を放置すると、神の怒りを招き自分達にそのとばっちりが来るということを言っているのであり、興味・関心を持つというレベルではなく「利害に関わる」であるのは明らかです。
それから「侵害し難い聖祓を与える」の方は明らかな誤訳。「聖祓」はお祓いのこと(創文社訳のおかしな造語)、それを言うなら「聖別」ですが、ここはカトリック限定の話ではないため、私は「犯すべからざる神聖なお墨付きを与える」と訳しました。大体「お祓い」は神道用語で「穢れを清める」ことで、ここで言っている神聖な権威を与えるのとはまるで意味が違いますし、そもそも神道に「聖なる」という概念は存在しません。

原文
Sie wirkt in dieser Form wesentlich ebenso wie die magische Ethik. Das heißt, allgemein gesprochen: sie gibt erst den von ihr rezipierten Konventionen die unverbrüchliche Weihe, weil auch hier an der Vermeidung des göttlichen Zornes, also an der Bestrafung des Übertretens der Normen die Gesamtheit der Anhänger des Gottes als solche interessiert ist.

折原訳
そうした形態における宗教性の作用は、本質上、魔術的倫理に等しい。ということは、一般的にいえば、宗教性が、それによって受け入れられた慣習律に対して、侵害し難い聖祓を与える、ということである。ここでもまた、神の怒りを回避すること、したがって、規範の侵害を罰することが、当の神の信奉者が一体となって関心を寄せる事柄だからである。

丸山訳
こうした形態においての信仰は、本質的に魔術的観念に基づく倫理と同等のものである。それはつまり、一般的に言えば:その信仰がまずはそれによって受け入れられた様々な慣習に対して、犯すべからざる神聖なお墨付きを与えるということであり、何故ならばまたここでも神の怒りを避けることが、つまりは規則の侵害への処罰が、その神のそういった信者全体の利害に関わっているからである。