ずっと、ユダヤ人の対内倫理と対外倫理の二重性の話をしているのに、折原訳はVerkehrをずっと「交渉」と訳しています。いうまでもなく、ここでは「取引」の意味で使われています。英語で言えばtrafficです。
最後の「[「証された」救済が来世に期待できる、というわけではない]」も余計な補足と思います。そういうのは読者が自分で考えることです。
後は間違いとまでは言いませんが、
nüchtern → 「醒めた」、より「冷静に」(この訳者はwachも必ずといっていいくらい「醒めた」と訳します。)
»sachlich«→「事柄に即する」という意味の良く分からない訳ではなく「私情を交えず」「事務的に」ぐらい。
原文
Er hatte ein weit schwereres inneres Schicksal zu überwinden als der seiner »Erwählung« für das Jenseits sichere Puritaner. Der Einzelne muß sich mit der Tatsache der Verheißungswidrigkeit der bestehenden Welt, solange Gott sie zuläßt, eben abfinden und sich genügen lassen, wenn Gott ihm Gnade und Erfolg schenkt im Verkehr mit den Feinden seines Volks, denen er, wenn er den Ansprüchen seiner Rabbinen genügen will, legal und nüchtern rechnend, ohne Liebe und ohne Haß, »sachlich« gegenübertritt und sie so behandelt, wie es ihm Gott erlaubt hat.
折原訳
彼は、自分が「彼岸において選ばれていること」を確信しているピューリタンに比して、はるかに苛酷な内面的運命に耐えなければならなかった。個々人は、現存する世界が、いかに神の約束には反する実情にあっても、神がそれを許容しているかぎり、その実情と折り合いをつけなければならない。そのうえで、民族の敵たちとの交渉にあたって、ラビたちの要求にしたがおうとすれば、当の敵たちを、合法的かつ醒めた計算にもとづき、愛も憎しみも交えず、「事柄に即する」態度で、神に許されるとおりに、処遇しなければならない。じっさいにそのとおりに振る舞って、神がかれに恩恵と成果を贈ってくれるのであれば、そのかぎりで満足しなければならないのである [「証された」救済が来世に期待できる、というわけではない]。
丸山訳
そのユダヤ人は、自分の来世での救済へと「選ばれていること」について確信しているピューリタンよりも、はるかに過酷な内的な運命を耐え忍ばなければならなかった。個々の者は、今ある現世の、神の諸約束とは反する現状に、その現状を神が認める限りにおいて、満足し良しとしなければならなかったし、神がその者に、その民族の敵達との取引において恵みと成果を贈る場合は、その者は敵達について、その者がラビ達からの様々な要求を満たそうと欲する場合は、合法的にかつ冷静に計算して、愛も憎しみもなく、「私情を交えず[sachlich]」対処し、それによる恵みと成果については、神がその者に許し給うたものとして扱うのである。