折原浩訳の問題点(175)

8月はもうノルマ達成なのに、誤訳は次々に出て来てまるで誤訳椀子そば状態です。(笑)

(1)「地表上いたるところで」を何故かそれ以下の先頭においていますが、überhaupt aber zahlreiche で明らかに一回切れるので、勝手に前に持っていってはいけません。「特にロシアでの、様々に異なった動機を持ち、また世界の非常に様々な地域にて見られる諸教派」です。
(2)「政治権力との間に鋭い葛藤が生じた」→勝手に補うべきではありません。要するに兵役拒否自体が各所で摩擦を引き起こしたと言っているのであり、政治権力だけとの問題ではありません。それよりこんなどうでもいい不要な補足するぐらいなら、私が付けたような訳注を付けるべきで、そうでないと読んでいる人には背景が分かりません。

原文
Und die ihm entsprechende, tolerante Zulassung Andersdenkender hatte in Pennsylvanien selbst die Quäker zunächst zu einer immer peinlicher empfundenen Wahlkreisgeometrie, schließlich aber zur Abdikation vom Mitregiment gezwungen. Der grundsätzlich passive Apolitismus, wie ihn typisch das genuine Mennonitentum und ähnlich die meisten täuferischen Gemeinden, überhaupt aber zahlreiche, besonders russische, Sekten in verschieden motivierter Art, in den verschiedensten Teilen der Erde festgehalten haben, hat bei der absoluten Fügsamkeit, welche aus der Verwerfung der Gewaltsamkeit folgt, zu akuten Konflikten vornehmlich nur da geführt, wo persönliche militärische Dienstleistungen verlangt wurden.

折原訳
クエーカー教徒は、本拠のペンシルヴェニア州においてさえ、彼らに相応しい、自分とは異なった考え方をする者たちにたいする寛容につけ込まれて、まずは、彼らにとってはますます苦痛としか感じられない選挙区画制を押しつけられ、最終的には、共同統治権から締め出されてしまった。原則上受動的な非政治主義は、地表上いたるところで、典型的には純正なメノナイト派 に、類例としてはおおかたの洗礼派系ゲマインデに、一般的には数多のゼクテとくにロシアのゼクテに、さまざまな動機づけのもとで堅持された。そこでは、暴力放棄の結果として生ずる絶対的な従順のもとで、とくに即人的な軍事勤務が要求される場合にかぎって、政治権力との間に鋭い葛藤が生じた。

丸山訳
そしてクエーカー教徒達は、彼ららしい、他の考え方をする者達を寛容に許容するやり方によって、他ならぬペンシルベニアにおいてさえ、まず手始めに常に痛みを感じるような選挙区割りを押しつけられ[1]、最終的にはそれどころか共同統治から締め出されてしまった[2] のである。原理的な受動的非政治主義は、典型的なものとしては真正なメノナイトと、またそれと同様に大部分の再洗礼派系の諸教団に見られるが、一般的にはしかしまた多数の、特にロシアでの、様々に異なった動機を持ち、また世界の非常に様々な地域にて見られる諸教派が固持しているのであるが、その絶対的な従順さにおいて、それは暴力行使の否認から発生するのであるが、主として個人による軍務への従事が要求される場合においてのみ、激しい衝突を引き起こした。

[1] ペンシルベニアのクエーカー植民地では、当初はクエーカー教徒が多く住む東部から多くの議員が選ばれるような一種のゲリマンダリングが行われていたが、寛容政策の結果としてアイルランド系、ドイツ系、ピューリタンなどの移民が増え、その区割りが維持出来なくなり修正されたということ。

[2] 1754年に始まったフレンチ・インディアン戦争の結果として、1756年にペンシルベニアの総督と評議会がネイティブ・アメリカンの部族に対して宣戦布告した事態に臨んで、クエーカー教徒の議員がそれが自身の宗教的信条に反するとして一斉辞職せざるを得なくなったことを言っている。