立川武蔵はインド学・仏教学のそれなりの大家だと思っていましたが、氏の「般若心経の思想史」(法蔵館文庫)を読んでいて啞然としました。何とマックス・ヴェーバーがユダヤ人であると、しかもご丁寧に2回も書いています。そしてヴェーバーがキリスト教・ユダヤ教では人は神の道具、仏教やヒンドゥー教では神の容器にした、と説明しています。(ヴェーバーが「神の道具」としているのはカルヴィニズムのような禁欲的プロテスタンティズムです。「神の容器」は瞑想的な神秘主義{エックハルトのような}です。キリスト教が全部「神の道具」だなどとは全く言っていません。)ちなみに参照しているのは青木書店のウェーバー社会学論集に入っている中間考察です。文学博士、民族博物館名誉教授だそうですが、本当に信じられないほどひどいです。そもそも般若心経の説明にヴェーバーの仮説的分類なんか持ち出す必要はない訳で、これ自体が日本で長くヴェーバーがその言っていることの正しさも検証されず盲目的に受容されて来たことの証拠の一つだと思います。