折原浩訳の問題点(163)

ここも経済・金融のことが良く分かっていない例。原文にKreditとしか書いてないのに勝手に「信用貸し」にしてしまっています。「信用貸し」は一般的に無担保融資のこと。ここでは単なる「信用供与」ということです。
それから、教会にモンテ・ディ・ピエタによる貧者への融資が非常な暴利として忌避された、というのは歴史的事実に反し、そういう貧者への融資が低利で行われている一方で、ユダヤ人などによる商業者への高利融資が非難された、ということだと思います。モンテ・ディ・ピエタ自体の利子は公会議によって公認されています。

原文
Das Zinsverbot selbst wurde vom Protestantismus, speziell vom asketischen Protestantismus, auf Fälle konkreter Lieblosigkeit beschränkt. Der Zins wurde jetzt gerade da, wo ihn die Kirche selbst in den Montes pietatis faktisch geduldet hatte: bei Kredit an die Armen, als liebloser Wucher perhorresziert, — die Juden sowohl wie die christliche Geschäftswelt empfanden seit langem deren Konkurrenz als lästig, — dagegen wurde er als eine Form der Teilnahme des Kapitalgebers an den mit geliehenem Gelde gemachten Geschäftsprofit und überhaupt für den Kredit an die Mächtigen und Reichen (politischer Kredit an Fürsten) legitimiert.

折原訳
利子禁止令自体は、プロテスタンティズム、とくに禁欲的プロテスタンティズムにおいては、具体的に非情な事態を引き起こす場合にかぎって適用された。いまや利子は、かつて教会自体がモンテス・ピエターティスという形で事実上容認していた、貧者への融資にかんして、非情な暴利として忌避された。――ユダヤ人およびキリスト教徒の実業界も、長らく教会との競合を、煩わしいと感得してはいた。――それに対して、いまや利子は、貸与された貨幣をもって生み出される事業利得に、当の貸与者が与る形式として、また、一般に有力者および富者にたいする信用貸し(王侯への政治的信用貸し)として、正当化された。

丸山訳
利子禁止それ自体は、プロテスタンティズムによって、特に禁欲的なプロテスタンティズムによって、利子を取ることが具体的に冷酷な場合にのみ限定して適用された。利子は今やまさに、教会自身がモンテ・ディ・ピエタの制度において貧者に対する信用供与という形で事実上許容していたが、それでも冷酷な高利貸しとして嫌悪されていた状況において、--ユダヤ人と同様キリスト教の商業界も、かなり前から教会の命令との競合を煩わしいと感じていたのであるが--そういった状況に対して、資本供与者の、貸与された資金がもたらす事業収益へ与ることの一形態として、そして一般に諸権力者と富者への信用(世俗の高位者への政治的信用供与)に対して正当化されたのである。

折原浩訳の問題点(162)

最後の文は、ließen nicht entstehenで誰が読んでも「~を成立させなかった」ですが、折原訳は「成立させることはできなかった。」と何故か主語がそれを望んでいたけど出来なかったという意味に誤訳しています。小さな箇所ですが、こういう勝手な原文の改変が本当に各所で行われています。それからethischem Berufが何で「倫理的資質」になるのか。ここは職業というより召命でしょう。「倫理的資質」ではHabitusになってしまいます。

原文
Der tiefe Zwiespalt zwischen den geschäftlichen Unvermeidlichkeiten und dem christlichen Lebensideal wurde indessen oft sehr tief gefühlt und hielt jedenfalls gerade die frömmsten und ethisch rationalsten Elemente dem Geschäftsleben fern, wirkte vor allem immer wieder in der Richtung einer ethischen Deklassierung und Hemmung des rationalen Geschäftsgeistes. Die Auskunft der mittelalterlichen Anstaltskirche: die Pflichten ständisch abzustufen je nach religiösem Charisma und ethischem Beruf, und daneben die Ablaßpraxis ließen jedoch eine geschlossene ethische Lebensmethodik auf ökonomischem Gebiete überhaupt nicht entstehen.

折原訳
それでも、事業を営むうえで避けられないことと、キリスト教的な生活理想との間にある深い亀裂は、しばしば非常に深刻に感得された。いずれにせよ、この亀裂が、まさしくもっとも敬虔で倫理的にもっとも合理的な分子を、事業生活から遠ざけ、とりわけ、合理的な事業精神を倫理的に貶価し、その発達を阻止する方向に絶えず作用した。中世のアンシュタルト教会は、もろもろの義務を、持ち前の宗教的カリスマと倫理的資質の差異に応じて、身分的に段階づけ、これとならんで贖宥を実施したが、およそこうした方策では、経済の領域に、ひとつの自足完結的な倫理的生活方法を成立させることはできなかった。

丸山訳
[利子付き貸し出しの]業務上の不可避性とキリスト教の生活上の理想との間の深い分裂は、それにもかかわらずしばしば、非常に深く感じ取られ、いずれにせよそれがまさしく最も敬虔で倫理的に最も合理的な諸要素を業務上の生活から遠ざけたのであり、取り分け常にそれが作用したのは、合理的な業務的精神を倫理的に低い階級のものと見なすことと、それの阻害という方向においてであった。中世でのアンシュタルト化した教会からの案内:宗教的なカリスマと倫理的な召命に応じて、様々な義務を身分毎に等級分けすることと、そしてそれと並んで贖宥の実施が、しかしながらある閉じた倫理的な生活の方法体系を経済的な領域において成立させることをさせなかったのである。