最後の文は、ließen nicht entstehenで誰が読んでも「~を成立させなかった」ですが、折原訳は「成立させることはできなかった。」と何故か主語がそれを望んでいたけど出来なかったという意味に誤訳しています。小さな箇所ですが、こういう勝手な原文の改変が本当に各所で行われています。それからethischem Berufが何で「倫理的資質」になるのか。ここは職業というより召命でしょう。「倫理的資質」ではHabitusになってしまいます。
原文
Der tiefe Zwiespalt zwischen den geschäftlichen Unvermeidlichkeiten und dem christlichen Lebensideal wurde indessen oft sehr tief gefühlt und hielt jedenfalls gerade die frömmsten und ethisch rationalsten Elemente dem Geschäftsleben fern, wirkte vor allem immer wieder in der Richtung einer ethischen Deklassierung und Hemmung des rationalen Geschäftsgeistes. Die Auskunft der mittelalterlichen Anstaltskirche: die Pflichten ständisch abzustufen je nach religiösem Charisma und ethischem Beruf, und daneben die Ablaßpraxis ließen jedoch eine geschlossene ethische Lebensmethodik auf ökonomischem Gebiete überhaupt nicht entstehen.
折原訳
それでも、事業を営むうえで避けられないことと、キリスト教的な生活理想との間にある深い亀裂は、しばしば非常に深刻に感得された。いずれにせよ、この亀裂が、まさしくもっとも敬虔で倫理的にもっとも合理的な分子を、事業生活から遠ざけ、とりわけ、合理的な事業精神を倫理的に貶価し、その発達を阻止する方向に絶えず作用した。中世のアンシュタルト教会は、もろもろの義務を、持ち前の宗教的カリスマと倫理的資質の差異に応じて、身分的に段階づけ、これとならんで贖宥を実施したが、およそこうした方策では、経済の領域に、ひとつの自足完結的な倫理的生活方法を成立させることはできなかった。
丸山訳
[利子付き貸し出しの]業務上の不可避性とキリスト教の生活上の理想との間の深い分裂は、それにもかかわらずしばしば、非常に深く感じ取られ、いずれにせよそれがまさしく最も敬虔で倫理的に最も合理的な諸要素を業務上の生活から遠ざけたのであり、取り分け常にそれが作用したのは、合理的な業務的精神を倫理的に低い階級のものと見なすことと、それの阻害という方向においてであった。中世でのアンシュタルト化した教会からの案内:宗教的なカリスマと倫理的な召命に応じて、様々な義務を身分毎に等級分けすることと、そしてそれと並んで贖宥の実施が、しかしながらある閉じた倫理的な生活の方法体系を経済的な領域において成立させることをさせなかったのである。