グリムのドイツ語辞書によるGemeindeの説明

グリムのドイツ語辞書で、改めてGemeindeを調べてみました。何度も強調されているのはゲマインシャフトとほぼ同じことで、どちらかというとゲマインシャフトの共有資産とかそういう意味があるということです。そして「教団」の意味が出て来たのは後からで、そこでも「信仰ゲマインシャフト」となっており、初期のキリスト教でのエクレシア(=教会)が挙げられています。
折原センセの「そこで、祭司などの礼拝スタッフと平信徒大衆との権利-義務関係が、制定秩序によって規制されるようになり、平信徒がこの制定秩序に準拠して積極的にも参与するようになると、ゲマインシャフト関係一般ではなく、ゲマインデとなる。」(他の論考では「「ゲゼルシャフト結成に媒介された近隣ゲマインシャフト群としての『ゲマインデGemeinde』」という一般概念」)は完全な誤りです。ヴェーバーのゲマインデは彼が特別に定義した用語ではなく、一般的な用語として使っています。以下のように既にルター聖書でἐκκλησίαの訳として使われています。(ルターはおそらくKircheと訳すとローマ教会という連想が働くのを嫌ってわざわざGemeindeを選んだのだと思います。プロテスタントの万人司祭主義にも通じます。)

ルター訳聖書(1545)使徒言行録 8:1
Es erhub sich aber zu der Zeit eine große Verfolgung über die Gemeinde zu Jerusalem;
(Nestle Greek New Testament 1904:Ἐγένετο δὲ ἐν ἐκείνῃ τῇ ἡμέρᾳ διωγμὸς μέγας ἐπὶ τὴν ἐκκλησίαν τὴν ἐν Ἱεροσολύμοις·)
(共同訳2018:その日、エルサレムの教会に対して激しい迫害が起こり)

要するに社会学としての正しい把握は
(1)最初は信仰共同体(原始キリスト教では召命共同体)であるゲマインデとして始まり
(2)その内規模が拡大し、内部に制定律が作られゲゼルシャフト化し
(3)次にそのゲゼルシャフトが大きくなってローマ教会のようになり
(4)最後は幼児洗礼によって自動的にその組織のメンバーになるというアンシュタルトになる
というのが宗教関係の集団の発展図式になります。

折原センセのゲマインデに関する誤解は、要するに誤読です。:
Die »Gemeinde« in diesem religiösen Sinn — die zweite Kategorie von Gemeinde neben dem aus ökonomischen, fiskalischen oder anderen politischen Gründen vergesellschafteten Nachbarschaftsverband —

「こうした宗教的意味のゲマインデ は、経済的、財政的、あるいはそれ以外の政治的理由でゲゼルシャフト関係に編成された近隣団体と並ぶ、ゲマインデの第二範疇であって、」
というヴェーバーによるゲマインデの説明において、「ゲゼルシャフト関係に編成された」は通常の意味でのゲマインデ(地方コミュニティ)だけにかかる形容なのを、第二範疇(=教団)にもかかると誤読したからでしょう。