折原浩先生訳の問題点(14)

原文1
Allerdings besonders oft mit noch ausgesprochenerer Neigung zur unoffiziellen sektenhaften Religiosität, für deren sämtliche Formen die mit der Not des Tages, den Schwankungen des Brotpreises und der Verdienstgelegenheit kämpfende, auf »Bruderhilfe« angewiesene gewerbliche Unterschicht der Städte überall ein höchst dankbares Feld dargeboten hat.

折原訳1
もとより職人徒弟層が、非公認のゼクテ的宗教性への傾向をいっそう顕著に示すことは、とくにしばしば見られる。こうしたゼクテ的宗教性のあらゆる形態は、日々困窮して、パンの価格や雇用機会の動揺と闘い、「同胞の援助」を頼りに生業にありついている都市下層民から、いたるところで好感をもって迎えられ、容易に活動できる領域を見出した。

丸山訳1
とはいえ特にしばしば、なお一層顕著にこの職人の徒弟達が非公認の教派的信仰へと向かう傾向を持っていることと共に、その信仰の集合態にとっては、日々の困窮と共に、つまりパンの価格の変動と働いてお金を稼ぐ機会の増減と戦いながら、「兄弟による支援」に頼る都市の下層民が、いずれの場所においても高度に酬いられる領域として見出されたのである。

原文2
Die Religion wird hier vielmehr normalerweise durch andere ideelle Surrogate ersetzt.

折原訳2
そこではむしろ、宗教が通例、他の観念的なスローガンにとって代わられている。

丸山訳2
宗教はここではよりむしろ、通常の場合他の観念上の代用品によって補償されている。

コメント
(1)折原訳1の「いたるところで好感をもって迎えられ」はein höchst dankbares Feld dargeboten hatの訳であるが、ここで書いてあるのはゼクテ的信仰にとって下層民という対象がもっとも都合の良い布教先だったということで感謝するのはゼクテ的信仰の方であり、都市の下層民の方ではない。またそのゼクテ的宗教性を持ち込んでいるのは遍歴の徒弟であり、都市の貧民層から見ればよそ者で自分達の仕事を奪う可能性が高いもので「好感をもって迎えられ」という訳はその意味でも不適切。
(2)折原訳2の「スローガン」はおそらくSurrogateの発音「スロガーテ」から短絡的に「スローガン」としたもの。実際は代用品、代替物という意味であってスローガンなどという意味はまるでない。

この2箇所とも創文社訳は正しく訳しています。「翻訳の体を成していない」のは一体どちらの訳でしょうか?

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