古キリスト教=都市の職人の宗教というヴェーバー説への反証

ヴェーバーの古キリスト教の信徒の中心が都市定住の職人であったというのが間違っている証拠を挙げます。

1.まずパウロは確かにテントの布を作って売っていた職人ですが、ヴェーバー自身が「遍歴の」と書いている通り、若い時はキリスト教徒を弾圧するために、回心してからは布教のためあちこちの都市を旅しており、決して定住の職人ではありません。

2.例えばイエスの12使徒や初期の信奉者に都市の職人はいません。聖書にある通りそれは漁師、徴税人、あるいは元売春婦といった人達です。

3.そもそも都市の職人や小資本家だったのはむしろイエスの最大の敵対者であったパリサイ人です。

4.das alte Christentum = 古キリスト教という言い方自体がそもそも学問的ではなく、いつのどこのキリスト教を指しているかまったく不明です。

5.初期のキリスト教は最終的にカトリックとして正統信仰が固まるまで、様々な、後に異端とされる派が存在しています。例えばグノーシス、モンタノス、エピオン、マルキオンなど。それらが全て都市の職人中心だったということはありません。

6.特に北アフリカに多かったドナトゥス派の信徒は多くが農民、コローヌス、兵士などであり都市の職人では全くありません。

7.「使徒言行録(使徒行伝)」に出てくる初期のキリスト教徒は、召命を重んじる、霊が降ってきて霊に満たされた、などの記述が多く見られ、ヴェーバーの言うUnio Mystica(神秘的合一)型の信仰であって、プロテスタンティズムの禁欲的な生活合理化につながる信仰とは別のものです。(私は大学の時聖書学者の荒井献先生の「使徒言行録」の成立史の授業を受けており、それなりに「使徒言行録」は読み込んでいます。)

8.ここでは「イエス」「パウロ」という固有名を出さず、Sein Heiland, seine Missionare (の内の最大の者)など曖昧な書き方をしています。これは特殊個別事例にしか過ぎないものを敢えて一般的な類型であるかのように見せる印象操作です。

要するにここでヴェーバーがしていることは、禁欲的プロテスタンティズムを担った層(の一部)が都市の職人層であったことを敷衍して、キリスト教自体が当初はやはり都市の職人に担われた宗教であったという。カトリックの否定、プロテスタンティズムから見たキリスト教史の書き換え、新しい神話作りに過ぎないということです。
それから「都市の」の部分も、初期のキリスト教徒はディアスポラのユダヤ人中心であり、故郷を追われたユダヤ人が生計を立てられるのは都市でしかなかったということだというだけです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA