折原浩訳の問題点(221)

冒頭に戻って改訳作業を続けていますが、笑える訳注。

たとえば、任意のどんな石でも、呪物として使えるわけではない[1]。

[1] 日常的な石と非日常的な「呪物」とは、日常性の大小を基準として区別される。

ヴェーバーは魔術かどうかが区別されるのはその行為が引き起こした現象が日常的かそうでないかによると言っているだけで、石に日常性が高い、低いがある訳ではありません。「鰯の頭も信心から」という言葉があるように、ごく日常的なものが呪術性を持つことはいくらでも例があります。こういう意味のない間違った訳注を付ける一方で、本当に訳注が必要な「マナ」や「オレンダ」についてはスルー。