ドイツ語の tralaticisch の意味

「ローマ土地制度史」で今訳している所に„Tralaticische” Quellencitate habe ich thunlichst beschränkt verwendet という文章が出てきます。この„tralaticische”という形容詞が、紙の辞書、オンラインの辞書とも出てきません。しかしググるといくつかの昔の文献で使用されているのが確認出来ます。おそらくこの形容詞は英語での相当語は”tralatitious”ではないかと思います。もしそうならOEDによれば、語源はラテン語のtrālātīciusです。綴りの相似から見て、„tralaticische”はこのラテン語をドイツ語化したもので間違いないでしょう。その場合の意味は、「伝統的な、代々伝えられてきた、慣習となっている、通常の」と言った意味になります。ここでは「伝承的な≪本当にオリジナルの文献通りの引用か疑問がある≫文献引用については、私は可能な限りそれへの準拠を最小限に留めた。」という訳になるかと思います。ローマ法というのは、十二表法という名前の通り12枚の板に刻んで書かれていた原本が内乱で完全に失われており、その後に出た法学書に引用されている条文から元の法文を再現することが行われています。また、ユスティニアヌス帝によるローマ法の再現である学説彙纂について、ヴェーバーの時代に編纂者が表面的に辻褄が合わない所を恣意的に変えた可能性がある、ということで見直しが行われていました。そういう背景から理解すべき文であると思います。 (「中世合名・合資会社成立史」の翻訳の際に、そのことについての記事を書きましたので、必要であればご参照ください。)

ちなみに英訳はこの部分を”Lengthy quotations from the primary sources have been kept to a minimum in the interests of brevity;”(「元々の原典からの長々とした引用は文章の簡潔さを保つため最小限に留めた。」)と訳して、„tralaticische”を「lengthy=長々とした」と訳しています。もちろん間違いです。この翻訳者は古典語学者ということで期待していましたが、ダメですね。何故ヴェーバーがわざわざ引用符まで付けてラテン語起源の特殊な単語を使っているのかまったく理解していません。それに「文章の簡潔さを保つため」という内容も元の文章にはありません。大体ヴェーバーは「文章の簡潔さを保つ」よりも、可能な限りありとあらゆる留保条件まで書いて正確さを重視する人であるのは言うまでもありません。

「中世合名・合資会社成立史」のペーパーバック版の販売開始

「中世合名・合資会社成立史」につきましては、ここでPDF版を無償公開すると同時に、AmazonでKindle版の販売を2020年9月より行ってきました。この度、Amazonでペーパーバック版の販売も料金無しで出来るようになりましたので、ペーパーバック版の販売を開始しました。内容はここのPDF版と同じですが、Amazonでは無償の設定は出来ませんので、Kindle版、ペーパーバック版とも最低価格にさせていただいております。(ペーパーバック版は税込み1,021円)書籍があった方が便利という方はどうぞご検討ください。

「ローマ土地制度史」日本語訳第1回 P.92~95(目次)



「ローマ土地制度史 その国法と私法における意味において」の日本語訳をようやく本格的に開始しました。なお、これまで「ローマ農業史」と書いて来ましたが、「ローマ土地制度史」の方がより適切な日本語訳ですので、今後は「ローマ土地制度史」を使います。
なお目次部分は今日時点では仮訳です。今後本文を熟読して変更する場合があります。≪≫内は訳者注または原語の表示用です。ページは全集版のものです。
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「ローマ土地制度史 その国法と私法における意味において」
マックス・ヴェーバー著

2つの図付き

シュトゥットガルト、1891年、フェルディナント・エンケ出版

感謝と尊敬の意を込めて枢密参事官・教授
A. マイツェン≪1822~1910年、ドイツの農制史研究家、統計学者≫博士に献呈す。

まずは校正の時に見逃してしまった誤記を訂正させていただきたい。
P.256の14行目の「マタイによる福音書」は「ルカによる福音書」の間違いです。
この論文の校正作業は、私の軍役により中断を余儀なくされており、そのことによってまだ幾許かの誤植が残っていることを懸念しております。親愛なる読者各位におきましては、こうした誤りについてどうかご寛恕いただければと願う次第です。

シャルロッテンブルクにて、1891年8月 司法官試補 博士 マックス・ヴェーバー

目次

緒言 … P.97
   序文 P.97
   ローマ史における土地制度史の問題 P.101
   文献情報 P.105

Ⅰ. 土地測量における土地の分類とローマの国土についての国法と私法上の等級との関係 … P.107
   土地測量における土地の分類 P.107
   測量の技法 P.108
   1.Ager scamnatus≪東西に走る測量線で分けられた土地区画≫において P.109
   2.Ager centuriatus≪正方形に区画された土地単位≫において P.109
   区画の利用。植民市における土地区分けと個人への分与。 P.112
   正方形の土地単位を用いた土地区分と、東西に走る線≪scamna≫と南北に走る線≪strigas≫による土地区分との違い。 P.116
   異なった測量方法が存在する理由。Ager scamnatusにおける課税の可能性。 P.122
   東西に走る線による区画分けの利用 P.123
   植民市における課税可能な土地の測量 P.127
   Ager quaestorius≪財務官{クワエストル}が収入を得るために売却する公有地≫における測量方法とその法的な性格 P.129
   Ager per extremitatem mensura comprehensus≪全面積が測量済みであるが、まだ区分けされていない土地≫について P.136
   属州における課税法規との関係 P.139

Ⅱ. ローマにおいての非課税の土地の法的かつ経済的な意味 … P.141
   1.土地区分けの行政法的な作用について P.141
     イタリアにおける植民の一般的性格 P.141
     ローマ人による植民地開拓の特性 P.145
     領土の行政法上の意味 P.147
     土地区分けの領土管理上の効果 P.147
     Forma. Praefecturae≪植民市での公有地≫の意味 P.149
     Fundi redditi, concessi, excepti≪引き渡された土地、許可された土地、例外扱いされた土地≫について P.151
     区分けがされていない領土の法的な位置付け P.152
     公有地化されていない土地について P.153
     植民市における法制定の状況 P.154
   2.免税農民の私法上及び経済上の性質 P.157
     免税農民の特権 P.157
     ケンスス≪財産・人口調査、現代で言う国勢調査の走り≫の対象となる可能性 P.157
     Per aes et libram≪奴隷解放の儀式。奴隷の対価として天秤量りに銅または青銅の小片を載せていく行為。≫の業務 P.158
     法的な売却≪mantzipation≫と遺言の経済的意味 P.158
     対物訴訟 P.160
     土地測量についての議論となっている区分け P.161
     土地の面積と場所についての議論 P.162
     土地の面積についての議論の法的な性質 P.163
     土地の場所についての議論との関係 P.166
     Modus agriの元々の意味。Modus Agri用への売却。 P.168
     分割売却と区画売却 P.170
     ローマにおける土地単位についての基本法 P.171
     Usukapion≪無断居住者≫の土地制度史上の意味 P.174
     所有財産保護の土地制度史上の意味 P.177
     土地単位についての基本法に対する決定的な違反 P.184
     ローマにおける不動産取引 P.187
     ローマにおける不動産信用 P.188
     Ager privatus≪私有地≫の現物抵当と地役権との関係 P.190
     Ager privatusの法的取り扱いの経済的原理 P.193
     土地の併合と分割 P.194
     植民地法≪ius coloniae≫の土地制度上の意味 P.197
     ローマとその時代における土地制度上の土地の転用 P.201

Ⅲ. 公有かつ課税の土地とそれに従属する権利の所有について … P.207
   Ager publics≪公有地≫の性格 P.207
   地方の自治体≪ゲマインデ≫の共有牧草地≪Gemeindeweide≫。Ager compascuus≪隣人間での共有牧草地≫。 P.208
   占有の期限。Mark≪市の公有地≫とAllmende≪市の共有地≫ P.212
   土地資本主義 P.216
   占有とAger compascuus≪隣人間での共有牧草地≫の終焉 P.218
   その他の公有の形態 P.220
   ケンススの場所選定 P.221
   ケンススの場所選定の経済上の帰結 P.224
   公有地の小作人、大規模な小作人 P.226
   公有地についての無期限の所有、個人の職務遂行に対抗する土地証券。
   1.Viasii vicani≪重要な道路沿いの土地。占有者は永続的に所有し譲渡不可。その代りに道路の維持義務を負う。≫ P.228
   2.Navicularii≪穀物輸送船の船主のソキエタスに対して、穀物をローマに供給する代償として土地が与えられた≫と穀物供給の約束を前提とした前線の土地の供与 P.231
   3.城主の領地と辺境の領地 P.232
     地代の支払いを条件とした無期限の譲渡
     1.名目地代。Trientabula≪公的債務の1/3が土地で支払われるもの≫ P.233
      グラックス≪兄弟≫の改革による土地分配 P.235
     2.実質地代。永代借地。 P.235
      トーリア法による所有 P.235
      アフリカにおけるAger privatus vectigalisque≪一度買った土地が何らかの事情で再度競売にかけられた場合、同じ面積の別の土地があ与えられるもの≫ P.236
      Ager privatus vectigalisqueにおける、vectigal≪土地使用料≫の性質 P.238
      相続税が課せられる長期の小作契約 P.239
      測量の方式 P.242
      後代における譲渡可能となった永代小作権 P.244
      Vectigalisの地租への変化 P.246
      国有地所有の法的な性格 P.249
      行政上の手続き P.250
      現物に対する強制執行 P.250
      自治都市におけるvectigalis P.252
      地方の自治体≪ゲマインデ≫の法と財産 P.252
      土地貸しによる地代の徴収 P.254
      Ager vectigalisの法的性格 P.259
      永代小作契約≪Emphyteuse≫ P.259
      国有地ではない属州の土地 P.260
      シチリアにおける十分の一税 P.260
      法的な特性 P.261
      小アジアにおける十分の一税 P.264
      アフリカにおけるstipendarii≪固定割合の貢物付きの土地≫ P.265
      税制上の地方の自治体≪ゲマインデ≫の自治の後代においての運命 P.270
      ウルピヌスの時代における土地の売却 P.272
      ディオクレティアヌスによる土地税制の整備 P.274
      ユガティオ≪土地税≫とカピタティオ≪人頭税≫と属州における課税 P.279
      地方の自治体≪ゲマインデ≫における課税自治権の剥奪 P.282
      土地税の統一 P.286
      エピボレー≪Επιβολή3世紀末から行われた不耕地に対しての耕作強制≫とperaequatio≪税の等額負担≫ P.287
      ユガティオ以外の特別税 P.289
      物納税。Adaeratio≪物納を金納に変えること≫ P.289
      動産への課税 P.292
      土地に関する法律の統一 P.292

Ⅳ. ローマの農業と帝政期の大地主制 … P.297
   農業経営の方式の発展 P.297
   穀物栽培の運命。オリーブと≪ワイン用≫ブドウの栽培。 P.302
   牧草栽培、広大な牧草地の経営とvillaticae pastiones≪放牧農場、コルネラの著作に出て来る用語≫ P.304
   大農場と小規模農場 P.307
   共和制期の農民≪coloni≫ P.308
   分割小作の生存条件 P.311
   農民 P.312
   帝政期初期における農業危機 P.318
   続き。労役義務を負った農民≪小作人≫を使った農場経営の発展 P.320
   大地主制についての法整備の状況 P.326
   Fundi excepti≪非課税の土地≫ P.326
   Stipendarii≪固定割合の貢物付きの土地≫。公有地の小作人。 P.327
   土地区画での居住者に対する法整備の状況 P.328
   出生と行政上の本国送還 P.330
   地主である農民と自由農民 P.334
   類似の状況。城砦。非ローマ人の定住。 P.334
   土地所有についての法整備の状況 P.335
   地主における内部組織 P.341
   農業従事者の運命 P.345
   結論 P.352

付記 Arausioの銘文 . C.I.L≪Corpus Inscriptionum Latinarum、ラテン碑文集成≫, XII, 1244 P.353
   文献表 P.357

図Ⅰ:Arausioの耕作地図の断片(C.I.L.XII. 1244とその追加分) P.360
図Ⅱ:Hyginによるager vectigalisの測量(de lim.const.P.204) P.361

Die römische Agrargeschichteは「ローマ農業史」か?

Die römische Agrargeschichteの日本語訳にようやく着手しました。今目次部分を訳しています。”Zur Geshichite der Handelsgesellschaften im Mittelalter”の時も、それまでのタイトルの邦訳「中世商事会社史」に異を唱えましたが、今回もこれは「ローマ農業史」ではなく「ローマ土地制度史」だと思います。そうでないと後ろに続く「公法と私法への意味付けにおいて」と上手くつながらなくなります。(この論文では土地に関する法律が論じられています。)もちろん古代ローマにおいての土地のもっとも主要な利用方法は建物用を除けば農地としてであり、それ故にagrar(ラテン語ではagrarius)には「農業の」という意味もあります。しかし本来のラテン語の意味は土地=agerに形容詞化語尾の-ariusが付いたもので、「土地制度改革者(農地改革者)の、土地制度の、土地に関する」といった意味です。この論文で論じられているのは、ローマで公有地から私有地への転換がどのように行われたのか、土地制度の歴史を、それがどのように立法化されたのか、例えばBC111年の土地法の規定などを参照しながら論じられています。それ故に「農業史」と意味を限定せず「土地制度史」と訳すべきと考えます。
同様に、これまで「古代農業事情」と訳されているAgrarverhältnisse im Altertumも「古代においての土地を巡る諸事情」だと思います。渡辺・弓削訳は「古代社会経済史 古代農業事情」ですが。

追記(2021年10月21日):本日翻訳にあたっての参考文献として、西洋史学家の村川堅太郎東京大学名誉教授の「羅馬大土地所有制」(日本評論社、昭和24年刊)を取り寄せました。そのP.22に「たとえばWeberが1891年の「羅馬土地制度史」において」と書かれています。表記が違うだけでまったく私の訳と同じでした。これで私の「ローマ土地制度史」という日本語訳が間違いないことの裏付けが取れました。

 

「ローマ土地制度史 国法と私法への意味付けにおいて」ドイツ語原文

「ローマ土地制度史 国法と私法への意味付けにおいて」のドイツ語原文のざっとした通し読み(意味はきちんと取っていません)が終了したので、これから日本語訳を開始したいと思います。「中世合名・合資会社成立史」を訳した時は、その訳した箇所毎にドイツ語原文を掲載していましたが、結構面倒な作業なため、今回はMax Weber im Kontextから取ったドイツ語原文をPDFでここにまとめてアップしておきます。中野敏男先生によると、このCD-ROM結構誤記があるようですが、もし疑わしい場合は、Web上に原文が公開されていますので、そちらでご確認ください。
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「ローマ土地制度史 国法と私法への意味付けにおいて」英訳を一応読了。

「ローマ土地制度史 国法と私法への意味付けにおいて」のRichard I. Frankによる英訳を日本語訳の準備作業として一通り読了しました。(注釈を除く。)「中世合名・合資会社成立史」のルッツ・ケルバー氏の英訳に比べると非常にこなれた英語で分かりやすかったです。また訳者が古典語の学者なので、ラテン語の知識という点でもこう言っては何ですがケルバー氏よりはるかに上で安心して読むことが出来ました。一通り読んだと言っても、ほとんど斜め読みなので意味の把握はこれからですが、私見ではこの論文はゴルトシュミットと並ぶもう一人のヴェーバーの大学での恩師であるマイツェン(ドイツ農制史の専門家)の影響下にあるのでしょうが、それ以外に「中世合名・合資会社成立史」の元になっている博士号論文の審査においての、ヴェーバーとモムゼンの論争にもからんでいるのでは、つまりそこで議論されたことをより詳細に調べるという目的と動機があったのではないかと思います。もちろんその時の論争の内容が公開されている訳ではないので推測に過ぎませんが、マリアンネの伝記ではローマの植民市についての何かの概念についての論争だったということです。この「土地制度史」にはローマの植民地における土地税制、農業の実態が中心的なテーマとして取上げられています。しかし農業に関する内容は後半1/3ぐらいで、その前はローマにおける土地の測量と登記の方法、そしてそれにからむ税制の話が延々と続きます。その中でモムゼンが解読チームのリーダーであった、ローマの碑文資料が多数出て来ます。

折原浩先生のHPの移動

折原先生のHPですが、昔YusenがやっていたgyaoのサービスとしてのHPサービスが今はSo-netが運営しているのですが、そのサービスが来年の1月28日で終了するとのことで、新しいサイトに移動になります。

新しいURLは http://hkorihara.com/ になります。
実は私が引っ越しのお手伝いをして、独自ドメインを取っての運用になります。

P.S.(2020年12月3日)
本当はgyaoの方のページでリダイレクト処理して新しいサイトに飛ばそうと思っていたのですが、先生の方で既に11月末でgyaoのHPサービスを解約されてしまったとのことで、現時点で旧サイトはアクセス出来なくなっています。

「中世合名・合資会社成立史」Web版(2.7版)

中世合名・合資会社成立史のHTML版をアップします。 既にPDF版は2020年9月に公開していますが、HTMLの方が検索エンジンでの検索ターゲットとしては多少いいかもというだけの理由です。 読むのであれば、PDF版の方がはるかに読みやすいのでそちらをお勧めします。またAmazonでKindle版も$0.99で販売しておりますので(Amazonでは価格0という設定は出来ません、何故ならそうなるとAmazon側に取扱い手数料が入らないので)、スマホやKindleで読みたいという方はそちらをご利用ください。

2021年11月10日Ver.2.7

コムメンダのイスラム起源説は、既に1885年時点でありました。

長場正利という方が書かれた「コムメンダに關する研究」という1929年の論文があります。それによると、J. Kohlerという人の1885年の”Die Commenda im islamitischen Rechte”という論文で、既にコムメンダのイスラム起源説が唱えられていたようです。しかし、この説は当時のジルバーシュミットなどからは受け入れられなかったようです。ヴェーバーの「中世合名・合資会社成立史」が1989年ですから、ヴェーバーもこの論文を読むことは出来た筈です。ですが、何の言及もないというのはちょっと不可解です。

「中世合名・合資会社成立史」についての訳者としてのコメント

ヴェーバーの「中世合名・合資会社成立史」について、訳者として思ったことを、素人考えかもしれませんが、紹介してこの翻訳作業の締めくくりとしたいと思います。あくまで翻訳した結果として思った感想であり、下記の個人的意見によって翻訳の内容にバイアスが掛かっているということはありません。
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1.連帯責任原理について

ヴェーバーは合名会社のメルクマールとして成員間の「連帯責任」を真っ先に挙げるが、法律で規定されている合名会社の責任は「無限責任」であり、二つは決して同じ概念では無い。合名会社は複数の人間の間の連帯責任がメインなのではなく、全ての参加者=無限責任社員が一人一人会社の債務全体に責任を負っているのであり、相互の関係は副次的なものに過ぎない。
また、連帯責任というのは信用創造というプラス面だけでなく、大きなビジネスを行う上ではむしろ制約条件になる面もあり、実際にその後の発展を見ても、合名会社はきわめて規模の小さな商店レベルの会社か(無限責任社員が10人いる合名会社といったものは同族会社を除き聞いたことが無い→レースラーが作った日本最初の商法の草案では合名会社の社員は2人以上7人以下とされていた)、あるいは日本の財閥での持ち株会社に好都合のシステムとして使われただけであり、会社制度全体の発展の中では決して本質的なものにはなっていない。結論部に出て来るが、いわゆる悪名高い連帯保証人の制度も含め、「連帯責任」については法学的には決して好ましい制度としては扱われていない。
さらに付け加えて言えば、現在の日本では合名会社の結社性(複数の社員が必要)の要求は無くなっており、一名の無限責任社員だけの合名会社の設立も可能になっている。この場合連帯責任はそもそも存在しない。
さらには、結論部でヴェーバーが書いているように連帯責任原則はドイツ法の合手原理がベースになっている可能性が高い。何故なら、合名会社の財産は連帯責任というより複数の無限責任社員の「共有」の形態として考えた方が自然だからである。しかしこの論文ではその観点での検討はほとんど行われておらず、連帯責任についての研究が中途半端に終っている。その点が結論部では言い訳のように書かれている。

2.会社の特別財産について

会社の特別財産については、合名会社の会社財産は形式的には独立したものに見えるが、実質的には全て無限責任社員の個人の財産によって担保されているのであり、個人財産と大差無い。その場合合名会社の破産ということは、すなわち個人の破産と同等であり、そこに特別財産が成立しているというのは法的な形式に過ぎないと思われる。現在において個人事業か合名会社かという選択はほとんど税金の問題として選択されるケースが多い。この論文では会社組織への課税という観点はまったく触れられていない。

3.商号について

むしろ会社組織の発展の上では「法人」概念の成立が重要だと訳者は思うが、商号と法人概念に関する分析は限定的である。”corpus mysticum”(神秘的な体)については結論部で少し触れられているだけだが、もう少し突っ込んだ分析が欲しかった。

4.その他

・この論文は当初合名会社だけを扱っており、博士号論文(第3章のみ)を拡大して現在の形にした時に合資会社の分析も追加された。そのためか、合資会社についての分析が突っ込み不足であり、何故無限責任社員と有限責任社員の差異が形成されるのかが、capitaneus等の概念が紹介されるだけである。このために大塚久雄氏が言及しているように、ゴルトシュミットやハックマンの批判を招くことになった。
・この時点では当然のことながら、「会社制度の合理化の段階」といった「合理化」の観点はまだほとんど見られない。
・ただローマ法が持っていた汎用性、つまり新しい経済現象が出て来てもそれを取り込んで対応していく能力ということについては言及されている。
・コムメンダの考え方はイスラム教圏におけるムダーラバ契約の考え方が欧州に入って来て出来たものとする説が現在ではあるが、ヴェーバーの当時、ヴェーバーも含めて誰もこのようなイスラム圏からの影響ということを考慮していない。(コムメンダやソキエタス・マリスが最初に発達したピサもジェノヴァも十字軍の拠点であり、(十字軍が拠点を築いた)イスラム圏との貿易が広く行われていた。)
・中世の法規文献の調査については、論文執筆の開始時点ではヴェーバーはスペイン語・イタリア語の知識に乏しく、その2つの言語を学びながら文献を解読していった努力については、泥縄的とはいえ素直に頭が下がる。
・ただ文献調査に多大な時間と手間を要した割りには、得られた成果は地味で、研究の効率という意味では高くない。ある意味師であるゴルトシュミットの研究の補完として使われたという面があるのを否定出来ない。
・この論文で様々なゲマインシャフトの形態がゲゼルシャフトへと変化して行く実例が多く挙げられている。このことが後年の「理解社会学のカテゴリー」での独特のゲマインシャフト-ゲゼルシャフトの理解(ゲゼルシャフトも一種のゲマインシャフトである)につながったのではないか。実際に、この論文で挙げられている例では、ゲマインシャフトとゲゼルシャフトの境界は流動的であり、テンニースのように対立概念と捉えることはほとんど出来ない。
・この論考で中世の教会法での利子禁止がどのように経済に作用したかという検討がされており、プロ倫の中にそれが活かされている。
・ヴェーバーの研究方法が、最初の論文から決疑論であることは非常に興味深い。
・法制史的観点が中心で、経済史的観点が弱い。例えばコムメンダやソキエタス・マリスについてももっと経済史的に突っ込んだ説明、例えば中世の都市国家の社会背景の説明などが個人的には欲しかった。実際に例えばジェノヴァのジョバンニ・スクリーバの公正証書をいくつか読んで見ると、この論文だけでは得られない当時の実情が良く理解出来る。
・しかしながら、ヴェーバーの関心が法教義学よりも法制史(それも経済ともっとも関係の深い商法の歴史)、そして経済史、さらに歴史そのものという具合に変化していく兆しが最初の論文からもう現れているというのは興味深い。
・ピサのConsitutum Ususについての調査は、最初に法規集を編纂したボナイーニとヴェーバー以外には、インターネットを検索した限りの感触ではきちんと研究している人が見当たらず、そういう意味では貴重な研究と言える。
・テオドール・モムゼンはこの論文の審査にゲストとして出席し、あるローマの植民都市を表す2つの単語の差異についてヴェーバーと討論している。そして周知のようにその討論におけるヴェーバーの主張には納得していないものの、ヴェーバーのザッハリヒな研究態度と論理的な能力については高く評価し、有名な「息子よ我に代わってこの槍を持て」発言につながっている。モムゼンもまた、ある面では膨大なラテン語の碑文の解読を行うプロジェクト(ラテン語金石碑文大成)を立ち上げた、きわめて実証的な学者である。