折原浩訳の問題点(134)

ここも複数の間違いと不適切訳。
(1)「すでに古代に、ギリシア的な思考形式を採り入れ」という訳だと、キリスト教側が積極的にギリシア思想を採り入れたことになるが、Durchtränkungは「流入・浸透」なので自然に入ってきたことであり、おかしい。
(2)ここで出て来るDialektikはヘーゲルとかのそれではなく、ギリシア哲学においてレトリケーと対になるディアレクティケーなので、「弁証法」と訳すのはおかしく「弁証術」と訳すべき。
(3)「キリスト教がこの弁証論を確立したのは」→「こうした信仰が大学を産み出したのは」でdieの指すものを間違えている誤訳。
(4)「ローマ法学者」→こう書くと、古代ローマの法学者のことのようであるが、実際は中世のローマ法主義者の法学者のこと。

原文
Sie fördert kraft ihrer zunehmenden Durchtränkung mit hellenischen Denkformen schon im Altertum, dann erneut und weit stärker noch im Mittelalter Schaffung der Universitäten eigens als Stätten der Pflege der Dialektik, die sie, unter dem Eindruck der Leistungen der romanistischen Juristen für die konkurrierende Macht des Kaisertums, ins Leben rief. Glaubensreligiosität setzt jedenfalls stets einen persönlichen Gott, Mittler, Propheten voraus, zu dessen Gunsten an irgendeinem Punkt auf Selbstgerechtigkeit und eigenes Wissen verzichtet wird.

折原訳
すなわち、すでに古代に、ギリシア的な思考形式を採り入れ、次第に深くまで取り込むことによって、やがて中世には、弁証論を育成する固有の場として、大学を創設することによって、改めて、またはるかに顕著に、知性主義を促進した。もっとも、キリスト教がこの弁証論を確立したのは、対抗勢力としての皇帝権力の発展にローマ法学者が大いに貢献している、という印象のもとに、これに対抗しようとしたからである。

丸山訳
こうした信仰は、古代においての増大するギリシア的な思考形式の流入によって、更に新たにかつより強く、中世においても大学の創設を、特別な弁論術の教育の場として、奨励したが、その大学は、こうした信仰がロマニステン[ローマ法主義者]の法律家の成果が[ローマ教会と]競合している[神聖ローマ帝国の]皇帝権力へ貢献しているという印象を持ったことにより産み出されたのである。