折原浩訳の問題点(136)

まあここは折原誤訳というより、»Sprache Kanaans«(カナン語)の解釈です。
例によって折原訳は「解説要」で終わり。創文社訳は訳注無し。全集は、注釈で1903年のヴェーバーのマリアンネへの手紙を引用しているけど、それはそもそもドイツではなくオランダのアムステルダムの教会の話、その教会がルター派であるかどうかも不明、またそこに»Sprache Kanaans«が出て来るということを書いているだけで、意味の解説まったく無し。それで色々調べましたけど、この言葉は当時の「ルター派(敬虔主義者)」あるある、のジャーゴンもいい所で、よくもこんなのを学術論文に使うなと思います。
折原誤訳という意味では「教会通いをためらう」ではなく「教会から閉め出した」です。Renaissanceが(1)敬虔主義自体の復興 (2) 敬虔主義によるルター派の復興、はどちらの可能性もあります。

原文
Schon der mit der »Sprache Kanaans« seit der Renaissance des Pietismus eingerissene, winselnde Tonfall typischer lutherischer Kanzelreden in Deutschland deutet jene Gefühlsforderung an, die kraftvolle Männer so oft aus der Kirche gescheucht hat.

折原訳
ドイツにおけるルター派の典型的な説教には、敬虔主義の復興以来、「カナーンの言葉」 とともに、哀願調の語り口が根を張っているが、ここにも、そうした感情の昂揚への要求が看取され、屈強の男たちがそれゆえに教会通いをためらうこともしばしばある。

丸山訳
敬虔主義によるルター派のルネサンス以来[1]、「カナンの言葉[2]」と共に、ドイツのルター派の典型的な説教ではびこっている、お涙頂戴調は、壮健な男達を非常にしばしば教会から閉め出した、感情的な[同調]要求をほのめかすのである[3]

[1] ここは、19世紀初頭に一旦勢いの衰えていた敬虔主義が復活して以来、とも解釈可能。

[2] イザヤ書 19:18「その日には、エジプトの地にカナンの言葉を話し、万軍の主を指して誓う町が五つできる。その中の一つは『太陽の町』と呼ばれる。」から来た表現で、やたらとルター聖書の古い翻訳表現や仲間内だけの表現を多用する敬虔主義者の説教などを、自己批判的に皮肉をこめてこう呼ぶもの。参照:https://de.wikipedia.org/wiki/Sprache_Kanaans

[3] ヴェーバーはハイデルベルクの学生時代に、従兄弟の神学者オットー・バウムガルテンの説教を聞いたりしているが、果たしてここに書かれているようなことを実際にルター派の教会で経験していたかどうかは不明であり、ほぼ伝聞で書いている可能性もある。ちなみにオットーは、ヴェーバーとマリアンネの結婚式の司式を勤めるほどの仲であり(マリアンネ・ウェーバー、「マックス・ウェーバー」、みすず書房、P.152)、ルター派の内情についてはこのオットーから聞いた可能性も考えられる。