折原浩訳の問題点(105)

ここはこの訳者がいかに注意深さに欠けているかの好例です。最後の部分のirdischen は「地上の、現世の」ということで、「インドの」ではありません。ただ怪我の功名的に、文脈としては確かにインドの修行僧のことなんで、意味を歪める訳ではありませんが。要するに神と一体化するような瞑想ではなく、現世の煩悩から離脱して解脱に至ることを目差す瞑想ということ。大体、Erde → irdisch であり難しい単語ではありませんし、宗教関係では良く出て来る単語です。

原文
Je mehr er innerhalb der Welt steht, desto »gebrochener« wird im allgemeinen seine Haltung zu ihr im Gegensatz zu dem stolzen Heilsaristokratismus der außerweltlichen irdischen Kontemplation.

折原訳
神秘家が現世の内部にいればいるほど、現世にたいするかれの態度は、それだけ「砕かれた」ものとなる。この点は、インドの現世外的瞑想の誇り高い救済貴族主義とは対照的である。

丸山訳
神秘主義者が現世内部で過ごせば過ごす程、それだけいっそうその者の現世に対しての心構えは「打ち砕かれた状態」となり、それは現世外においての地上的な瞑想の誇りを持った救済貴族主義と対照を成す。