Angebliche Ansätze zur Wandlung der römischrechtlichen Grundsätze pp.152-155 日本語訳(6)

P.152-155の日本語訳です。ここは最初の難所で、ラテン語の文書が多数登場します。一応自分でまず訳そうと努力し、その後Kaelberの英訳に含まれる英訳と、インターネット上にある他の英訳(Samuel P. Scott訳、1932年)などを参照しまとめました。しかしながらヴェーバーが引用している部分だけ読んでも前後の文脈が良く分からず的確に訳せないため、Kaelberが参照している”Ancient Roman Statutes: A Translation with Introduction, Commentary” (Johnson, Allan Chester; Clyde Pharr (Gen. editor))や”The Digest of Justinian”(Alan Watson)などの注釈付きの英訳本をAbeBooksという海外古書サイトなどで注文し到着待ちです。それらを見ながら、ラテン語の日本語訳は今後適宜見直します。
ドイツ語原文はここです。
タイトルに使われている”angeblich”という単語は、英語で言えば”alleged”だと思います。つまり「誰かがそう主張しているけど事実とは確認されていない」という意味です。
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ローマ法の根本原則の変遷を示しているという条項について

一般論として、先に述べた合名会社の二つの制度についてその何らかの契機がローマ法の中の私法全般の領域において見出されるかどうかということは、否定されなければならない。

1. D. 63 §5 pro socio あるソキエタスの成員の他の成員に対しての(権利)《actio pro socio はソキエタスの一成員として他の成員に対する法的な行動{訴訟など}のこと》

まずは個々の法令において先に述べたような限界を乗り越えていくような事例があるかどうかを見出そうと試みることが可能であろう。それはつまりあるソキエタスの特定の成員に次のような権利-つまりD.63 §5《D=Digesta、ユスティニアヌス法典の中の学説彙纂がくせついさん、17.2.63.5》の pro socio-が与えられる場合である。それはあるソキエタスの成員Aが支払い不能に陥った時、別のソキエタスの成員Bが、さらに他のソキエタスの成員C、D他に対して、そのC、D他がAから全額を回収済みの場合、BはC、D他に対してAから回収出来なかったAへの請求額を請求出来るという権利である。
このような外見上はソキエタスにおける純粋にそれぞれの取り分に応じた関係の原則を逸脱しているように見える原則は、それにも関わらずactio pro socioというソキエタスの一員が他のソキエタスの成員に対して取り得る法的行動という原則からの自然な帰結であり、その帰結においては-それはソキエタスの成員間の関係を取り扱うのであるが-善意のソキエタスの成員は損失をソキエタスの他の成員と等分に分け合うことを要求するのである。

2.D.44 §1 de aedilicio edicto アエディリス《按察官:古代ローマで建築、道路、水道、市場、度量衡、穀物配分などを担当する高位官職》の布告について《D.21.1.44.1》

Roesler 3)《Hermann Roesler、 レースラーまたはロエスレル、1834-1894、ドイツの法経済学者、1878年にルター派からカトリックに改宗した結果メクレンブルク州での公職を失い、またビスマルクに対し批判的であって当局から危険人物視されたこともあって日本に渡り、いわゆるお雇い外人として伊藤博文に仕え、大日本帝国憲法と商法の草案を作る上での中心的な役割を果たした。》は、追加の条項としてD.44 §1のアエディリス(按察官)の布告に言及している:
Proponitur actio ex hoc Edicto in eum, cujus maxima pars in venditione fuit, quia plerumque venaliciarii ita societatem coëunt, ul quidquid agant, in commune videantur agere; aequum enim Aedilibus visum est, vel in unum ex his, cujus major pars, aut nulla parte minor esset, acdilicias actiones competere, ne cogatur emptor cum singulis litigare.
(この布告は奴隷の売買において、もっとも大きな売上を上げるものに対して提案されるものである。というのは通常奴隷の商人達はソキエタスを結成し、彼らの成すこと全ては共同の行為としてみなされるからである。按察官にとっては、ソキエタスの成員の中でもっとも大きな売上を上げている一人に対してでも、または他の成員に引けを取らない売上を上げている者に対してでも、この制度は好ましいものであり、購買者は多数の商人と訴訟沙汰になることを避けることが出来るであろう。)《日本語訳は、最後のcum singulisをcum multisに修正した上で解釈している。》-実際の所、この市場における争いへの裁定から発生した規定において、法律家によって奴隷商人達の仮想的な利害ゲマインシャフトにとって合理的であると根拠付けられたのであるが、法的に見て更に深く分析出来るような特別な性質は見当たらず、その根本原理をソキエタス法の中に見出すことは出来ない。ここにおける仮想的なソキエタスは、より広い範囲での訴訟についての法的な基礎としてではなく、ただ按察官の立法者としての動機からのみ説明されている。

3)商法雑誌、第4巻参照。

3.銀行家

既に按察官の布告以前に、複数の銀行家の関係は、ローマ法の解釈における実質的な変化として認めることが出来るかもしれない。それについて触れているローマ法での出典の箇所は、実際の所、書面契約(contractus litteris)の特殊性と銀行家の記帳(nomina simil facta)から生じた法の形成を裏付けるが、しかしながらそれは本来ソキエタス制度の存在を裏付けるものではない。

4.マラカ法 C.65

実際の所、ソキエタスの法原則から生じる連帯性を正当化する規定をローマの植民都市のマラカ《現在スペインのマラガ》の法は少なくとも外見上は定めているが、それは「ソキエタスの成員」という表現の意味する所についてもちろん疑いを差し挟む余地が無い訳ではない:
マラカ法 C.65(この条文は担保・抵当物件の売買を扱っている)
… ut ei qui eos praedes cognitores ea praedia mercati erunt praedes socii heredesque eorum i[i]que ad quos ea res pertinebit de is rebus agere easque res petere persequi recte possit.
(~は以下を目的として、つまり当該の担保物件、保証人、及び資産を金銭で購入した者、及び当該の担保物件、ソキエタスの仲間、相続人、に対して権利を持つ者は、正当に法的行為及び当該の資産についての訴訟を行うことが出来る。)

つまり:購買者の(属するソキエタスの他の)ソキエタスの成員は、その購買者の相続人と同様に直接訴訟に及ぶ権利を持つ。ここで考慮すべきなのは、我々は行政法の領域を参照しているのであり、役所によって締結された契約が存在しているということである。ここでのこの特別な公法での契約法の特性がどこまで影響力を持っているかということと、それによって私法の適用が停止するかのということについてははっきりしない。

ローマ法についての考察の結果としての否定的な結論

私法の領域において、後期ローマ法においてもまたバシリカ法典《ビザンチン皇帝レオ6世 (在位 886~912) による ユスティニアヌス法典の批判的な見直しとしての大法典》とその注釈書のどちらにおいても、古くからの基本原則の改変は見られないのである。ここに見てきたような特別な法文やまたは地方における俗法での法制定を後の時代の、つまり我々がこの論文で取り扱うべき、中世における大規模な交易に起因する制度への発展の起点として扱うことについては、どちらについても少なくとも根拠に乏しい。

4)D.9 (D.2.14.9pr) pr.de.pactis
Si plures sint, qui eandem actionem habent, unius loco habentur.
Ut puta plures sunt rei stipulandi vel plures argentarii, quorum nomina simul facta sunt … unum debitum est, – und
(もし何人かの債権者が同一の行動を取る時、彼らは一まとめの一人の債権者として扱われる。というのは例えば、ある契約の規定により何人かの債権者が存在するか、あるいは何人かの銀行家が同時に何らかの債権を持つようになった場合、{彼らは一人のまとめた債権者として扱われるため}債権自体は一つしか存在しない。)そして、
D.34 pr.de recept[is arbitris] (III.8): Si duo rei sunt aut credendi aut debendi et unus compromiserit … videndum est, an si alius petat, vel ab alio petatur, poena committatur.
Idem est in duobus argentariis, quorum nomina simul eunt (erunt Hal[oander]).
(もし二人の債権者または債務者が存在する場合、そのどちらか一方がその債権または債務を何らかの裁定に持ち込んだ場合、片方が訴え、他方が訴えられた場合には、罰金が課せられなければならない。二人の銀行家が同じ債権を持つ場合も同じである。)

5)Mommsen《Theodor Mommsen、1817-1903、ドイツのローマ史家、法学者。ヴェーバーのこの論文の審査に陪席し、「私がやがて墓場に急がねばならぬとき、『槍はすでにわが腕に重すぎる、われにかわりて、わが子、汝この槍を持て』と呼びかける相手は、わが敬愛するマックス・ヴェーバー以外にはない。」という賛辞を送った。》の”Stadtrechte”(都市法)の以下に引用した箇所を参照。

6)Heyrovský《Leopold Heyrovský、1852-1924、チェコのローマ法の専門家》の”Die leges contractus.”(契約法)を参照。

7)帝政ローマ期にも、似たような規定が他にも存在し、例えばVipasca鉱山管理法《Vipascaは昔の鉱山名、現在の地名はポルトガルのアルジュストレル》のZ.5《Bruns、Fontes{”Fontes iuris romani antiqui”, C.G. Bruns [Karl(Carl) Eduard Georg Bruns、1816-1880、ドイツの法律家・法学者)], Tübingen, 1909}、247ページ、https://zenodo.org/record/2484590 参照》に、”conductori socio actorive ejus und weiter passim. “(賃借人に、または彼の{属するソキエタスの他の}ソキエタスの成員に、彼の代理人に)とあり、他にも多数同様の箇所がある。共和制期については同様のものを知らない。ユリア地方法のZ.49(Bruns、Fontes、104ページ)では、関連した事例としてただ”redemptorei, quoi e lege locationis dari oportebit, heredeive eius”(契約者またはその相続人に対して、契約の内容に従って賠償が裁定されるべきである)という箇所があるのみである。

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