折原浩訳の問題点(52)

この訳者には、何が論じられているかによって適切に訳語を使い分けるということがまったく出来ていません。仏教の輪廻転生と解脱の話なのに、なんで「止揚」とか「実存」が登場するのかまったく意味不明です。実存主義の話でもヘーゲル哲学の話でもありません。悪しき「一語一訳」主義の人です。

ちなみに以下は折原センセの発言から。まあ本当にブーメランの人です。
「学会のHPに「誤訳問題コーナー」を開設し、会員から申請があって重要と認定したばあい、審査委員会を設けて審査し、その結果を公表して、関連分野における翻訳の水準維持に配慮し、高度に責任を担っていく、という方途も考えられましょう。」

原文
Der Sinn ethischen Verhaltens kann nur entweder, bei bescheidenen Ansprüchen, in der Verbesserung der Wiedergeburtschancen oder, wenn der sinnlose Kampf um das bloße Dasein beendet werden soll, in der Aufhebung der Wiedergeburt als solcher bestehen.

折原訳
倫理的な振る舞いの意味はもっぱら、要求が控えめな場合には、再生のシャンスを改善すること、あるいは[要求がその域を越える場合]、たんなる実存のための無意味な闘いを終わらせるために、再生そのものを止揚すること、このどちらかに求められるほかはない。

丸山訳
倫理的な行為の意義は、ただ次のどちらとして、つまり控えめな要望としては、転生のチャンスを改善することであり、あるいはこういった単なる存在のための無意味な戦いを終わらせ、そういった輪廻転生の輪から抜け出そうとする場合にのみ存在する。