折原浩訳の問題点(80)

あっという間に80回目。完全にトマス・アクィナス並みに「折原浩誤訳大全」になりつつあります。(笑)
今回のは最初の箇所から引っ掛かります。「ヒステリーや癲癇の素質をもった人」って、そういうメンタルな病気を持っていることを「素質」とは言いません。それにヒステリー的、てんかん的症状の、という意味で、ずばりヒステリー・てんかんとはヴェーバーは言っていません。それから「伝染して」もきわめて無神経ですね。もちろんメンタルな症状は伝染性疾患ではありませんので、単に他人の狂躁状態を引き起こすと言っているだけです。それからこの方は positive をいつも「積極的」と訳していますが、positiv / negativ は多くの場合はプラスの/マイナスの、です。
「事柄の本質から」も「事物の本性」をちゃんと理解しているんでしょうか。

それから折原訳の「法悦」は私は使うのはやめて「エクスタシー」で統一します。「法悦」は宗教的なイメージが強すぎ、ヴェーバーの論述ではそれに限定されていません。

原文
Oder man provozierte bei dazu Qualifizierten hysterische oder epileptoide Anfälle, welche die orgiastischen Zustände bei den andern hervorriefen. Diese akuten Ekstasen sind aber der Natur der Sache und auch der Absicht nach transitorisch. Sie hinterlassen für den Alltagshabitus wenig positive Spuren. Und sie entbehren des »sinnhaften« Gehalts, den die prophetische Religiosität entfaltet.

折原訳
あるいは、ヒステリーや癲癇の素質をもった人に、発作を起こさせ、これが他人にも伝染して狂騒状態をひき起こす、というやり方も用いられた。しかし、こうした急性の法悦は、事柄の本質としても、意図からしても、一時的・一過的な現象である。それは、日常的習性には、ほとんど積極的な痕跡を残さない。それはまた、預言者的宗教性が展開するような「意味のある」内容を欠いている。

丸山訳
または、ヒステリー的・てんかん的症状に陥りやすい性質をもった人の発作を誘発し、それが他の者の狂躁状態を呼び起こすのである。こういった急性のエクスタシーはしかし事物の本性[1]から考えても、そしてまた意図から考えても一過性のものである。それは日常的な魂の性向[Habitus]にはほとんどプラスの痕跡を残すことはない。さらにそれは預言者的信仰が展開するような「意味のある」内容物に欠けている。

[1] 元々ルクレティウスのDe Rerum Naturaに典型的なラテン語の表現がドイツ語になったものだが、ヴェーバーがこの言葉を使う時にはほぼ「一般原則から考えて」ぐらいの意味である。時には法律が存在しない時に「公序良俗から判断して」という意味で使われることもある。

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