折原浩訳の問題点(59)

ともかくも折原訳で信じられないのはきわめてしばしば原文の意味するところを勝手に変えて作文してしまうこと。以下の文で、In höchst verschiedenem Grade und in typisch verschiedener Qualität はそれぞれ別のことですが、折原訳では「こうなる度合いと類型的性質は、… 、きわめてまちまちである。」と勝手にまとめられてしまいます。また「最高度に異なった(höchst verschiedenem)」というニュアンスは「きわめてまちまち」では十分に伝わりません。この訳者は自分勝手なヴェーバー解釈を作ってそれを読者に押しつけようとしているという点で、最悪の訳者と言わざるを得ません。それでこんな意味不明の訳文を作って自分が「解説者」の顔をするんだからたちが悪いと言わざるを得ません。

原文
In höchst verschiedenem Grade und in typisch verschiedener Qualität ist dies bei den einzelnen Religionen und innerhalb jeder einzelnen von ihnen wieder bei ihren einzelnen Anhängern der Fall. Auch die religiöse Systematisierung der Lebensführung hat natürlich, soweit sie Einfluß auf das ökonomische Verhalten gewinnen will, feste Schranken vor sich.

折原訳
こうなる度合いと類型的性質は、個々の宗教ごとに、またそれぞれの宗教の内部でも、個々の信徒ごとに、きわめてまちまちである。生き方の宗教的な体系化も、経済的な振る舞いへの影響力を取得しようとするかぎり、当然のことながら、強固な障壁に直面する。

丸山訳
そうした生活実践の意義と目的は、個々の諸宗教毎に、そしてまた全個別宗教の内部においても、それらの諸宗教の個々の信者毎に、程度がこれ以上ないくらい異なっており、その類型としての性質も異なっている。生活実践の宗教上での体系化もまたもちろん、それが経済的な行為に対する影響を及ぼそうとする限りにおいて、その前に確固たる障壁が立ち塞がることになる。

折原浩訳の問題点(58)

またも折原訳の変なこねくり回し。”durch Schaffung einer, durch einen zentralen Sinn oder ein positives Ziel zusammengehaltenen, spezifisch religiös determinierten »Lebensführung«, “は全部まとまっている部分なのに、それをわざわざ二つに分解して、「構造的に関連づけて把持される。」などと原文から離れた訳にしています。zusammengehaltenen は単に一まとめにされた、というだけのことです。原文をより難しくかつ不正確に訳しています。
それから折原センセ、ほとんどの場合でSinnを意味と訳し、Bedeutungを意義と訳すことが多いんですが(折原センセに限らず、これまでのヴェーバー関係者も)、それは逆です。主観的に捉えられたのがSinnでBedeutungはある程度客観的な「意味」です。参考:ゴットロープ・フレーゲ「意義と意味について」(Über Sinn und Bedeutung)
Der Sinn der »Wertfreiheit« der soziologischen und ökonomischen Wissenschaften の何種類かある邦訳も全部「意味」ですが、私はこれも「意義」だと思います。これも「ローマ土地制度史」が「ローマ農業史」と誤訳されてそれが50年以上訂正されなかったのと一緒の現象ですね。

ずっとこのような訳し直し作業をやっている訳ですが、これはもう一種のハラスメントで、「オリハラ」と名付けたいと思います。(笑)人の誤訳は極めて声高に批判する癖に、自分の訳文は間違いだらけ、意味不明な日本語だらけで読む人に苦痛を与えるという意味です。(笑)

原文
Eine solche positive und diesseitige Wendung gewinnt sie am stärksten durch Schaffung einer, durch einen zentralen Sinn oder ein positives Ziel zusammengehaltenen, spezifisch religiös determinierten »Lebensführung«, dadurch also, daß, aus religiösen Motiven, eine Systematisierung des praktischen Handelns in Gestalt seiner Orientierung an einheitlichen Werten entsteht.

折原訳
救済への憧憬が、もっとも顕著に、そのように此岸に方向を転じ、積極的な作用を発揮するのは、宗教によって独自に決定される、ある「生き方」を創始することによってである。そうした「生き方」は、ひとつの中心的な意味ないし積極的な目標と、構造的に関連づけて把持される。したがって、それが創り出されると、宗教的な動機から、統一的な価値への準拠という形で、実践的な行為のある体系化が達成されるのである。

丸山訳
救済への憧れは、ある中心的な意義または明確な目標によって一つにまとめられた、特別に宗教的に規定された「生活実践」を創り出すことにより、最も確実にそのように明確な現世志向になるのであり、つまりそれによって、宗教的な諸動機から、実際の行為の体系化が、ある統合された諸価値へ志向するという形で、成立するようになるのである。