ともかくも折原訳で信じられないのはきわめてしばしば原文の意味するところを勝手に変えて作文してしまうこと。以下の文で、In höchst verschiedenem Grade und in typisch verschiedener Qualität はそれぞれ別のことですが、折原訳では「こうなる度合いと類型的性質は、… 、きわめてまちまちである。」と勝手にまとめられてしまいます。また「最高度に異なった(höchst verschiedenem)」というニュアンスは「きわめてまちまち」では十分に伝わりません。この訳者は自分勝手なヴェーバー解釈を作ってそれを読者に押しつけようとしているという点で、最悪の訳者と言わざるを得ません。それでこんな意味不明の訳文を作って自分が「解説者」の顔をするんだからたちが悪いと言わざるを得ません。
原文
In höchst verschiedenem Grade und in typisch verschiedener Qualität ist dies bei den einzelnen Religionen und innerhalb jeder einzelnen von ihnen wieder bei ihren einzelnen Anhängern der Fall. Auch die religiöse Systematisierung der Lebensführung hat natürlich, soweit sie Einfluß auf das ökonomische Verhalten gewinnen will, feste Schranken vor sich.
折原訳
こうなる度合いと類型的性質は、個々の宗教ごとに、またそれぞれの宗教の内部でも、個々の信徒ごとに、きわめてまちまちである。生き方の宗教的な体系化も、経済的な振る舞いへの影響力を取得しようとするかぎり、当然のことながら、強固な障壁に直面する。
丸山訳
そうした生活実践の意義と目的は、個々の諸宗教毎に、そしてまた全個別宗教の内部においても、それらの諸宗教の個々の信者毎に、程度がこれ以上ないくらい異なっており、その類型としての性質も異なっている。生活実践の宗教上での体系化もまたもちろん、それが経済的な行為に対する影響を及ぼそうとする限りにおいて、その前に確固たる障壁が立ち塞がることになる。