折原浩訳の問題点(84)

今日も已むことのない折原誤訳。
(1)なんで唐突に「インド亜大陸」が出て来るのか。ここは救済の手段のほとんどがインド起源であると述べた後で、「インド自身では」と言っているだけです。別にインドというのがどこを指すかなんて何も書いてありません。
(2)nie wieder は単なる強調で「再び~することはない」などと訳すと、では一度失われたのか、とおかしな意味になります。昔のウルトラマンのナレーションの「もしカラータイマーが消えてしまったら、二度と再び立ち上がる力を失ってしまうのだ」を思い出しました。(笑)

原文
Die spezifischen Mittel der soteriologischen Heilsmethodik sind in ihrer raffiniertesten Entwicklung fast alle indischer Provenienz. Sie sind dort in unbezweifelbarer Anlehnung an die Methodik magischen Geisterzwangs entfaltet worden. In Indien selbst haben diese Mittel zunehmend die Tendenz gehabt, zur Selbstvergottungsmethodik zu werden und haben dort auch diesen Charakter nie wieder ganz verloren.

折原訳
さて、宗教的救済論によって基礎づけられた救済技法に特有の手段についてみると、その洗練された発展形態は、ほとんど全てインド起源である。インドでは、そうした手段が、疑いもなく、魔術的精霊強制の技法に依拠して発展を遂げた。インド亜大陸自体においては、そうした手段が、ますます自己神化の技法となる傾向を帯び、そこではまた、こうした性格をふたたび完全に失うことはけっしてなかった。

丸山訳
宗教的救済論に基づく救済の方法論の特別な諸手段は、そのもっとも精緻な発展においては、ほとんど全てがインドに起源を持つものであった。そういった諸手段はインドにおいては、魔術的な精霊の力による強制という方法論に疑いようもなく依存する形で発展した。インドそのものにおいては、こういった諸手段は次第に次のような傾向を持つようになった。つまり、自己神化という方法論を採ることであり、インドにおいてはそういう性格が完全に失われれることは決してなかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA