折原浩訳の問題点(62)

次から次に芋掘りのように問題訳が登場します。(笑)

ここも無神経な訳語選択の例。der psychischen Qualität は救済についての文であれば「霊的な資質」であって「心理的性質」などという心理学の領域の話ではない。

また後者は、古仏教の文脈で「業」を使えば、多くのひとが「わざ」とは読まず「ごう」と誤読するでしょう。さらには「地上を越え出る」は「天上の」と訳すべきです。

原文1
Der Einfluß einer Religion auf die Lebensführung und insbesondere die Voraussetzungen der Wiedergeburt sind nun je nach dem Erlösungsweg und — was damit aufs engste zusammenhängt — der psychischen Qualität des erstrebten Heilsbesitzes sehr verschieden.

折原訳1
ところで、ある宗教が生き方におよぼす影響、とりわけ再生への前提条件におよぼす影響は、当の宗教において追求される救済への道、ならびに、これとも密接な関連にある、追求される救済所有 [救済財] の心理的性質の如何に応じて、以下のとおり、きわめてさまざまである。

丸山訳1
ある宗教の生活実践への影響と、取り分け再生の諸前提は、いまやそれぞれの救済への方法によって--そしてそれと最も緊密に関係しているものとして--得ようとしている救済の保持に関しての霊的な資質によって様々に異なっている。

原文2
I. Die Erlösung kann eigenstes, ohne alle Beihilfe überirdischer Mächte zu schaffendes Werk des Erlösten sein, wie z.B. im alten Buddhismus, Dann können die Werke, durch welche die Erlösung errungen wird,

折原訳2
Ⅰ. 救済は、一方では、たとえば古仏教においてのように、被救済者が、地上を越え出る諸力のいかなる支援もなしに、純然たる自力で創出すべき業である、という場合がある。そのさい、救済が達成される方途としての業が、

丸山訳2
I. 救済は最も個人的な、全ての天上の諸力の手助け無しに創り出すべき被救済者の行為であり、それは例えば古仏教においてのようなものである。次にそれはそれによって救済の状態に達する様々な行為そのものでも有り得、

折原浩訳の問題点(61)

ここはヴェーバーの原文が唐突な感じの記述で、職業的呪術師と英雄カリスマがどう関係するのかと悩んで考えたのですが、前の文で職業的呪術師が英雄戦士を教育するというのが出てきたのでそのことでしょう。折原訳はただ部分の訳をつないでいるだけで読んでもさっぱり意味が分かりません。
なお、ついでにErlösungとHeilはどちらも「救済」と訳されますが、前者は「何かの束縛からの解放としての救済」、後者は「心の平安、癒しとしての救済」であるという違いがあります。

原文
Die »Wiedergeburt« wird zunächst nur für den berufsmäßigen Zauberer, aus einer magischen Voraussetzung zauberischen oder heldischen Charisma, in den konsequentesten Typen der »Erlösungsreligionen«, zu einer für das religiöse Heil unentbehrlichen Gesinnungsqualität, die der Einzelne sich aneignen und in seiner Lebensführung bewähren muß.

折原訳
「再生」は当初、呪術カリスマないしは英雄カリスマの魔術的前提からして、もっぱら職業的呪術師にのみ求められたが、「救済宗教」のもっとも徹底した諸類型においては、信徒各個人が自ら獲得し、自分の生き方において確証しなければならず宗教的救済の至福 [感] に欠くことのできない心意の性質ともなっている。

丸山訳
「再生」は最初はただ職業的な呪術師において成され、それは呪術的あるいは英雄的カリスマの[カリスマを覚醒させるための]魔術的な前提条件として成されたが、もっとも首尾一貫した「救済諸宗教」の類型においては、宗教的な救済[Heil、癒しとしての救済]にとって不可欠な内面的態度の質にまでなるのであり、そういった内面的態度の質は個々の者にとって自らそれと向きあい、そしてその生活実践において確かめなければならないものである。