折原浩訳の問題点(61)

ここはヴェーバーの原文が唐突な感じの記述で、職業的呪術師と英雄カリスマがどう関係するのかと悩んで考えたのですが、前の文で職業的呪術師が英雄戦士を教育するというのが出てきたのでそのことでしょう。折原訳はただ部分の訳をつないでいるだけで読んでもさっぱり意味が分かりません。
なお、ついでにErlösungとHeilはどちらも「救済」と訳されますが、前者は「何かの束縛からの解放としての救済」、後者は「心の平安、癒しとしての救済」であるという違いがあります。

原文
Die »Wiedergeburt« wird zunächst nur für den berufsmäßigen Zauberer, aus einer magischen Voraussetzung zauberischen oder heldischen Charisma, in den konsequentesten Typen der »Erlösungsreligionen«, zu einer für das religiöse Heil unentbehrlichen Gesinnungsqualität, die der Einzelne sich aneignen und in seiner Lebensführung bewähren muß.

折原訳
「再生」は当初、呪術カリスマないしは英雄カリスマの魔術的前提からして、もっぱら職業的呪術師にのみ求められたが、「救済宗教」のもっとも徹底した諸類型においては、信徒各個人が自ら獲得し、自分の生き方において確証しなければならず宗教的救済の至福 [感] に欠くことのできない心意の性質ともなっている。

丸山訳
「再生」は最初はただ職業的な呪術師において成され、それは呪術的あるいは英雄的カリスマの[カリスマを覚醒させるための]魔術的な前提条件として成されたが、もっとも首尾一貫した「救済諸宗教」の類型においては、宗教的な救済[Heil、癒しとしての救済]にとって不可欠な内面的態度の質にまでなるのであり、そういった内面的態度の質は個々の者にとって自らそれと向きあい、そしてその生活実践において確かめなければならないものである。

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