マックス・ヴェーバーの「中世合名・合資会社成立史」のダイジェスト版をお届けします。
全体の1/17ぐらいのボリュームになっており、ダイジェスト版といってもMS Wordで17ページ分ぐらいあります。
この論考を現時点で日本で一番精読しているのは最初の日本語への翻訳者である私だと思います。そういう立場にあるものとして、ダイジェストで内容を簡単に参照出来るようにするのもある種の義務かと思ったのと翻訳の正確さの再チェックの意味もこめて作成しました。
この論考の結論部をここにアップしてから、アクセス統計を見ているとそこだけ読んでこの論考の概要を理解されようとしている方が多数いらっしゃるのを発見しました。しかしながらこの結論部は全体で論じたことをもう一度簡略にまとめる、という一般的な結論部とはちょっと異なっていて、ここだけ読んでこの論考の概要を理解するのは難しいと思います。そもそもこの論文の主題が何か新しい仮説を提示してそれを論証するという性格のものではなく、合名・合資会社の成立についての、広範囲での決疑論なので、その意味でも結論部だけ読む意味は薄いです。
以下のダイジェストを読んでいただければ、おおよその全体像はつかめると思います。それによってこれまでの日本人によるこの論考への言及者の代表である大塚久雄氏と安藤英治氏のものが、偏っていてまた多くの間違いも含んでいることが理解していただけると思います。その二人の言及についての論評は別にアップします。
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序文
伝統的な団体に関する法規定である、ローマ法のソキエタースから、中世にイタリアの諸都市で現れた貿易や手工業のための団体がどのように発展してその後合名会社として定義されるようになったのか、商慣習から始まってやがて慣習法として定着し、最終的に商法において会社として定義されるようになるその過程を探ることがこの論文の目的である。合資会社についても合名会社との対比で取上げ、その共通性と差異を論じる。
ローマ法と今日の法。研究の工程。
ソキエタースと合名会社の違いは、まずは合名会社もソキエタースの一種であることに注意。
しかし元々のソキエタースではそこで使われる資金は、構成員の持ち寄りに過ぎず、所有権については各構成員が保持したままである。共通の勘定(arca communis)というものは存在するが、それは必要な費用を各個人が立て替え払いをして後で精算する手間を省く程度の目的のためにあるに過ぎない。
これに対して合名会社では、外部からも認識出来る「合名会社自身の特別財産」というものが存在し、破産の際には差し押さえの対象になり、各構成員の合名会社への債権(出資金)に対し優先される。またある合名会社の社員がその会社の名前で契約したことは、他の全ての社員も拘束し、いわゆる連帯責任の原則が採用されている。また合名会社においては「商号」が使われており、その名前で契約することが連帯責任を発生させる源泉になっている。この「連帯責任」と「会社の特別財産」の存在こそが合名会社と元々のソキエタースの違いであり、この論文ではその発生の過程を探る。
ローマ法における合名会社的な原理の萌芽
ローマ法において、いくつか連帯責任や団体の特別財産を指し示しているかのような法規定が散見されるが、いずれも何かの特殊な場合に限定されたものであり、ローマ法においての合名会社の原理の成立は否定される。
研究の工程。経済的な見地と法的な見地の関係。
この研究は中世のイタリアにおける会社制度の発展の中で最終的に法的に規定される上でどのような標識が重視されたのかという観点でその法規定の発生の歴史を探るのが主目的である。その意味では一見経済とは無関係に思える要素も研究の対象となる。
Ⅱ. 海上取引法における諸ソキエタース
1.コムメンダと海上取引における諸要求
中世のイタリアで貿易(対スペイン、対中東圏)が発展するが、そこでは貿易で発生する危険を分割して対処するためのいくつかの特別な制度が発展していた。
西ゴート法典と海上取引
西ゴート法典において、貿易においての危険と利益の分担についての新たな法形成の萌芽が見られる。
コムメンダの経済的な基礎
そういった危険と利益の分担について最初に登場したのがコムメンダと呼ばれる制度で、資金を準備して商品を買い入れる側と、その商品を船で外国で運んで販売する代理人がパートナーとなり、代理人が利益の一定部分(1/4)を得るのが特徴で、12世紀のジェノヴァでは既に普通に行われていた。
コムメンダのソキエタース的性格
コムメンダも資金提供と労働の分担、利益分割などの点でソキエタースの一種として登場し、実際にソキエタースとして法的に扱われていた。
コムメンダの参加者の経済的位置付け
コムメンダにおいては、やがて被委任者が自分自身の商品を航海に持ち込んだり、複数の出資者の委任を引き受ける形に発展したが、そこにはまだ複数の出資者同士がソキエタースを形成するようなことは見られなかった。
2.ソキエタース・マリース[海のソキエタース]
コムメンダは一方的な出資-委託関係であるが、参加者の双方、つまり委託される側も出資するソキエタース・マリースという制度が続けて登場している。そこでは被委託者の地位が向上し、共同事業者になっている。
ソキエタース・マリースの法的性格
ソキエタース・マリースのコムメンダとの一番大きな違いは、コムメンダでは貿易のリスクは出資者のみが負っていたが、ソキエタース・マリースでは被委託者も出資し危険を分担しているということである。もし貿易で事故があった場合には、その損失は出資者の双方がつまりソキエタース全体が負担する。貿易で得られた利益もまずはソキエタース自身の資本勘定となる。
経済的な意味
ソキエタース・マリースにおいて、被委託者(トラクタートル)が複数の委託者(ソキウス・スタンス)を受け入れるようになると、そのトラクタートル自身が企業家となり、反面委託者は単なる出資者になり相対的に事業における地位が低下する。しかし、法的な位置付けではコムメンダもソキエタース・マリースもまだ同じように扱われていた。
3.コムメンダ関係の地理的領域
コムメンダとソキエタース・マリースの地中海沿岸地域での発展状況の確認。
・スペイン、シチリア島、サルディーニャ島、トラーニ、アンコーナ、アマルフィ→これらの地域では萌芽的なものに留まっていた。
・ピサ→第4章で扱う。(Consitutum Ususという11世紀の慣習法集成の中に2つの制度が登場している。)
・ヴェネツィア→10世紀に既にコムメンダもソキエタース・マリースも存在していた。
・ジェノヴァ→ジェノヴァではこの2つの制度が広く普及し、それに対する国家の法書式も確立しており、それが他の都市でもそのまま使われた。その内容は細かな点で曖昧さを含んでいたが、しかし16世紀の末までほとんど変更されることなく使い続けられた。
4. 海上取引に関係するソキエタースの財産法上の扱い
コムメンダとソキエタース・マリースという制度が合名会社という新しい法的制度についてどういう意味を持っていたかを探求する。
ソキエタースの基金
コムメンダやソキエタース・マリースでは、ソキエタースの財産というものが成立しているように見えるが、それはまだあくまで内部においてのものであり、外部から見てその存在が判別出来るようなものにはなっていなかった。
特別財産形成への萌芽
これらの制度の中では、出資側のソキウス・スタンスがソキエタースの資金で購入されたものに対する別除権(差し押さえの対象から外してもらう権利)が設定されており、トラクタートルの個人的負債に対する差し押さえから保護されていた。ここにおいて、トラクタートル個人への債権と、ソキエタースの財産への債権が分離される萌芽が見出される。
ソキエタースの債務
トラクタートルがソキエタースの業務によって契約した債務はトラクタートル個人の債権に留まっていて、まだソキエタース自身の債務にはなっていない。
成果
コムメンダやソキエタース・マリースにおける特別財産の形成はまだ萌芽的であり、また連帯責任についてはまだまったく見られない。
5.陸上コムメンダと合資会社
陸上コムメンダ
海上取引で始まったコムメンダを陸上での取引きにも転用した陸上のコムメンダが存在する。しかし法的な書式などは海上のものをそのまま転用したものである。ピアチェンツァは自身がジェノヴァの後背地にあたるという取引関係から、コムメンダの制度をジェノヴァとの取引きにおいて採用した。
合資会社の始まり。ピアチェンツァ。
ピアチェンツァにおいて、一人のトラクタートルに対して複数のソキウス・スタンスが存在する場合において、そのソキウス・スタンス達が同盟関係を結んで、むしろトラクタートル自身もその中から任命するようなことが行われており、ここに合資会社の萌芽を見ることが出来る。すなわち複数のソキウス・スタンスが有限責任社員であり、トラクタートルが無限責任社員であるような関係である。
陸上コムメンダの意味
陸上のソキエタースに関する法規定はピアチェンツァではなくジェノヴァの法で規定されている。しかしそれは海上取引に関するソキエタースに比べてまったく副次的なものだった。
結論としてこの章で見て来た制度の中には連帯責任の発生も会社の特別財産の生成も確認出来ない。
III. 家族ゲマインシャフトと労働ゲマインシャフト
共通の家族経済
共通の家族経済というものは通常何世代も続き、共通の業務を通じてゲマインシャフトの財産も蓄積してきていた。
家族経済の財産法上の帰結。夫婦財産共有制[財産ゲマインシャフト]
こうした家族経済の財産法上の扱いは、ゲルマン法では財産ゲマインシャフトとして扱われており、ローマ法との違いは家父長の権限が限定されており、各家族成員がそれぞれ権利を持っているという点である。またゲルマン法で特徴的なことは、支出が共通の勘定にて行われることだけではなく、収入もすべて共通の勘定に入るということである。家族は消費ゲマインシャフトというより、むしろ生産ゲマインシャフトであり、イタリアにおいての様々なゲゼルシャフト形成の基礎になった。
諸ゲマインシャフト関係の法的基礎。家計ゲマインシャフト。
家ゲマインシャフトは家族だけを成員とするのではなく、使用人なども包含しており、共通の労働で結び付けられた家計ゲマインシャフトとなっている。共通の労働は共通の家(作業場)とも結び付いている。
財産法的発展の行程。成員の分け前への権利。
家ゲマインシャフトでの財産共有は次第に制限が加えられるようになり、特に南イタリアのシチリア島では成員のそれぞれの分け前という考え方が普及した。しかし他のイタリアの諸地域ではそういう傾向は見られず、むしろ個々の割り当てを超える無制限の処分権が大規模な商業において有効に利用されていた。
家族以外での諸家計ゲマインシャフト
前項での無制限の処分権を成員が持つゲマインシャフトは家族だけのゲマインシャフトに限定されていなかった。特に手工業において家族以外の職人仲間なども含めた家族ゲマインシャフトと同等のものが形成された。
手工業のソキエタース
手工業で生産された製品についての販売業務の必要性が高まることが、ゲゼルシャフト形成の源流になった。しかしそこでは資金をまとめて共通基金とすることや、コムメンダ的なゲゼルシャフト形成はまだ見られなかった。職人達は同じ住居に起居して仕事を共にすることで家計ゲマインシャフトを形成した。この家計的な要素が手工業のソキエタースの一つの特徴となっている。
これらのゲマインシャフトの共通の土台
外部から経営ゲゼルシャフトとして扱われるには、簿記と外部からひとかたまりのものとして認識されるということが必要であったが、このことは家族によるゲマインシャフトと経営ゲゼルシャフトで同じであった。その意味で家族ゲマインシャフトは経営ゲゼルシャフトの発展の基礎となっている。
共通の特質
家計ゲマインシャフト、労働ゲマインシャフトの二つの特質について。
1.男性 socii[ソキエタースの成員{複数}]への制限
この種のゲマインシャフトでは男性の成人が共通の財産を取り扱う主体として考えられており、またその結果の責任も負うことになっていた。
2. 不動産の除外
この種のゲマインシャフトにとって共通の家は活動の拠点であるが、共通の財産には含まれていなかった。
財産関係における変化
財産ゲマインシャフトが全体をカバーするものではなくなり、個々の成員がそれぞれの勘定を持つに至った場合、それぞれの勘定の独立性を認めそれ自体をその成員が自由に処分するのを認める可能性が出て来た。またそういう風に各成員が全体の中で自分の割り当て分を持つ一方で、自分の資金から新たにソキエタースに投資を行うという二重の関係を持つ場合が出て来た。元々は家ゲマインシャフトとして法律での規定の元自然に成立していたものを新たな契約によりソキエタース関係として定義し直すということも出て来た。
第三者に対する法的関係。血縁を基礎とする責任関係。
連帯責任を元々持っていたのは氏族関係においてであるが、特に殺人の場合に私的復讐の義務が生じていた。この復讐の義務は後に賠償金のように金銭的債権のような形に置き換わって財産権的な性格を持つようになった。しかしながら氏族関係は信用取引の世界ではまったく何の役目も演じることはなかった。
家計ゲマインシャフトを基礎とする責任関係
ある成員の違法行為について家計ゲマインシャフトにおいて他の成員が責任を負うという法規定は様々な法規に見られる。しかしながら単なる債務について違法行為から生じる連帯責任を準用するというやり方は後退して行き、結局行われなくなった。
ゲマインシャフトにおける責任についての二重の意味
ゲマインシャフトの責任(債務)には次の2種類がある。
1) ある成員が契約した結果としてのゲマインシャフトの共通財産に対する債務
2) 成員のそれぞれが個人として他の成員と連帯して負う債務
1.共有財産についての責任
ある成員が契約した債務の不履行で、強制執行が家の全体に及ぶということが法の発展の中で可能になっていた。他の成員が個人で出来るのは調停を申し出て差し押さえられた全体の中から一部を免除してもらうということぐらいであった。
2.成員の個人責任
1.の場合においては強制執行が家全体に及んだが、しかし成員の全てが連帯保証を負わされるという形ではまだなかった。ゾームは合手概念を基礎とする債務ゲマインシャフトというものを提示するが、連帯責任というのはそういう債務ゲマインシャフトよりも更に上位のものである。連帯責任については成員によって「管理された」財産のみに適用出来るという考え方は、後の合名会社形成への萌芽となっている。
家の成員の責任の源泉と発展
業務ゲマインシャフトは家ゲマインシャフトから発生したものではなく、それを置き換えたものである。例えば氏族関係は、やがて近隣関係を基礎とするゲマインデに置き換えられた。新しい、業務を主体とする暮らしの中に共通の家計と業務ゲマインシャフトというものが発生している。元々の家ゲマインシャフトには無制限の相互責任が存在したが、法はそれを制限する方向に進化した。ある成員の債務についてゲマインシャフトが無制限に責任を持つことが制限されることと、信用取引でより大きな信用を必要とするということは矛盾しそれを法的に解決する必要があった。
諸法規における家族ゲマインシャフトと労働ゲマインシャフト。序説。
上記の問題点をどう解決するかという視点を持つことでようやく文献調査に入ることが出来る。
その場合また考慮しなければいけないのは、ローマ法の(再)伝播であり、それは非常に強い影響力を持ったものとして扱うべきである。
スペイン
スペインの法規では連帯責任が広く認められていたが、ローマ法の流入によりそれがほぼ完全に消え去った。
ヴェネツィア
ヴェネツィアにおいては、男性の兄弟同士で結成されるfraterna compagniaという相続ゲマインシャフトが存在し、そこでは父親から相続した財産の共有と連帯責任が行われていた。しかしそれには制限が加えられて行った。しかし、ヴェネツィアの法規は独自の道を行き、一般法の形成に大きな影響を及ぼすことは無かった。
その他のイタリアの地方諸都市における法規
家計ゲマインシャフトでも手工業者のソキエタースでも、成員相互が連帯責任を負うという条項はイタリア各地の法規に見出すことが出来る。
非独立の仲間の責任
上述の連帯責任は家ゲマインシャフトにて家族だけでなく、そこで働く使用人や従僕も拘束するものであった。独立前の家住みの息子もそれらの家族以外のメンバーと同等に扱われていた。
家族ゲマインシャフトにおける財産分与義務
家住みの息子は、例え別居していても共通の家計に関与する限りにおいては家ゲマインシャフトの一員として扱われていた。しかしながら家住みの息子は父親に対して独立を要求することが出来、その場合は父親は例え自分がまだ生きている間であっても息子に正当と考えられる財産を分与しなければならなかった。息子はその場合独立して新たな家ゲマインシャフトを形成する。家住みの息子の債務が連帯責任となるのはあくまで独立前の債務についてのみであった。
個人債務とゲマインシャフトの債務
個人の債務とソキエタースの全体責任の線引きについては、この家住み息子の独立の例にも見られるように、あくまでその成員の割り当てられている資本の分のみが個人債務の担保となっていた。しかし他方では商取引において無限責任の考え方も同時に存在しており、この二つの線引きをどこでするかが問題になる。
家族以外での連帯責任。共通の stacio[工房、店]。
共通の工房や店という意味でのbottega、taberna、stacioというものが経営ゲマインシャフトの中核となっていたが、ビジネスの規模が拡大するにつれ、その意味は具体的な店舗や作業場をもはや意味せず「業務」という意味になっていった。
個人債務と業務上債務
連帯責任については「共通の業務に関係する債務」のみに適用されるというのが法規では一般的であった。しかしそこに、ソキエタースの成員でソキエタースの事業に投資したものの債権や、ソキエタース外でソキエタースの成員の一人の個人に対して債権を持つ者とソキエタースの業務上の債務の関係が問題になった。
ゲゼルシャフトにおける特別財産
諸法規の中に、「ゲゼルシャフトの業務」の結果としての財産形成や債務を負うという内容の「ゲゼルシャフトの特別財産」形成についての契機を見出すことが出来る。
経営ゲゼルシャフトと商事会社
手工業ゲマインシャフトから始まった連帯責任原理の採用が、商業においてもっとも意義を発揮することになった。
合名会社とソキエタース契約の目印。商号。
ある業務がソキエタースのために行われたかどうかの目印は、以前は共通の仕事場(bottega、taberna等)で行われたということがそれであったが、商業分野での業務が拡大するにつれ、共通の仕事場の代わりに、連帯責任を持つ持つ成員の名前全員を含んでいる商号が使われるようになった。また商号を登記することも行われるようになっていた。最終的には商号はそれ自体が公的に認知されたものになり、その際には全員の名前を含んでいることはもはや必要無くなっていた。
ゲゼルシャフトの契約についての文献史料
ソキエタース・マリースにおいては、ソキウス・スタンスがトラクタートルに全権を委任していることの裏付けとして連帯責任が使われた。
いまや連帯責任は法規上でも規定されるようになったが、それはそれまでに既に存在していた商慣習を認めたということであり、むしろ法規は連帯責任に対して制限を加える傾向にあった。
Ⅳ. ピサ。Constitutum Ususにおけるソキエタース法。
Constitutum Usus
ピサの慣習法の集成であるConsitutum Ususを分析する。そこにソキエタース関連の規定が多く見られるし、また歴史的にも古く、さらにローマ法の影響を受けており、さらには法的決疑論として十分に検討された結果としての慣習法が多く見られるからである。
Constitutum Usus の領域
Consitutum Ususは種々雑多な領域を取り入れた慣習法集成であり、そこに商取引において確立した様々な商慣習を確認することが出来る。
Consitutum Usus の条文の性質
Consitutum Ususの中に連帯責任についての規定は存在しない。しかしながらそれは連帯責任の原理がピサでの商取引で採用されていなかったということを意味しない。
ソキエタース法的内容
1.ソキエタース・マリース
Consitutum Ususの中でソキエタース・マリースは詳細に論じられている。そこにおいて、ソキウス・スタンスとトラクタートルのどちらが事業の主体となるかについて、Capitaneus(キャプテン)という概念が使われていた。
法的な区別。Kapitanie[キャプテン]の意味。
トラクタートルとソキウス・スタンスについて、どちらかがCapitaneusである両方の場合が存在していた。トラクタートルがCapitaneusである場合でも、トラクタートルへの監視や損害賠償請求など、ソキウス・スタンス側が元々企業家であったという意識は失われていなかった。
ソキエタース・マリースの財産法
Consitutum Ususでは、ソキエタースの共通財産についてhenticaという出資金の合計を特別なものと見なしていた。
特別財産
ソキエタースが破産した場合の成員同士の優先権と成員と外部の債権者の優先権についての規定がConsitutum Ususに存在する。
1.個人への債権者との関係
ソキエタースの中のある個人への債権者で、その債権がその個人がソキエタースの出資をする前だった場合には、その債権者はソキエタースの財産への差し押さえを行うことが出来ない。
2.ソキエタースの成員達のゲゼルシャフトの基金への位置付け
同一のソキエタースへの出資を行ったソキエタースの成員達の間で、またはソキエタース・マリースの成員達の間で、仮にその中のある成員が他の成員よりも優先権を持ち、またソキエタースの財産を担保として使っていたとしても、その、先に言及された財産(つまりはソキエタースの財産)は成員の全員が受け取る権利を持ち、共有のものと認められ、出資比率に応じて均等に分けられる。
3. ゲゼルシャフトへの債権者への位置付け
Consitutum Ususにおいてはcreditores henticeという言葉が使われており、その名前の通りソキエタースに出資された資金の合計(hentice)に対する債権者というものが成立しており、破産の際にはソキエタースの個々の成員の出資分に対しても、ソキエタースの個人への債権者に対しても優先権を持っている。
4.ゲゼルシャフトの財産の範囲
henticaが成立するのは、ソキエタースの成員によって持ち込まれた商品の価格が決定し、かつそれらが一まとめにされる時である。
ここまでの成果。合資会社。
ここでConsitutum Ususに規定されているのは合資会社の原理であり、すなわちトラクタートルは「個人として」無限責任を負い、ソキウス・スタンスは出資者に留まりその責任は出資分に限定される。
II. 特別財産の無いソキエタース(Dare ad portandum in compagniam)
その他Consitutum Ususには、Dare ad portandum in compagniamというものがあり、それは単にソキエタースへの出資のみを行い、有限責任社員のように経営内容には関与しない、匿名組合におけるような関係のことを言う。この場合henticaは形成されない。ジルバーシュミットのコムメンダ→合資会社、ソキエタース・マリース→合名会社の説は正しくなく、むしろソキエタース・マリースは合資会社の基礎原理である。
III. 固定配当金を持ったソキエタース(Dare ad proficuum maris)
その他、貿易の仕向地までの危険性の度合いによって手数料が変る形の貿易向けの貸し付けである、Dare ad proficuum marisという形態もあった。この形態は後に教会法で禁じられていた利子付き貸し付けと見なされ消えていった。
ソキエタース法に対する利子禁止原理の意義
コムメンダやソキエタース・マリースを、教会法によって禁止されていた利子付き貸し付けの代替物として見なす立場の意見があるが、コムメンダやソキエタース・マリースが発達した主要因は明らかにそれではない。
IV. ソキエタース・マリースと家族ゲマインシャフト
Consitutum Ususの中では、家族関係の中においてソキエタース契約が行われた例があった。
ソキエタース・マリースが家族連合[associationen]から生じたという仮説
ジルバーシュミットがピサの各種ソキエタースが家族法を起源にしているという説を唱えている。しかし家族内でのソキエタース契約はむしろ家族外とのソキエタースの契約内容が修正されて用いられたのであり、その仮説は正しくない。
家族ゲマインシャフトの特性
ピサにおいては、societas inter patrem et filium factaという父親と(独立前の)息子によって作られたソキエタースも存在したが、基本的に家族の成員に対して一定の分け前を与えるのが目的で行われていた。
ピサにおける継承された遺産ゲマインシャフト
家族の中でのソキエタース契約の例としては他にもsocietas inter fratres factaという兄弟間で結ばれるものがあった。その目的は相続した財産の共有である。その結成にあたっても解散にあたっても同意が必要であったが、その同意を代替するものとしてVita communis(共生)という考え方があった。
Vita communis[共生]
1.前提条件
Vita communisの特徴は3つである。
1)一緒に一つの家に暮していること。
2)契約によって共通の勘定を設定している。
3)共通の労働が要求される。
2. その影響
Vita communisの影響としては、次の3つになる。
1)共通の財産の影響は個人の消費支出にまで及ぶ。
2)すべての個々の成員は共通の財産を使って何かの事業を行うことが出来る権利が与えられた。
3)個人レベルの支出は共通の財産から行われたが、もしその金額が多額だった場合には他の成員が異議申し立てをする場合があった。
Societas omnium bonorum [全ての財産が現在及び将来において成員間に共有されるソキエタース]
Consitutum Ususで、家計ゲマインシャフトで非親族と構成されるものについては、societas omnium bonorum[全ての財産を共有するソキエタース]と societas lucri [共同事業で得られた利益のみを共有するソキエタース]についての注釈で触れられているだけである。おそらくそこではVita communisの家族とのゲマインシャフトの原則が準用されたと思われる。
ピサにおける連帯責任原理
Consitutum Ususの中に連帯責任に関する規定は存在しないが、それはおそらくピサで連帯責任原則が存在していなかったことを意味しない。ピサではジェノヴァ同様貿易が主体であったのでコムメンダが主流であり、そこでは連帯責任の必要性が無かった。
V. Compagina de terra [陸上のコンパーニャ]
ジェノヴァやヴェネツィアと同じく、海上取引のための各種ソキエタースがピサでも陸上での取引きに転用されていた。ここにおいてもソキエタース・マリースでトラクタートルが単なるソキウス・スタンスの手足である場合と、独立の企業家である場合の両方がある。トラクタートルが手足である場合は多くはソキエタースがbottegaと結び付けられており、トラクタートルはある意味手工業における雇われた職人の延長にあった。
合名会社と合資会社の原理上の違い
合資会社の出発点では、その結合は社会的に平等ではない者同士の連合であった。これに対して合名会社で連帯責任が発達するのは対等な関係ということによっていた。ピサにおける諸ソキエタースからはともかく連帯責任原則は発達しなかった。
ソキエタースに関する諸文献
ピサでの手工業におけるcompagina de terraの実例。
成果
ピサにおいては合資会社的な関係がはっきり存在していた。このことは合資会社と合名会社の起源がまったく異なっていたことを示している。
V. フィレンツェ
フィレンツェにおける産業上の財産
フィレンツェは、内陸の都市として、また商業による資本の集積ではなく、毛織物産業を中心とした産業が資本の集積をもたらし、また同業者組合(ツンフト、ギルド)が発達したのも特長で、そこからペルッツィ家やアルベルティ家のような財閥家が出て来て、教皇庁や王室にまで資金を貸付けるような巨大な存在になっていた。ここでの主要なソキエタースは家ゲマインシャフト、労働ゲマインシャフトであった。
I. 法規における文献素材。発展段階。
大資本が家ゲマインシャフトをベースにすることで何世代も事業を継続出来たことが文献調査からも裏付けられる。
ゲゼルシャフトの連帯責任についての血縁関係の意味
ここでは古い時代の氏族の間の連帯責任の発展として家ゲマインシャフトにおける連帯責任が発生している。
フィレンツェの家ゲマインシャフトは、成員の死によって事業が停止してしまうというリスクを避けることを可能にしていた。そして家ゲマインシャフトということで、それは使用人等家族以外も含んではいたが、成員間の信頼関係を作り出していた。
家族とソキエタースの類似性について
1.仲裁裁判
家族間でのもめ事は、裁判ではなく家の中の権威者による仲裁で解決されていた。
2.責任と相続財産分与義務
フィレンツェでは都市の法規も、同業者組合(アルテ・ディ・カリマラ)の法規も、連帯責任について規定していた。強制執行に関する規定が出て来るがそれは、ソキエタースの成員個人に対してのもので、その持分を限度としての強制執行である。
3. ソキエタースの成員の個人的関係
家ゲマインシャフトの効力は成員の住む所、結婚、別の職業選択の否定など、成員の生活全体に及んだ。
4. 家住み息子と使用人頭
fattore(使用人頭)と discepolo(徒弟)は、家住み息子と同等に扱われ、ゲマインシャフトの債務については連帯責任を負っていた。しかし法規は後には代表者のみの責任としてこれらの者の責任を免除した。
家族ゲマインシャフトのソキエタース的性格とソキエタースの家族的性格
後に巨大な産業上の連合になるようなゲゼルシャフトは、その出発点で家族的な要素と共通の家計をその中に取り込んでいた。
ソキエタースの財産法
ソキエタースの債務と個人的債務
ソキエタースの連帯責任については、すべての債務についてそれが適用されるのではなく、ソキエタースの債務のみに限定されるようになっていったが、そのためには何がソキエタースの債務となるのかという見分けるための目印が必要とされた。
ソキエタースの債務を判断する目印
1.会計簿への記帳
その目印としてまず登場したのはソキエタースの会計簿へのその債務の記帳であった。しかしそれだけでは十分ではなく、どの債務が記帳されるべきなのかという更に別の目印が必要であった。
2.ソキエタースの名前での契約
その目印として使われたのが、ソキエタースの名前=商号であった。初期の商号は責任を持つ者の名前を全て含んでいた。(合名会社の「合名」の意味)ソキエタースの名前=商号によって契約されたものが、ソキエタースの業務として連帯責任を負うべきものとなった。
ソキエタースの財産に対する差し押さえからの個人への債務者の除斥
ソキエタースの財産がある契約について責任を負う一方で、ソキエタースの成員個人の債権についてはソキエタースの財産は関知しない。ソキエタースが破産した場合は、各成員の財産はソキエタースに関連付けられ優先的に差し押さえられる。
II. 諸文献:アルベルティ家とペルッツイ家における商業簿記
大規模なソキエタースの実例としてアルベルティ家とペルッツイ家に関する文献を確認し、そこに今まで見てきた発展の過程を再確認する。
家計ゲマインシャフト
まずは、この両家において、共通の家計に基づく、共用品についての支出がソキエタースの共通金庫から支払われている例を確認出来る。また共同で行う宴会の費用などがまず共通金庫から支払われ後に各成員の勘定に振り替えられている事例が確認出来る。
ゲマインシャフトの土台としてのソキエタース契約
これらのフィレンツェの大規模ファミリーにおいては、家ゲマインシャフトを基礎にしながらも、そこでは一定年数毎に書面による契約が締結されていた。
資本金と各ソキエタース成員の出資
これらのファミリーにおいては、各成員の出資金を合計した資本金=il corpo della compagnia [コンパーニアの実体]が存在しており、利益が繰り入れられ損失が控除されるが、2年に1回の決算までは増額も減額も出来なかった。
各ソキエタース成員のゲマインシャフトの外部での特別財産。
1.不動産
不動産については、相変わらずソキエタースの財産の外部にあるものとされており、分割や増額・減額の対象外であった。
2.個人の動産
ソキエタースの成員は、本来のソキエタースの出資金以外でのソキエタースへの投資として、短期的な貸し付けを行うことが行われていたが、その貸し付けはいつでも引き出せる預金のような性格のものであり、ソキエタースの資本金の外部にあるものとして扱われた。
1336 年のアルベルティ家の相続協定
ここでは、アルベルティ家のある父親が亡くなった後の、死後17年目にようやく行われた相続財産分割の協定の内容が示される。この例で本来の資本金への出資と、一種のコムメンダ的な預け入れ金がはっきり区別されていることが確認出来る。また、父親が出資していた分について3兄弟で分割して相続している。各成員が所持する財産は次の4種類であった。
1.不動産であって、ソキエタースとは無関係に存在するもの。
2.動産であって、ソキエタースとは無関係のもの。
3.動産であって、ソキエタースにおいて資本金以外の扱いで投資されているもの。
4.コンパーニアの資本金の中での各自の出資金としての財産。
成果
ここに出て来たcorpo della compagniaという資本金こそが、ゲゼルシャフトの特別財産である。
この財産は内部に対しても外部に対してもゲゼルシャフトの財産として認められるものであった。
VI. 法的文献。結論。
法的文献とそのソキエタースへの関係
ここまでで合名会社を特徴付ける、会社の特別財産、連帯責任、商号の発展を明らかにした。
また合資会社をその始まりからある程度まで発展した形までの経緯を明らかにしてきた。
1.合資関係
合資会社は対等ではない成員間のソキエタースであり、ローマ法的には説明が困難だった。また、教会法による高利禁止に該当するかしないかという問題も厄介だった。
2.合名会社
a) 特別財産
合名会社の特別財産については、法規の中ではっきりと扱われているものは見出せない。それはソキエタースの破産の際の債権回収の優先権という形でようやく確認出来る。その後、ソキエタースが “corpus mysticum”(神秘的な体)という言葉で一種の擬人として扱われるようになり、ソキエタースの特別財産はその擬人の財産として理解されるようになり、成員個人の財産から分離された。それが最終的には法人概念の発生につながっている。
b)連帯責任。委任の仮定と代表者[Institorat]の仮定。
連帯責任の法的な説明としては、ソキエタースの成員が代表者を選んでその者に全権を委任したのだ、という現実には存在しない仮構が用いられた。
連帯責任の実質的な根本原理との関係
連帯責任は法的に規定された結果普及したのではなく、商慣習が先行し、法学的な理論付けは後から行われた。
その際に家計ゲマインシャフトでの連帯責任成立の条件としては、単に一緒に住んでいるだけでは不十分で、共同の労働、共同の経営ということが必要とされた。契約書においての「共通の名前で」という記載がそれについての標識とされた。
国際的な発展に対しての法学研究の成果
ソキエタース会社
しかしそうした連帯責任の法的定義はローマ法的な立場からは決して好ましいものではなく、法律はそれを出来るだけ制限しようとしていた。そのために、その契約がソキエタースの名前で行われたかどうかは厳密な形で要求され、それをより明確にするために、参加するソキエタースの成員の名前を全て含んでいる商号が契約に使われるようになった。この点は法学の貢献である。
ジェノヴァ控訴院判例集とジェノヴァの 1588/9 年法
発展の結着
最終的に法律として合名会社や合資会社の定義が確立するのは16世紀のジェノヴァ控訴院判例集とジェノバの1588/9年法においてであった。この二つの会社形態で、ゲゼルシャフトの特別財産が確立していることが確認出来る。
結論。得られた成果の法教義学的利用の可能性。
合名会社における連帯責任概念の成立については、ドイツ法の「合手制」の概念が影響している可能性が高い。しかしながらこの論考ではドイツ法の領域において合名会社に相当するものが平行して発達したかどうかという確認は行っていないので、それに対してはっきりした見解を述べることは出来ない。ただザクセンシュピーゲルに同種の制度が存在していることは確認出来る。
この論文の成果として、合名会社と合資会社に共通する要素としての会社の特別財産の成立の過程を明らかにしたことが挙げられる。その二つの違いとしては合名会社はその特別財産が財産権的な人格を持つに至ったが、合資会社についてはそういった全体としての人格性は無く、有限責任社員の関与は単に参加という次元に留まっている。