5. Die Landkommenda und die Kommanditen. P.185 – P.189 日本語訳(14)

日本語訳の第14回目です。ここにおいて、初めて合資会社が登場します。ただヴェーバーも書いている通り、非常に曖昧な形の結びつきであり、果たしてこれが本当に合資会社の最初の契機だと言い切っていいのかどうかは、まだこれから先の記述を読みながら考える必要がありそうです。
元のドイツ語はここです。
これで全体の約26%になります。
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 ”Statuta Antiqua Mercatorum Placentiae”(ピアチェンツァの古い商法)のc. 76は、多数の者から「共通のもの」とされた「債権」において、債務者から支払われたもの全ては分割されなければならず、そしてまた外部の債務者がソキエタスの中の一人の債権者に対して支払ったものであっても同様に全員で分割されなければならないと定めている。さらにc. 144はあるソキエタスの成員の誰かが、(別の)外部のソキエタスの成員から手紙を受け取った場合は、その{ソキエタスの}中で何でも外部との情報のやり取り及び(または)取引に関することは開示される(”in qua aliquid de cambio et《vel》 negociatione legatur”)ということで、その者は遅滞なくその手紙を他のソキエタスの成員に開示しなければならなかった 44)。そのソキエタスの中の誰かが私的にうまく市況を利用して儲けた場合には、その者はソキエタスの他の成員に利益を分け与えなければならなかった。c. 76に関連して更に次のような規定も存在する:ある債権者団体の一人が他の成員に、自分は債権の回収のために-それは成員の共通の利害に関わることであるが-旅に出るつもりだとこっそりと告げる場合、そして(それを聞いた)その成員がその旅の費用分担を支払いたくない場合、その旅する者は自分の債権の分だけの金額を回収するのである。もしその者が、ある他のソキエタスの成員との取り決めによって(”parabola sociorum”)いくらかの額を回収し、そしてその一部をその者の責任外の理由で失った場合、全ての損害はソキエタスの負担とされる(”totum damnum de societate sit”)。最後に、c. 145によればあるソキエタスの成員がある業務上の旅において、他の成員の知らない所で自分自身の商品や資金を(”de suo”)一緒に持っていった場合、そこから生じた利益も損失も、あたかもそれがソキエタスの財であるかのように、成員間で分けられなければならなかった。

44) ここでの関係が示すように、ただソキエタスの成員同士の関係について規定しているのであり、ラスティヒが想定しているように、外部の都市などの取引所の相場表を提出することを義務付けたり、利己的な投機を禁止しようとしているのではない。

 ここにおける事実からは次のことが想定される。つまり、あるソキエタスが存在しそれがピアチェンツァを継続して定住の場所とし、-c. 144、145、77の引用によれば-、そしてそのソキエタスにおいて一人または多数のソキエタスの成員が継続的に業務上の旅を行い、そして他の成員は資本を分担しピアチェンツァに定住している、ということである。第582、53、509章ではまさしく、家族仲間(Genossen)に適用されるのと同じ種類(species)のソキエタスについて規定しているように見える 45)。この部分については次のようなはっきりした印象を受ける。つまり、ここにおいてはある関係について述べているのであり、その関係においては単純なソキエタス・マリスにおいてはソキウス・スタンスに帰属させていた役割を、多数の成員による組合(Konsortium)がその地位を獲得しているということである。その多数の成員の中からトラクタトールが出て来て、その者はその組合に対してソキエタス・マリスの場合においてもまさにそうであったように、指導的な地位を占めるのである。複数のソキウス・スタンス達によって形成されたゲマインシャフトはここでは「企業家」、即ち使い古された言い方での業務の「支配人(Chef)」であるように見える。その形態の中で既にその基礎を見出せるのは、複数のソキウス・スタンス達は継続してソキエタスがそこで作られた土地に定住し、その時々に決められる者としてのトラクタトールは反対に旅の中に身を置くということである。この種のソキエタスによって企てられた業務が、トラクタトールの関わる現場において経営体(Betrieb)として成立した場合には、次のことが可能となっていなければならなかった。即ちこれまでに見てきたソキエタスに関する法規においての傾向に一般的に適合する形で、複数のソキウス・スタンス達はただ資本参加するだけとなり、寄り集まったソキウス・スタンス達はより一層単なる参加者の一種に成り、その過程において今や特別な同盟(Assoziation)関係が成立したのである。それは別の言葉で言えば、彼らは有限責任社員となったのである。というのは、ピサの法規についての考察においてより詳細に論じることになるが《第4章》:もしピアチェンツァの法規での不備の多い位置付けの背後に、これまで述べて来たような状況が存在するのであれば、我々はここに於いて合資会社をその非常に曖昧模糊とした発展の過程をまさに目の当たりにするのである。有限責任社員の無限責任社員(トラクタトール)に対する位置付けは、常に今日のそれと一致する訳では決して無い。より古い方の合資会社の状況は、有限責任社員(ソキウス・スタンス達)が本来の意味での企業家であり、トラクタトールは彼らの手足のような存在に過ぎない。合資会社における他の要素はようやく後の時代になって出現するのである。ここまで述べて来たようなコムメンダにおいて同一の被委任者を共有する多数の委任者達による同盟(Assoziation)からの合資会社の発生は、Casaregis《Josephi Laurentii Mariæ de Casaregis、Discursus Legales de Commercio、1740年の著者》によって明確に述べられている 46)。更にFierli 47)《Gregorio Fierli、1744 – 1807年、イタリアの法律家、”Della società chiamata accomandita e di altre materie mercantili”の著者》は、”accomandita regolare”《正規の合資会社》と “(accomandita) irregolare”《非正規の合資会社》を区別し、前の方は有限責任社員が自分達の出資の分に対しての所有者であり続けたと解釈している。彼は無限責任社員のみがソキエタスの担い手であるという形態は非正規のものと捉えている。有限責任社員達が自分が出資した金額を超える分については免責になるという根本原則もまた、彼らの置かれた立場の違いの結果であり、その時々に常に疑問が投げかけられているのはFierliが更に述べている通りである。ソキエタスの債権者のソキエタスの基金への優先権(現地では後に”sportello”《現代のイタリア語では「銀行窓口」》と呼ばれるようになった)は、Fierliの引用が明らかにしているように、同じように長い年月に渡って保持され、最終的には法的に明確な説明が与えられるようになった。ともかく、合資会社の確かな本質的要素は、個人として全ての責任を負う者と、自分の出資した分だけの責任に限定されるソキエタスの成員であり、そしてジェノヴァに見られるように、ソキエタスの特別財産形成への契機となる要素が存在していた。

45)計算をきちんと行うという義務は、特にある商人が”pecunium communem cum fratribus penes se”(その兄弟達と共同で所持している資金)を持っている場合には、厳しく要求されていた。

46)Discursus 29 No. 4、 6、 7、 19、 24-28についての、Thöl《Heinrich Thöl、Handelsrecht、1841年の著者》のHandelsrecht I、§102の注釈11における注解を参照せよ。ただ、 Thölによって、コムメンダの被委任者を識別するために使われた目印である、”institor”《今日のイタリア語で店主、行商人の意》が、会社法においての法教義学において、この”institor”の概念が意義を勝ち得たという主張は誤解を招く。

47)Fierliの”Della società chiamata accomandita”を参照。

陸上コムメンダの意味

 陸上のソキエタスの通常の場合は、ピアチェンツァで形作られたものではなく、それはむしろこれまで引用して来たジェノヴァの文献史料の中で記述されている。それらの史料によれば、陸上のソキエタスという制度は海上取引に関するソキエタスに対して、全くのところ副次的なものに留まっていた。陸上のソキエタスに関するある修正は一般的に危険の負担の観点で行われたと思われ、きわめて多くの場合トラクタトールに責任を負わせている。トラクタトールが全額の返還 48)という責任を免れるのは”vis major”《フランス語・英語での”force majeure”と同じ、超越した力=不可抗力》による損害発生の証明をなし得た場合のみである。これに対しソキエタス・マリスでは、トラクタトールが損失分はソキウス・スタンスの債務として負担されなければならないとか、トラクタトールの損失分はソキウス・スタンスのそれよりも少なくあるべきだとかの主張を覆そうとする場合、ソキウス・スタンスの側が立証しなければならなかった 49)。一般論として陸上のソキエタスにおいては、危険や費用の負担の定め方にしても、利益の分割の仕方の点でも、海上取引のソキエタスにおけるような確固たる慣例は形作られなかった 50)。これらの陸上でのソキエタスの形態は、良く知られているように、これ以上重要な役割を担うことは無かった。陸上ソキエタスへの参加は、内国取引の関係において様々な形で役割を担った。その中ではコムメンダ的な陸上のソキエタスは最重要なものであることは一度も無かった。この点についてはピサの例についての検討《第4章》で再度取上げることになるだろう。

48)Constitutum Ususnの第26章を参照。Consuetudines civitatis Amalfiae、1274年、の c. 14と比較せよ。”salvum in terra”(陸上における安全)という表現は、海上取引のソキエタスにおいてはトラクタトールの方により重い責任があると記述されるが(例えば、Statuta Peraeの c. 214)、ここでの責任は不可抗力の場合であっても免れ得ないように見える。(参照:ゴルトシュミットの”Festgabe für Beseler“のP.210以下。《Beseler: Georg Beseler、1809 – 1888、プロイセンの法律家、政治家》

49)マルセイユの法規(Pardessus編)のc. 24に明確に規定されている。

50)注38の文献史料を参照。

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