今訳している「中世合名会社史」の第4章の中に、”dare ad proficuum de mari”という制度が登場します。これはConsitutum Ususの中に出て来るものです。実はこれが「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」にも出てきて、大塚単独訳のP.88になります。(「資本主義の精神」の注1)
dare ad proficuum de mari
英訳でのパーソンズの注
“a loan in which shares of gain and loss were adjusted according to degrees of risk”
大塚久雄訳での注
「危険の等級によって利益および損失の分配率を定める貸付け」
あまりにもそのままなので、まさか英訳をそのまま日本語化したのかと思いましたが、念のため原文を見たら元々原文中にあった注釈でした。なおより詳しい説明は次回の「中世合名会社史」の日本語訳の中に出てきます。
また同じ箇所のちょっと前にfoenus nauticamというのが出てきますが、これの大塚訳が「海上貸借」になっています。注釈はありません。(英訳にも注釈無し。)
ちなみに、この語は「中世合名会社史」にも登場し、私が今回の訳の中で付けた注は:
「foenus nauticam《foenusはfaenus(利息)で「海事利息」の意味。海事契約利息とも言う。ある貸主が貿易を行うものに資金を貸し付けるが、借主は船が無事に戻って来た時のみに返済義務を負い、海難事故で船が全損した場合は返済不要という内容のもの。返済の際には借りた金額より多い金額を返すため、一種の海上損害保険の先駆けともみなせるが、教会の利子禁止の裏をくぐるような利息付き貸し付けともみなせるため、1236年に法王庁から非難されたことがある。参考:Palgrave Macmillan, A. B. Leonard編, “Marine Insurance Origins and Institution, 1300 – 1850 (Palgrave Studies in the History of Finance)” 》」です。
大塚の訳語の「海上貸借」は私は聞いたことがありません。(Web上では「冒険貸借」という訳語があり、その言い換えとして「海上貸借」ともいう、とあります。もしかしてこの大塚の訳が広まったのかも知れません。)ラテン語を直訳したら私の説明にあるように「海事利息」です。
要するにヴェーバーは教会の利子禁止と抵触しない利子付き貸付けに近い例として紹介しているのですが、大塚氏はそういう文脈をほとんど無視して適当な訳語を付けているように思えます。(以前指摘したRentenkauf→年金売買という不適切訳もまったく同じです。)
以上のことから分るのは、
(1)大塚は「中世合名会社史」をきちんと読んだ形跡がここでも窺えない。
(2)読者が知らないであろう単語にも訳者注は付けない。(コムメンダ、ソキエタス・マリス、海上貸借のどれにも訳者注無し。)
(今回の「中世合名会社史」の日本語訳で今の所一番参照数が多いのは「コムメンダ」の解説部分です。つまりかなりの人は「コムメンダ」が何だか知っていません。)
(3)読者が誤解しないような訳語を付けようという姿勢に乏しい。
少なくとも私は今回の翻訳ではこうした大塚氏の姿勢を他山の石としたいと思います。