日本語訳の第37回目です。
ここはなかなかにタフで、中世フランス語が登場します。さらには中世イタリア語も登場しますが、そこで eccecuzione という単語がラテン語の辞書にも現代イタリア語の辞書にもなくて、色々とググってようやく現在のイタリア語におけるesecuzioneだということが分りました。冷静に考えれば英語でのexecutionですね。
この箇所はヴェーバーが再度連帯責任原理が、家族ゲマインシャフトから生まれたということを論述しようとしています。
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I. 法規における文献素材。発展段階
そしてそれが実際に起きたことだった。
ラスティヒは 2)、1309年の Generalis balia、法規の1320、1321、1324、1355年の各版と、1393年のArte di Calimala と die Statuta mercatorum によって構成されている発展の順序について論述し、そして類似する箇所をまとめて並べることによりその内容を一目で分るようにした。 2)既に引用済みの商法雑誌の論文を参照せよ。 そこで述べられている発展の経緯は、本質において上述した一般論としての発展と同じであり、特に次の点においてそうである。つまり連帯責任の前提条件として、より古い時代の文献においての”communiter vivere”(一緒に生きること)に後に”eandem mercantiam et artem exercere”(同じ商品を扱い同じ仕事に従事すること)ということが付加されているという点においてである。個々の法規からの引用を並べてみることでをここで繰り返す必要はないであろう。―― ゲゼルシャフト(会社)の連帯責任についての血縁関係の意味 より古い版の法規においては、連帯責任はまず第一に一緒に生活している(communiter viventes)「肉体における兄弟(fratres carnales)」のものとして言及されている。ラスティヒはまたここから一つの――実際の所はあまり有力とは言えない――論拠を引き出しているが、その論拠とは純粋に血縁関係による観点を優先して考えることへの論拠である。次の考え方は――ここで再度手短にこの問題に立ち入るが――疑う余地が無い。それはつまり確かな事実から考えてジッペ(氏族)の仲間の間におけるお互いの責任関係がより古い制度であるという考え方である。しかしながらそれは少し誇張されており、それ故にここでの結論としてはより後の時代になって家のゲマインシャフトに基礎を置く連帯責任がその古い(氏族の仲間の間での)責任関係の発展形として出現したのだということになる。フィレンツェにおいてはラスティヒによって引用された法規の諸版の中で最も古いものの更に前に既に、ソキエタスの成員間の連帯責任を承認する原則を見出すことが出来る:Custodes nundinarum Campanie et Brie、つまり(フランスの)シャンパーニュ(とブリー)の大市《フランスのシャンパーニュ平原の諸都市で行われた12~14世紀での大規模な市のこと》の警備当局が1278年にフィレンツェの警備当局に対して、ある何かの罪(または債務)によって逃亡者となった Lapo Rustichi について、その者本人とその者のソキエタスの仲間について財産を差し押さえ身柄を拘束することを要請している 3)。同一の警備当局が1300年にフランスの裁判所に対して、フィレンツェの Scali のソキエタスによる Guido Pazzi という者の債務に対しての強制執行を行って欲しいという内容の依頼をしている。そのソキエタスは”nomine suo et dictorum sociorum suorum”(その者自身と前述のその者のソキエタスの名において)シャンパーニュの大市と”per suorum et dicte societatis venditionem bonorum”(その者自身と前述のソキエタスによる商品の販売について)4)契約していた。1303年には、ソキエタスの債務に基づく支払いの不履行によりフィレンツェのコムーネによって(更なる借り入れを)禁じられた 5)というフィレンツェの市民が、それに対してその男はソキエタスの成員ではなかったと抗弁しており、更に次のように主張している:
„que li livres et l’escripture toute dou dit Francoiz furent venues a Paris … par la quele escriture il ne fu onques trouvez comme compains … Item que la coustume de la dite vile de Florence est tel que qui est compains d’aucune compaignie, ses nons est portés au Conses de la vile et autrement il n’est pas tenus compains”(その書物と書面は全て前述のフランソワがパリにやって来たと言っているということを…どんな他の文献によってもその者はかつてソキエタスの成員と見なされたことは無い…さらにフィレンツェの前述の町の慣習法は何かのソキエタスの成員である者は、その町のConses《ラテン語でのcensus、市民の登記簿のことと思われる》に名前が記録される、そうでなければその者はソキエタスの成員とは見なされない。) Scaliのソキエタスは、その破産について Villani《Giovanni Villani、1276または1280~1348年、フィレンツェの銀行家、外交官、年代記作者》が1326年のこととしてその年代記で述べているが、このソキエタスは1326年の時点で既に100年以上も存続しており、同様にアルベルティとペルッツィのソキエタスが後の時代と同様な形態で既に13世紀に存在していた。 3)Giornale Storico degli Archivi Toscani(トスカーナ州の古文書館の史料)の Iのp.246を参照せよ。In dem Excitatoriumの項の252ページにこの例と同様の例が見られ、そしてまたロマニストの主張する Institorats 《会社の責任者、ある業務の責任者》の概念を使った論理構成が既に行われている:”quod dictus Bartolus et Grifus fratres et Johannes Adimari mercatores predicti, dictum Lapum pro ipsis ipsorumque societatis totius nomine, constituerant in solidum … actorem et nuntium specialem negotiorumque gestorem, prout in instrumento … vidimus …”(前述のBartolusとGrifusの兄弟、そしてJohannes Adimari、これらの以前言及した商人達は、前述の Lapus を自分達と自分達のソキエタス全体の名前において、全員一致で指名した、代理人、特別かつ仕事上のメッセンジャー、また仕事を遂行する者として、この文書に書いてある限りにおいて、…我々は確認した…ということを)ここで示された文献は責任についての法的な根拠としてではなく、(委任された者の)身分と正当性の証明のために引用されており、それもようやく2番目の手紙においてである。 4)1284年にロンドンにて発行された受領書(Balduzzi Pegolotti《Francesco Balducci Pegolotti、1290~1347年、フィレンツェの商人かつ政治家》の Della decima e di varie altre gravezze imposte del comune di Firenze t. II のp.324)にて Simone Gherardi は次のことを告白している、della compagnia di Messes Thomaso Ispigliati e di Lapo Ughi Spene: … che io ò ricevato e avuto per me e per li compagni desla vandetta compagnia etc(大市におけるソキエタスの仲間である Thomaso Ispigliati と Lapo Ughi Speneについて:…私は私の名前においてと販売のためのソキエタスの仲間の名前において受領し所有した、等々)。
5)Giornale Storico degli Archivi Toscani Iの p.272を参照せよ。
諸法規が後の時代になってもなお肉体における兄弟(fratres carnales)における責任を最上位に置いているか、あるいはただそれだけに言及している。そこで行われているのはまったくもって a potiori (重要性の高いものから先に扱う)なやり方である:フィレンツェ人におけるソキエタスは圧倒的に多くは家族ソキエタスであった。このことにはまったくもって経済的な理由があった:親族以外のメンバーとの連合(association)の当時のまた今日におてものアキレスの踵《一番の弱点》は、ある成員の死亡によるその連合の崩壊と、その成員の死後遅かれ早かれ連合の財産を流動化(資産売却による現金化)しなければならない必要性であり、多くの場合それは多大な損失を伴うものであった。この危険を伴う不測の事態について、何世代にも渡って継承され、家計ゲマインシャフトに基礎を置く家族連合(association)においては、相当な程度までこのリスクを軽減することが出来ていた。産業における財産の存続と連続性はここにおいて確固たる自然な土台を持っていた。しかしそれにもかかわらず、家族ソキエタスにおいてもまた次の規則を持っていた。つまり、そのソキエタスの中心部を成す家族の成員以外に、その家族の名前がゲゼルシャフトの名前となっていたのであるが、家族ではない成員の存在を許容しており、その者達の権利は家族成員と同等であるという規則である。この規則はアルベルティ家とペルッツィ家のソキエタスに関する書面に疑いもなくはっきりと現れている。
ここにおいて言及された方式の全てのソキエタスは、それについては既に述べて来たが、ある種の家族的な性格を持っていた。その性格は非常に個人的な、根源的に常にそれと結び付けられていた家計のゲマインシャフトによって強められており、ソキエタスの成員間の信頼関係を作り出していたのである。 家族とソキエタスの類似性について 1.仲裁裁判 家族仲間の間での争いごとは、ソキエタスの成員間のそれと同様、ここフィレンツェにおいても他の都市と同様に、正規の訴訟手続によっては解決されていなかった、――根源的に見て明白なこととして、そのような人員間の果たし合いのような裁判上の手続が不適当であることにより、――そうではなくて権威者(ex officio)による強制的な命令による仲裁によって解決されていた 6)。
6)Statuta Populi et Communis Florentiae は1415年に Edit. Friburg-Florentiae, l. II c. 66 を最終的に改訂している。また Statuto dell’ A[rte] di Calimala I 60. を参照せよ。ほとんどすべての法規ににおいて繰り返されているソキエタスの成員がお互いに証人として出廷することが出来ないということと、それに適合している証言の拒否についての法、例えば Decisiones Rotae Lucensis 35 を比較せよ。
2.責任と相続財産分与義務
家全体での責任については、――ソキエタスの場合は基本的にマネージャー(fattori)と徒弟(discepoli)の責任も、家族の場合は家住み息子の責任も、主人または父親に対して、そしてその逆の責任も、Statuta Populi et Communis Florentiae l. II c. 110 とツンフト(ギルド)の法規(ラスティヒが引用した箇所)によって等しく認められていた。家族仲間(Genossen)の責任に関しては、諸法規はまたここにいおいて固有のものであり、そして我々にとっては別の場所で既に出会っている相続財産分与義務と――そしてそれに関連する権利とを――家族の中のある債務超過の状態にある成員の相続分について無限責任として規定している。――これと全く相似の形でソキエタスについて、Statuto dell’ Arte di Calimala (I c. 62)における規定は、強制執行を次のことに関して定めている。”compagni e compagnia e gli altri … salvo che se’l maggiore o lo scrivano di quella compagnia … giurasse … che quello compagno, per cui si domanda, non abbia del suo nella compagnia, in questo caso non siano tenuti di pagare per lui. E se … dicesso che egli avesse meno … facciasi l’eccecuzione solo in quella quantità che s’ha … “(ソキエタスの成員とソキエタスと他のもの…もしソキエタスの支配人またはソキエタスにおける雇われ人が…誓ったのでなければ…その者について問い合わせがあったソキエタスの成員が、そのソキエタスにおいて何も所有していない場合には、そのソキエタスの他の成員はその者に代わって支払うことは無い、そしてもし…彼が彼自身で(請求された金額より)少ない金額しか持っていないと言われているとしたら…強制執行《eccecuzione →esecuzione、英語でのexecution》についてはただその者が保有している範囲内で行うものとする…) ここにおいては、忘れるべきではないが、個人に対する債権者のことを扱っているのであり、我々はここにおいて以前述べた最初の発展段階について確認することが出来る:つまりソキエタスにおいて責任というものが占めている位置に、直ちにかつ直接的にゲマインシャフトに対する強制執行が登場して来るのであり、ソキエタスにおいては財産分与の義務と債権者による財産分割の要求が登場して来るのである 7)。
7)(ヴェーバーがこの論考を執筆していた)今日の商法典(HGB)の第119,120。126、127条を参照せよ。