V. Florenz P.298 – 302 日本語訳(39)

日本語訳の第39回目です。これまでソキエタスというと、ごく小規模な貿易のために作られた結社的なものや家内制手工業のような小規模なものが主に扱われてきましたが、ここで論じられるのはフィレンツェでの超巨大銀行家ファミリーで当時ローマ法王やイングランド王にまでかなりの額のお金を貸していました。Scali家の破産も、もっと調べてみると非常に面白そうなのですが、現時点では保留にしておきます。
ところでまた英訳ですが、この箇所において、分らない箇所は訳さないで飛ばす、というかなりの暴挙を行っています。もう一々指摘するのも馬鹿馬鹿しくなってきたので、訳者に連絡はしませんが、英訳読んでヴェーバーの論旨を理解するのはなかなか難しいと思います。
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 またフィレンツェにおいても、より後の時代の会社(ゲゼルシャフト)の商号の名前で契約することへの土台となったものを見出すことが出来る。その商号による契約はソキエタスの債務というものについての純粋に形式的な標識である。しかしながらその商号というものは、実際には発達しなかった。ある側で商号の概念が敬遠されるようになると、別の側ではそれはむしろより強固な概念となった。商号の定義は様々な法規の中ではこうなっている:”asserendo .. se facere pro se et sociis suis.”(自分が自分の名前と自分の属するソキエタスの成員の名前で行動していると主張すること。)それ故にまず第一に浮かんでくる疑問は:誰が一体その者のソキエタスの仲間であるのか、共通の家計や共通の店舗(taberna)がもはや識別のための目印としては十分で無くなった後は?ということである。それに対しての簡単な定義:その者とある商号(Firma)の下である業務を営む者 16)、はまだ使われていなかった。1324年の法規と1355年の法規との間の時期に”publica fama ipsos socios esse”(その者達がソキエタスの仲間であるという公的な情報が存在していること)、それはつまり:該当の者達が外部に対して自分達はそのソキエタスの一員であるというように振る舞い、そしてそれを相手方に確認させる、そういう状況を意味している。これより後の時代の法規においては、もはや識別のための目印一般が挙げられていない。

16)”Quorum nomina expenduntur”(その者達の名前が重視される)というのが、後の時代における定義になる。

 しかしながらそれから契約を行おうとする人は、――それは部分的にはローマ法学理論の影響により――契約の相手がただその契約しようとしているソキエタスの成員の言葉だけによって、その者がソキエタスの名前で契約するのだということについて、本当は連帯責任にはなっていないのではないかという不安に駆られ、その結果としてその契約しようとするソキエタスについての有効性について一人または複数のソキエタスの成員の同意(書)を要望するようになった 17)。このような複数の法規に見出すことが出来る諸規定は、より前の時代の有効性が限定された連帯責任の残滓といったようなものではなく、より後の時代における司法警察的な性質を持った制限であり 18)、それは例えば Statuto dell’ Arte di Calimala 19)の規定と同じ立ち位置のものである。その規定とは官公庁に次のことについての判定をさせるということで、その判定とは外国に旅しているソキエタスの成員達にソキエタスの側から文書によって裏付けられた無制限の権利が与えられているかどうかということについてのものであった。その際のあるソキエタスの成員の正当性の証明は、その成員と同じソキエタスの他の成員の義務として最初から用意されていたものではなく、それはただ国際的な取引における金銭のやり取りの確実性についての要求に支えられていたものだった。Statuta mercatorum の1393年版と1415年の法規集成の中でのそれの改版においては、そういった制限を再度無くしている。それらの法規の版で要求されているのはただ次のことである。”talis contractus esset vel fuisset de aliqua vel super aliqua re spectanti et pertinenti ad societatem seu trafficum hujusmodi sociorum”(そのような契約は、ソキエタスまたはソキエタスの成員の取り引きに関連するかあるいは付属する何か、あるいはその何かに関連するものについてであるとされるか、あるいはあったとされる。)それ故、その契約のソキエタスとの関連性の確認は裁判官に委ねられた。その場合にはただソキエタスの元々の営業内容に含まれる業務のみが取り扱われなければならなかった。

 こういった法の改版によりフィレンツェにおける連帯責任原理の発達は終わってしまっている。この根本原則の決定的な確立は、つまり誰がその商号(の会社)に所属するのかということについての確認方法の確立は、つまりは”cujus nomen expenditur”(誰の名前が重視されるか)ということは、その商号を使って締結された契約に基づく業務に対して保証を与えたし、その確立は先に素描した国際的な発展の一部を構成していた。

17)1324年版の法規と1355年の法規:dummodo nullus socius possit (hiernach wohl nicht nur im Verhältnis unter den socii)) contrahere debitum in civitate vel districtu Florentiae ex quo aliquis socius vel socii teneantur …, nisi talis obligatio fiat de consensu saltem duorum aliorum de ipso societate.(一人のソキエタスの成員も以下のことが出来ないとされている場合は{ここについてはソキエタスの仲間における関係だけに限定されていない}、債務について市内またはフィレンツェの行政区において同意すること、その債務についてはどのソキエタスの成員または成員達も責任を持つが、…もしそのような債務がそのソキエタスの最低2名の同意をもって発生していない場合は。)

18)前注における規定はその効力をフィレンツェの行政区の中に限定している。この規定が狭義の更新であることは、Statuto dell’ Arte di Calimalaがこの規定を含んでおらず、ようやく1341年の Additamenta のSub IIにおいて付け加えられているということから判定出来る。

19)I c. 66を参照。

ソキエタスの財産に対する差し押さえからの個人への債務者の除斥

 今まで述べたことから、あるソキエタスの成員によって契約された債務について、ソキエタスの財産がそれについて責任を負う場合には、その場合にはその関連で次のような概念が生まれてくる。つまりソキエタスの成員の他の(個人的)債務については、ソキエタスの財産は関知しないということである。この論理的帰結は Statuto dell’ Arte di Calimala の次の箇所(I c.56)を思い起こさせる――そしてそれによってソキエタスの特別財産というものが決定的に構成されるのである:

 もしあるソキエタスの成員が(個人的な)債務を負っているとした場合、
 ”in sua specialità a suo nome per carta o per scrittura di sua mano secondo che è principale, o per mallevadore, ove non si faccia menzione della compagnia della quale fosse compagno, fattore overo discepolo … sia costretto cotale obligato nella sua persona e ne’ suoi beni solamente … niuno di quella compagnia possa essere costretto nè molestato … veramente si … avesse alcuni beni in quella compagnia, sia tenuto la compagnia di rispondere interamente di quelli beni per tale obligato e conviuto.”
 (その者の専門の職業において、その者の名前によって簡単な申し込み書によるか、あるいはその者自身の責任に基づくその者の自筆署名付きの契約書によって、あるいは保証人を通じて、その際にその者が成員、使用人頭または徒弟であるという、そのソキエタスへの言及無しに…そのような場合の債務はその者個人の債務であり、またその者自身の財産に対する債務であり…そのソキエタスの成員の誰においてもその債務を強制されたり責任を負わされることはない…本当に…その者が当該のソキエタスにおいて何かの財を持つ場合、そのソキエタスはそのような債務とそれへの同意については、ただその者の{ソキエタスに投資した}財の部分についてだけ責任があるとされる。)

最後に考慮した事例においての規制方法については、ソキエタスの成員への財産分与ということを通じて既に言及して来た。ゲゼルシャフトの財産について何か特別な破産ということが可能かどうかと言うことは、どの法規においても言及されていない。そのような可能性を考えることは困難であると考えられていた。あるソキエタスが破産した場合、そのソキエタスの成員個人に対する債権者はその破産ついては無関係の状態ではいるのは難しかった。そしてそのソキエタスの成員の個人財産はいずれの場合においてもソキエタスの破産に直接関連付けられ、差し押さえられてしまうのである。その次にソキエタスの特別財産についてのゲゼルシャフトに対する債権者の権利が、それはFierli 《第3章の訳注参照》20) が叙述している通りであるが、”sportello”(専用窓口)からの優先的な返済を受ける権利として立ち現われるのである。法的な史料が大規模なゲゼルシャフトの財政的破綻について語っている所では、つまり1326年のScali家《当時のフィレンツェの三代銀行家ファミリーの一つ》の破綻、そしてBardi家の破綻、また1345年 21)のペルッツイ家他の破綻について語っている所では、そういった史料でそういったCompagnia(ソキエタス)を破産者として扱っており、そしてさらにそういったソキエタスについて「破綻しており逃亡している」と説明している。

20)Della Società chiamata Accomanditaを参照。

21)Villani《第5章の訳注参照》の Croniche storiche X c. 4 を参照せよ。

II. 諸文献:アルベルティとペルッツイにおける商業簿記

 これまでに既にしばしば言及してきたこれらの大規模なソキエタスの人間関係について文献史料にて知られていることについて、ここで最終的に更に手短に立ち入ってみたい。その内容は多くはない:最大限に見てもこの2つの規模の大きい、Arte di Calimala に属していた銀行家ファミリーであるアルベルティとペルッツイの両家についての抜粋的記述に過ぎない。それはそれぞれの個別の記述については法学的な視点からではなく、そしてペルッツイに関する部分は、更に素人で専門家ではない者によって出版されたものである 22)。引き続きこの断片的な文献史料においても、我々がこれまで論じて来た発展を再び見出すことが出来るのである。

22)Passeriniの Gli Alberti di Firenzeを参照。Peruzziの storia del commercio e dei banchieri di Firenze も参照せよ。さらにはゴルトシュミットの商業雑誌掲載の論文の第14巻のP.660と比較せよ。

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