ヴェーバー、英訳、全集版注釈の誤りと思われるもの

「中世合名会社史」全集版のP.193のランゴバルド法の引用と、P.194のヴェーバーの論述の中に、”meta”という単語が登場します。
この単語の意味を、ヴェーバー、英訳者のLutz Kaelber教授、そして全集版の編集担当(注釈作成)のGerhard DilcherとSusanne Lepsiusの両氏の全員が誤って解釈しているように思います。
ハインリヒ・ミッタイスの「ドイツ私法概説」(世良晃志郎・廣中俊雄共訳、創文社、1961年)のP.114(第16章、婚姻の締結)によれば、ランゴバルド語のmetaとは求婚者が、嫁の候補者の父親に対し、彼女へのMunt(保護監督権)を譲り受ける代償として支払うMuntschatzのランゴバルド語での言い方であるということになります。(日本語で言うなら一種の結納金になります。)
故に、metaをもらうのは嫁となる女性ではなくその父親です。
P.193のランゴバルド法(ロタリ法典)の引用では、”et si quis ex ipsis duxerit uxorem et de rebus communibus meta data fuerit”(そしてもしこの男の兄弟達の内の誰かが嫁を娶り、そして共通の勘定から”meta”が与えられるなら)とあり、uxorem(嫁を)獲得する、とありますが、その後のmetaがその嫁に(uxori)支払われるとは書いてありません。しかるに、Kaelber教授の英訳はここを”If one of the brothers takes a wife and gives her a marriage portion from the common property.”と明らかに嫁に支払われる、しかも嫁の持参金が花婿の家から支払われると訳しており、明らかな誤訳です。(持参金=嫁資{marriage portion}は当然のことながら花嫁の側が持ち込むもので、それが花婿側から直接花嫁に与えられるというのはおかしいです。)
それから、ヴェーバーはP.194にて、”und nur die meta der Frau, welche ex communi gegeben wird”と書いており、ヴェーバーもmetaが直接妻に払われると解釈しているように思えます。この部分の全集版の注釈は「ランゴバルド語での花嫁の持参金」としています。これは明らかにミッタイスの説明と合いません。
Wikipediaでのロタリ法典の説明では、
“CLXXVIII–CCIV Heirat
Die Verlobung wurde zwischen dem Bräutigam und dem Brautvater ausgehandelt und in einer fabula (Vertrag) fixiert. Der Bräutigam entrichtete die meta („Miete“, Brautpreis)[5] an den Vater. Von diesem erhielt die Braut faderfio („Vatergeld“, Mitgift)[5] und von ihrem Gatten nach vollzogener Ehe die morgincap (Morgengabe)[5].”
(拙訳:婚姻の契約は花婿と花嫁の父親の間で交渉され、そしてfabulaという契約書で内容が確認される。花婿はmeta{Miete:賃料、花嫁の対価}を花嫁の父親に支払う。このmetaのお金から花嫁のfaderfio{「父親からのお金」、持参金}が確保され、そして彼女の配偶者=花婿から婚姻の履行後morgincap{Morgengabe、新婚初夜の翌朝に花婿から花嫁に渡される婚姻が間違いなく行われた印としての贈り物で、ナイフなどの武器が儀礼的に贈られた}が与えられる。)
となっており、まず求婚者(花婿)が花嫁の父にmetaを支払い、花嫁の父はそのmetaを「原資として」その中から花嫁の嫁資(持参金)(Mitgift)を一種の財産分与として花嫁に与える、ということになります。故に、間接的には花婿の家のお金が嫁に渡るということになりますが、途中の流れを飛ばした短絡的な論述はおかしいと思います。
ヴェ-バーはP.193にてこのMitgift(mitgebenという動詞形で表現)についても言及し、それは花嫁の父親または兄から財産分与として花嫁に与えられるとしていますから、そのすぐ後に出て来るmetaが再度その持参金であると解釈する全集の注はおかしいです。
ヴェーバーが花嫁の持参金以外に、その家の共同の財産から花嫁に更に何かの財産分与があると考えているなら誤りです。
尚、この時代の嫁資(持参金)は結婚後も妻の固有の財産と考えられており、離婚の場合には実家に持ち帰りますし、寡婦となった場合にはその生活資金となります。従ってその家の共同の財産とは別扱いされるのは当然のことです。H.ミッタイスの説明によると、ゲルマン法での女性の地位に関する研究は、学説がもっとも大きく変わった分野なのだそうです。(ランゴバルド族などでは女性は必ずしも男性に従属する一方の存在ではなく、それなりの地位があったとされるようになって来ています。)それ故、ヴェーバーの時代には”meta”が間違って解釈されていたということも十分考えられます。

なお、ラテン語でのmetaは、「何かの陸上競技でのトラックの両端におかれた折り返し地点を示す円錐状のポスト」のことです。転じて現在のイタリア語では「半分」の意味になります。(折り返し地点は全体の距離の半分である所から来た語義だと思います。)ヴェーバーはもしかすると、metaをこのラテン語の意味で解釈してのではないかと思います。(花婿の持つ財産権の半分とかの意味で。)

ちなみにこの問題はKaelber教授に問い合わせ中です。

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