ここから第4章に入ります。これまで理論的に述べて来た連帯責任の原理の発展を、ピサにおける慣習法の集成であるConsitutum Ususにおいて確認することが行われます。
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Ⅳ. ピサ。Constitutum Usus 《1161年に編纂されたピサにおける慣習法の集成。》におけるソキエタス法
我々はこの章で、我々にはピサのソキエタス法として知られているものについての叙述に特別に一つの章を立てることにする。その理由は主に、ピサの法規についての文献史料において、次のような性質のものを見出すからである。つまりそれらは明らかに法典編纂上の意図において決議論的に十分に検討された上で作られている。そこにはローマ法 1)の概念の強い影響をはっきりと認めることが出来るし、また相対的に非常に価値の大きな財産を特に際立つように取上げている。また経済的な現象の中に法的に重要なことを見出そうとしている。しかしながら例えばジェノアの法規との違いという意味では、主に法の生成の能力という意味で、ある制度の発展の過程においての経済的な意味で新たに発生している差異を、法学的にも差別化を行って正しく取り扱おうとしている。ピサの法的文献についてとりわけ興味深いのはその相対的な歴史の古さである。
1)次を参照せよ。例えば既に真正のローマ的な概念である利得に対する評価だけについても―id, quo factus est locupletior(ある物、それによってその者がより富めるようになった物)という表現がある。 —例えばBonaini編の Statuti inediti della città di PisaのVol. IIの後半、PP.341とPP.348における諸制度で学説彙纂には含まれていないものを参照。ピサにおいて学説彙纂の手稿《ピサ写本と呼ばれている》が保存されていたことは非常に大きな影響力を持っている。―ピサの法典におけるこれらの規定(Beve Pisanti communis et compagnie 1313年 l. I c. 247)と比較せよ。
Consitutum Usus《1160年という中世の早いタイミングで集成されたピサの慣習法の集成で、当時強力な艦隊を持ちヴェネツィアと並んで地中海と東方との海上取引を支配していたピサの状況を反映して海事関係の慣習法を多く含む。》は我々がこの章で本質において検討しようとしている法的史料であるが、その日付はピサ暦《新年が前年の3月25日に既に始まる》で1161年、我々の暦《グレゴリオ歴》で1160年のものであるが、この年に制定されたものは間違いなく最初の版では無く、また同時に最後の判でも無い 2)。
2)Schaube《Adolf Schaube、1851年~1936年、ドイツの歴史家》の”Das Konsulat des Meeres in Pisa”の P.2の 3, 149と比較せよ。またそれについてのゴルトシュミットの商法雑誌第35巻に収録された論考のP.601も同じく比較せよ。
これらの法典の性質について詳細に述べるのはこの論考の役割ではないにしても、次のことについてのいくつかの注記は必須であろう。それはつまり、これらの法典編纂―Constitutum Ususはその序文にもそのようなものであろうとしているとことが書かれているが―が他の法的史料にどのように取り入れられたか、とりわけピサの特殊法の集成であるConstitutum Legisに、それから様々な法規が自明の前提としている、補完的なものとして働く共通法にどのように取り入れられたかという状況についての注記が必須である。そういう状況は、今日の商法・民法に対する関係を多くの関連する点で想起させてくれる。
Ususの領域。
Constitutum Ususの管轄下に置かれる領域は次のような諸事実の列挙によって確認される。その諸事実は、Ususの範疇に入れられるのであり、それはそれ故に客観的なものに限定され、例えば商人という職業についての職業法の場合のように主観的なものでは無い。我々の商法典(HGB)が商取引に関わる「事柄」を商法の中で扱っているように、「商取引に関わる諸件」(causae pertinentes ad usum)をConsitutum Ususはその中で扱っているのである。そういったUsus関係の事柄の取り扱いは、ある特別な法廷にて行われた。それは、Curia previsorum apud ecclesiam Sti Ambrosiiであり、1259年以降は、Curia Ususと呼ばれた。その管轄権については、訴訟において民事法廷での審議の前にUsusにおいて判決すべき関係のものが争点となっている場合には、仮処分によってその案件がCuria Ususに回付されるという形での訴訟手続となり、(最終的にCuria Ususでの)管轄権が確定する。
Ususがカバーしている領域について、《Bonainiの本において》多数の文献史料 3)が列挙されている。その領域というのは全くもってそれ自体として閉じていて、システマティックな系統分類がきちんとされている法的関係の複合体として記述されているのではまるでなく、それはむしろ私法の全ての領域を超えて新しい枝を伸ばしているのである。不動産法、公共の道路や水路についての法、婚姻財産法、相続に関する手続き、市場関係、所有権、ソキエタス法、貸借、不法行為の結果として生じる債務、そういったものについての個々の法的関係がUsusに取り入れられている。そういったもの全てについてある統一した原理を見出すことは不可能である:実際にそういうものは存在しない。Ususの反対のものはlexであり、それもConsitutum Ususの序文に詳しく説明してあるように、まずはローマ法(lex Romana)であり、また同時にランゴバルド法(lex Langobarda)であり、それに従ってピサの市民は、”quaedam retinuit”(色々なものを維持してきた)のであり、さらにはまた最終的にはConsitutum Legisの基礎として、共通法を補完して支える、ある特定の個別立法となったのである。
Ususはそれ故に、その当時の人間の意識によれば、《Bonainiの本に》列挙されているどの一つの文献史料にも閉じていない、慣習法が発展したものとして記述されなければならない。その現れ方は、―ここでは一般的な分析を試みるのでは全く無いが―商法の領域、とりわけソキエタス法の領域に関連する部分においては商慣習であり、一部は地域に限定されたもので一部は国際的なものである。その中に含まれている法文はほとんどが任意法的な性質のものであり、そしてそれはその商慣習がまだどう見ても出現したばかりで発展途上にあると理解される場合を除いてであるが 4)。そういった商慣習はさらに任意の規範に関係するだけでなく、また次のことを前提としている。つまり、その同じ商慣習がそういった規範に適当するように固定化されるのが常であったということである、―そのためここでは、一般的にまずは商取引における慣習法の根本原理としての商慣習であり、次に法規という形で確定された規範として観察することが出来る。
3)BonainiのStatuti inediti della città di Pisa Vol. II. p.835を参照。
4)たとえば、creditores hentice(出資による債権者)の破産時の優先権についての重要な法文は、未だ叙述において明確さに欠けその全体像に関する検討も不十分なものであった。
Consitutum Ususの条文の性質。
我々にとっての結論は、我々はConsitutum Ususにおいて本質的に(全体を通じてではない)我々が関心を持っている(商取引の)領域における次のような性質の法文を見出すことを期待することは出来ないということである。そのような法文とは、その本質において最初から任意のものではなく、強制的な性質を持ち、つまりは単純に言えば、ある一定の事実から法的な結果として引き出されるもの、というそういう性質の法文のことである。そういった法文に属するものとしては、まずは第一に連帯責任であり、それについてはこれまで既に取上げてきた。しかしながらこの連帯責任についての直接的な表現は事実上Consitutum Ususの中には出て来ない。それに関連した法的な人間関係がそれでもどの程度まで存在しているかということを明確にすることについて以下でさらに詳細に述べることになる。どういった場合でもConsitutum Ususの中に連帯責任についての言及が無いという事実から、その原理が存在していなかったという結論を引き出すべきではない。
それ以外に、ピサにおいて海上取引が無条件に広く行われていたという点で、ピアにおける様々な人間関係はジェノアのそれに似通っていた。その理由からも我々は次のことを期待する。つまり、海上取引にとって都合の良い資本と労働の結合についての法形態がここでは特に広範囲に創り出されていることを見出すことである。