IV. Pisa. Societätsrecht des Constitutum Usus. P.262 – 266 日本語訳(31)

日本語訳の第31回目です。この部分で初めて「合資会社」という概念が登場します。ローマ法におけるソキエタスは、どちらかというと参加者同士がフラットで対等な感じがしますが、合資会社では「有限責任社員」と「無限責任社員」というある種の区分が登場します。
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 この箇所にて述べられていることは以下の通りである:

1.個人への債権者との関係

 I. ソキエタスの中の成員と、ある債権者でソキエタスに出資された財産についての債権者ではない者との間での訴訟において、その債権者がソキエタスの成員に対する債権を持ったのが、その成員がソキエタスへの出資をする前だった場合(inter socios et alios creditores, qui non sint creditores ejusdem hentice, licet creditores sint priores tempore)、―ソキエタスの成員達はソキエタスに属する財産(rebus societatis)については優先権を持つが、それは他の財について法による秩序が守られている(in aliis bonis secundum ordinem juris observetur)限りにおいてである。それ故にこの場合ソキエタスの成員達は債権者とソキエタスの成員達の中の個人としての債務者の間に入り、その債権者に対し、その債権者がソキエタスの共通の出資金を担保に取るという契約を締結していない場合には、ソキエタスの財産の返還を請求することが出来る。(トラクタトール個人への債権者と我々は呼ぶべきであろう。)

2.ソキエタスの成員達のゲゼルシャフトの基金への位置付け

 II. さらに次のことが述べられる。

“inter socios ejusdem hentice seu societatis maris, licet aliqui socii sint priores tempore et habeant etiam hypothecas, tamen in praedictis bonis (scil. societatis), ejus, quod quisque sociorum recipere habet, communiter admittantur et per libram dividant”(同一のソキエタスへの出資を行ったソキエタスの成員達の間で、またはソキエタス・マリスの成員達の間で、仮にその中のある成員が他の成員よりも優先権を持ち、またソキエタスの財産を担保として使っていたとしても、その、先に言及された財産(つまりはソキエタスの財産)は成員の全員が受け取る権利を持ち、共有のものと認められ、出資比率に応じて均等に分けられる)
それ故に多数のソキウス・スタンスが一人のトラクタトールを共通に持つその者達は(というのはそれがここで想定されたケース:つまり同一のソキエタスへの出資をしたソキエタスの成員達{socii ejusdem hentice}である)、ソキエタスの財産を(出資額に応じて)均等に分けることになる。それ故にさらに次の義務への遵守が必要となる:

1)ソキエタスの成員達の中の誰であっても、ソキエタスの財産への強制執行の際に自己出資分について他の成員達に対する優先権を主張することは出来ない。
2)ソキエタスの成員達の中の誰であっても、自己のIllaten in natura《全集版の注釈によれば出資分のこと》の返還請求をすることは出来ない。

―これらのことは明確には述べられてはいない。しかしこれらのことは I. の法文への相対概念かつ論理的帰結として成立する。さらにも次のことからも直接導かれる。つまり、ジェノアのソキエタス・マリスの場合と同様にここでも、ソキエタスの本質的な機能は危険を共有(分散)することであり、それ故に個々の成員についての事象はもはや考慮されず、そうではなくてただ利益と損失が全体の勘定の中に算入されるのであるが、Consitutum Ususが明確に規定しているように、あるソキエタスで「混ざり合った状態を享受する」(havere mixtum)、つまり共通の財産が分割されずに存在しているということと、利益と損失が出資割合に応じて(per libram)分割されなければならない 15) ということが規定されている。このことからもこの II. は直接導かれるのである。

15)p.884 l.c.を参照せよ。

3. ゲゼルシャフトへの債権への位置付け

 III. トラクタトールへの債権者で、トラクタトールがその者とソキエタスの財貨について契約を取り交わした者は、ソキウス・スタンス個人に対する債権者ではない。このことはやはり直接的には表現されておらず、ただ私には少なくとも自明と思われるが、次のことからも判断される。それはこういった責任関係が破産時における優先権を通じて構成されているそのやり方によってである。そこにおいてはソキエタスへの出資者達は、その出資分を一つにした財産に対する債権者(creditores hentice)の差し押さえには対抗出来ない―そのことはcreditores henticeという名前がまさに示す通りであるが―となっており、その(トラクタトールとのソキエタスの財貨についての)債権者は出資の結果一まとめにされたソキエタスの財産について、ソキエタスの成員達に対して、またさらにソキエタスの成員個人に対する債権者に対しても、優先権を与えられている。ソキウス・スタンスそれぞれの個人的な連帯責任の引き受けを基礎とするソキエタスは、むしろ明確にジェノアでのソキエタス・マリスにおける構築の仕方にまた舞い戻るような今述べたようなソキエタスの構成のやり方を必要としていない。―ソキエタスへの債権者はソキウス・スタンスに対してはただ、出資されて一まとめにされた財産への債権者(creditores hentice)であるということである。

4.ゲゼルシャフトの財産の範囲

 IV. hentica(出資の結果として一まとめにされた財産に基づくソキエタス)がここで述べて来たようなやり方で機能することを開始するのは、そこに所属する可視物(species)が、ソキエタスの基金という形で一つになった瞬間である。ソキエタスの基金というものは法学的には次のことが成立した後に成立する。それは該当する価値のある客体が、それぞれの金銭的価値(aestimatio)に従って事実上一つにまとめられた(mixta)時に、それらはその結果としてソキエタスの基金に算入され、それもある一定の合計額として「算入された」、その後である。それらの客体について価額が未定の場合は、それらはまだソキエタスの財では無い。何故ならその場合には個々のソキエタスの成員が、自分の出資によってどこまでソキエタスの財産の中で分け前を持つのかということが確定しないからである。―というのも、しかしながら、個々のソキエタスの成員の勘定に算入されるのはその成員が持ち込んだ財貨そのものではなく、その財貨の資本としての価額なのであり、この資本としての価額を通じてその成員のソキエタスの財全体の中でのその成員の分け前の権利が表現されるのであり、それ故にその価額の確定は法学的に見たソキエタスの成立の過程の中で本質的な部分なのであり、それによってその成員に対して出資金(hentica)の中の分け前の比率は、まさしくその成員によって持ち込まれた財貨の登場する所において確定するのである。henticaとまだ価額が確定していない有価物との関係は、まだ仮のものであり、それは利益や損失と一緒で特別な勘定として扱われ、それが売却されて価額が確定した時に初めて共通の金銭勘定の中に取り込まれるのである。

16)p.885 l.c.を参照せよ。

17)ローマ法における嫁資の価額の決定(dos aestimata)についての規定を参照せよ。これらのソキエタスとローマ法における先行事例(卑俗法の中から、ゴルトシュミットがロード海法やAgermanament《詳細不明、この語自体は「姉妹都市」という意味なので、マラカ法などのローマの同盟市・自治市・植民市の法のことではないかと思われる。》をそう呼んでいるように)、特に Contractus aestimatorius との関係については―学説彙纂D.44のpro socioを参照せよ。―aestimatioのそこでの取り扱いは、またも(この「価額の決定」ということの重要性の)有力な証拠としてみなすことが出来る。

ここまでの成果。合資会社

 ここまでの論述の結果として私にとって明らかになって来たことは―ここにこのように現れている事象によって(rebus sic stantibus)《clausura rebus sic stantibus=法学でいう「事情変更の原則」をもじっていると思われる。つまりローマ法でのソキエタスの法規定が貿易に伴って生じた新しい人間関係による事情変更により新しい解釈が必要となった、と言いたいのだと思われる。》、通常は非常に理解しづらいConsitutum Ususの法文について、より明証性の高い解明を行うことが出来たということである。―それはつまり、我々はここにおいて合資会社の財産法的な基礎原理を目の当たりにしているということである。合資会社に必要なものは全てここにおいて揃っているか、あるいは少なくともその登場が予示されている。「個人的に」責任を負うゲゼルシャフトの構成員、つまりトラクタトール 18)と、―価値のある客体の複合体で個人への債権者の差し押さえの対象になるもの、その客体の複合体に対してはゲゼルシャフトが存在している間は各ソキエタスの成員の持ち分への権利は劣位に置かれるのであるが、その複合体に対しては各ソキエタスの成員は債権者ではなく持ち分所有者(株主)として権利を与えられる。それ故これらのことによってソキエタスの特別財産が形成され、それはゲゼルシャフトの債権者に対してその債権の額に応じた《proratarischen→ラテン語のpro rata「取り分に応じて」からのおそらくヴェーバーの造語》返済をあらかじめ用意するのであるが、最終的にはゲゼルシャフトの構成員《=有限責任社員》でその責任は自己の出資分に限定されている者達、これら全てが実質的に合資による会社財産形成の目印なのであるが、しかし法学的にはまだ完全な姿とは言えない。この「不完全な」という意味は、特に次の理由でそうである。何故ならばゲゼルシャフトの財産の存在は、少なくともまだその出資元が外から見て取れる限りにおいては、対外的には強制執行の要請があった時に初めてその存在が明るみに出るのであり、それ以前においてはトラクタトールのみが契約当事者であり、そしてそのトラクタトールとそのソキエタスの業務において契約する債権者は、最初から権利を与えられているのは次のことだけである。つまり、その債権者達が、個々の強制執行の対象となる客体に対して、―つまり既に述べて来た意味でゲゼルシャフトの財産に属する客体について、絶対的に優先権を与えられているということである。全体の人間関係は純粋にローマ法的に構成されており、そのような合資会社的なゲゼルシャフトはまだそれ自体が可能な契約当事者として自立するまでには至っておらず、そのゲゼルシャフトの特別な破産の可能性もまだ考慮されていなかった。そういった特別財産の成立は、文献史料によれば、その成員達に対する強制執行や破産手続の場合によりいっそう詳細に規定されていた。そういったソキエタスの成員達が(まだ)財産を自らの手の内に持ち、またトラクタトールをも管理していた。―

18)トラクタトールの個人責任は、ここでは全く疑いのないものであり、それはジェノアにおける場合と同じである。しかしConsitutum Ususにおいては明確には規定されていない。そのトラクタトールの個人責任という考え方は、まさしく他の様々なものと同様に、当たり前のこととして成立している。直接に文献史料の中の特定の位置から証拠となるのを持ってきて証明するのでない限りは、何かをただ主張しようとするやり方には疑問が多い。Consitutum Ususでのソキエタス法の規定は、しかしその浩瀚さにも関わらず、逆にその浩瀚さが最も重要な箇所だけを取り出すのを不可能にしてしまう。そういったソキエタス法の規定は、法文においてソキエタス法の成立がその当時の人間にとっては疑いもないものであり、そのためにその意味の説明も省略されているように見えるような形で記述されている、まさにその箇所において《現在の我々から見れば論証の》不備を露呈している。これらの法文については従って、他の諸都市の類似の法規によってと、最終的には昔存在していた原初的な人間関係の構図からの論理的帰結によって補完的に説明されなければならない。

II. 固有財産の無いソキエタス(Dare ad portandum in compagniam)

 ここまではただ次のケースについてのみ詳細に論じて来た。それは多数のソキエタスの成員達が出資を一斉に行うことによりソキエタスの基金が形成され、それが様々な関係において特別財産としての機能を発揮するというケースである。Consitutum Ususにおいてはしかしながら、別のケースも存在している。それは利益の中からの分け前を条件とした、事業に対しての一方向的な投資のケースであり、丁度ジェノアでのコムメンダのように―事業参加者に対しての1/4の利益配分―を含むものであった。

 これらのケース、つまり、”dare ad portandum in compagniam”と表現される形態についての非常に不備の多い所見から、まずは次のことが導かれる。つまりこうしたやり方で引き渡された資本が、それについて価額が確定した場合には、既に出資された分と一緒に、その事業の中に組み込まれたトラクタトールまたは第三者の資本と一体化される。しかしながらこのケースでは、法規によれば、ソキエタスの元の成員達に不利益をもたらしてはならないとされている。この最後の部分の意味するところは、ただ次のことである。つまり、このような形であるソキエタスに出資する者は、それによって上述した意味でのsocius hentice《同一のソキエタスに出資したソキエタスの成員達》にもcreditor hentice《一つにまとめられた出資に基づくソキエタスへの債権者》にも成ることはなく、そうではなくてただ今日の匿名組合員(stiller Gesellschafter)のように、トラクタトールに対しての債権者であり、そのトラクタトールに対して資金を貸付けるのである。その者は、法規がそう定めているように、その貸付けの行為によって事実上トラクタトールの仕事に関与している場合でも、それによってソキエタスの成員、今日の言葉で言う有限責任社員(Kommanditist)に成ることは決して無い。このような外部の者がその出資をソキエタスの共同出資金と一体化した場合に、元々のソキエタスの成員達に何らかの損害を与えた場合には、その者はその分を補償しなければならなかった―このことから上述した特別の意味での「資金の引き渡し」は、ad portandum in compagniamにおいては所与または通常のケースでは無かったように思われる。トラクタトールは引き渡された資本について、それを自己の責任でされに別の委託契約に出資することが出来たが、これはソキエタス・マリスの場合では権限が与えられていなかったことである。

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