パウロのオリーブの接ぎ木の譬えについて

ヴェーバーは、パウロの「ローマ人への手紙」11:17~24で、パウロが野性のオリーブが良いオリーブの木に接ぎ木されて、これは実際の接ぎ木とは逆(野性のオリーブに良質なオリーブの木が接ぎ木される)であり、パウロは都会人で農業のことなど知らないのでこういう間違いをした、と論じています。
しかし、ここの24ではπαρὰ φύσινという表現が使われており、共同訳では「元の性質に反して」(その注釈では「直訳『自然に反して』」)となっています。即ち、パウロは普通の接ぎ木の方向とは逆であることは先刻承知でこの譬えを用いて、異邦人にイエスの教えを説くというユダヤ人から見たらとんでもないことを逆説的に表現している、と解釈した方が自然です。
大体、ヴェーバーのオリーブに関する知識はローマの農業書で覚えたいわゆる「本で得た知識」であり、実際のオリーブ栽培を見たことがないのは、むしろヴェーバーの方でしょう。(そもそもヴェーバーの当時のドイツの気候ではオリーブは育たない。)オリーブはパウロの時代のオリエントでは、栽培植物としてきわめて普及しており、聞いた人もわざと逆に言っていることはすぐに理解されたんだと思います。私に言わせればヴェーバーはある種の「宗教音痴」であり、こうした間違ったことを十分検証もせずに書き散らす傾向があると思います。これは私個人の意見だけでなく、ダイスマンもヴェーバーのこの部分の見解を批判しているようです。

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