「とりわけユダヤ教の預言者たち、あるいはまた、たとえばモンタヌスやノヴァティアヌス 、さらにはまた、もとより顕著に合理的な特徴を帯びてはいるが、マニとマヌス 、他方、いっそう情動的な性格を帯びたジョージ・フォックス 、こういった人々はいずれも、そういう告知をなした[したがって、ここでの規定によれば、そのかぎり預言者に該当する]。」という預言者について述べている所で創文社訳の訳注はこの「マニとマヌス」の後者(前者はマニ教の創始者)を勝手にマヌに変えて、インド神話のマヌとしています。しかしインド神話のマヌは旧約聖書で言えばノアと同じで、大洪水をヴィシュヌ神から教えてもらって生き延び、人類の始祖とされる人です。ノアが預言者でないのと同じでマヌも預言者ではまったくありません。私の解釈は、Manusはマニのラテン語綴りのManesを間違えたもので、「マニまたはマネス」と書きたかったのだろうと解釈します。他の人はいずれも歴史上実在する人で、マヌスだけ神話の登場人物というのもまったく整合的ではありません。(ちなみに全集はここについてはテキスト欠損により解明不可、としています。)