折原浩訳の問題点(180)

180回記念。今回も大物。
Racker von Staatは「国家というならず者」という意味なのに、何故か折原センセは「国家という膏血搾り器」というこれまた過去の俗流マルクス主義の亡霊みたいな訳です。しかもおかしいのは、自分で珍しく訳注を付けていて、全集のP.400を見ろとしているのに、そこに書いている正しい説明をまったく読んだ形跡がありません。こうなるともう翻訳よりも個人の作文です。大体、現代の読者に「膏血」(人の脂と血という意味)自体が死語だと思いますが。私は国枝史郎の「神州纐纈城(しんしゅうこうけつじょう)」を連想しました。(笑)こちらも人の生き血を絞って染めた布を巡る話です。

原文
Ein Charakter der Gewaltbeziehungen also, an welche man ethische Postulate in dem gleichen Sinn stellen kann wie an jede andere rein persönliche Beziehung. Aber nicht nur die »herrenlose Sklaverei« (Wagner) des modernen Proletariats, sondern vor allem der Kosmos der rationalen Staatsanstalt, des von der Romantik perhorreszierten »Rackers von Staat« hat absolut nicht mehr diesen Charakter, wie wir s.Zt. zu erörtern haben werden.

折原訳
それらは、権力関係にはちがいないとしても、他の純然たる即人的関係のいずれにも倫理的要請を提起できるのと同じ意味で、倫理的要請を提起でき[て、制御でき]る権力関係という性格を帯びている。ところが、近代プロレタリアートの「主人なき奴隷状態」(ヴァーグナー)ばかりではなく、とりわけ合理的国家アンシュタルトの宇宙、すなわちロマン主義者に嫌悪される「国家という膏血搾り器(ラッカー)」[1]の宇宙は、もはやそうした性格をまったくそなえてはいない。この点については、後段のしかるべきところで論ずることになろう。

[1] 解説。全集版 S. 400.

丸山訳
しかし、ただ近代のプロレタリアートの「主人のいない奴隷」(ワーグナー[1])だけではなく、取り分けロマン主義によって嫌われた「国家というならず者[2]」である合理的な国家アンシュタルトの世界もまた、もはやこうした人格主義的な性格をまったく備えておらず、それについては後で詳しく述べることとする[3]

[1] Adolf Heinrich Gotthilf Wagner、1835~1917年、ドイツの経済学者で、国家社会主義や講壇社会主義の代表的論客。

[2] Racker von Staat、Rackerは「ごろつき、ならず者、盗賊」と言った意味。全体で「国家というならず者」という意味。語源としては諸説あるが、ある農民がヴィルヘルム4世に宛てた手紙で「皇帝陛下に税金を納めるのはやぶさかではないが、あの国家というならず者には納めたくない」に拠るというのが一つ。19世紀後半のドイツで一種の流行語のようになった。

[3] ここの前方参照の箇所は不明。書かれなかった可能性が高い。敢えて挙げれば近代的な官僚制に関する議論の箇所か。

 

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