やれやれ、またもmassivを「頑強に存続する」と訳しています。ここは「(岩のように)明確な、はっきりした」ぐらいの意味。
それから仏教の話であれば、「平信徒」はおかしく「在家」とすべきです。キリスト教の平信徒は教会の指導の下に救いを目指しますが、仏教の在家は解脱を目指しません。
それにここも例によって、ヴェーバーの行き過ぎた図式化・単純化の弊害が見られる箇所だと思います。(私の訳注参照。)
原文
Reichtum vor allem erwartet, neben massiven Jenseitsverheißungen, Zarathustra für sich und seine Getreuen von der Gnade seines Gottes. Geehrtes und langes Leben und Reichtum stellt der Buddhismus als Lohn der Laiensittlichkeit hin, in voller Übereinstimmung mit der Lehre aller indischen religiösen innerweltlichen Ethik.
折原訳
ゾロアスターは、頑強に存続する彼岸の約束とならんで、なによりも富を、かれの神の恩恵として、自分とかれの教えに忠実な信徒たちに期待している。仏教は、尊敬に値する長寿とともに富を、平信徒の道徳遵守の報酬として説いているが、この点は、インドにおける全ての現世内的な宗教倫理と完全に一致している。
丸山訳
明確な来世への約束と並んで、何にも増して富を、ザラスシュトラは自分自身とその信者についてその神からの恩恵として期待している[1]。仏教は在家の徳義の報いとして、尊敬され長寿を全うする生を設定しているが、それはインドにおけるあらゆる宗教的な現世内倫理と完全に一致している[2]。
[1] ここはまたヴェーバーの誇張が入っていると思われる。ガーサーの中には「家畜・繁栄・長寿」をアフラ・マズダの恩恵とするような内容はあるが、直接に富を重視しているとまでは言えない。
[2] この2つは富の追求とは違うし、またどこの社会・宗教にも普遍的に見られるもので、特にインドや仏教に限った話とは言えない。また古仏教の在家は、キリスト教の平信徒とはまったく違い、輪廻から抜け出して解脱することを目差すものではなく、出家とは明確に区別されていたことにも注意。