折原浩先生訳の問題点(21)

しかし、この「問題点」シリーズも何番まで行くのでしょうか。念のため細かい誤訳の類いは紹介していませんので、実際の誤訳はここで紹介しているのより更に多いです。

今回の問題点は、以下。

「申命記」を「欽定」としています。実際にはOktroyierungであって、「「申命記」を聖典として認めるように王が強制した」という意味です。(「申命記」はヨシヤ王の時に「発掘された」とされています。)ちなみにこのOktroyierungは「理解社会学のカテゴリー」に出てくる重要概念です。あれほど「理解社会学のカテゴリー」にこだわっていながら、肝心の所で「欽定」などという変な訳にしてしまう訳です。ちなみに「創文社訳」は「申命記を制定する」で、これもおかしな訳ですが、折原訳はそれを更に悪い方向に持っていってしまっています。それから注に書いたように、「申命記」は実際はヨシヤ王が作ったという仮説もあるのですが、それを公的に認めている訳では当然無いので「欽定」はあり得ません。

それから後半に出てくる「ペルシアの王によって全権を与えられた神権政治の公的な創造者としてのエズラの地位」を主語にくっつけてしまっているため、非常に分かりにくい訳になっています。

原文
Wenn Ezra als »erster Schriftgelehrter« bezeichnet wird, so ist doch einerseits die einflußreiche Stellung der um die Propheten sich scharenden, rein religiös interessierten Mönchen, Ideologen, ohne welche die Oktroyierung des Deuteronomium nicht hätte gelingen können, weit älter, andererseits aber die überragende, dem Mufti des Islam praktisch fast gleichkommende Stellung der Schriftgelehrten, das heißt aber zunächst: der hebräisch verstehenden Ausleger der göttlichen Gebote, doch wesentlich jünger als die Stellung dieses vom Perserkönig bevollmächtigten offiziellen Schöpfers der Theokratie.

折原訳
エズラを「最初の律法学者」と呼んでよいとすれば、ペルシア王によって全権を与えられ、神政政治体制を公式に創始したこの人物の地位は、一方では、もっぱら宗教的な関心に駆られて預言者の周囲に集まった人々、すなわちイデオローグの――彼らがいなかったとすれば、申命記は欽定されえなかったと思われるほど――影響力の大きな地位よりも、ずっと新しく、他方では、当初には神の戒命を理解してヘブライ語で解説するにすぎなかったが、やがてイスラムのムフティとじっさい上ほとんど同等なまでに卓越した、あの律法学者の地位よりも、ずっと古い、ということになろう。

丸山訳
エズラ 注1) を「最初の律法学者」と描写する場合は、しかしながら一方では、預言者の周りに集まった、純粋に宗教的な関心を持った人々 注2)の影響力の大きな地位は、それらの者がいなければ申命記の上からの強制は成功しなかったであろうが 注3) 、さらにずっと古いものであり、他方ではしかし卓越した、イスラム教のムフティー 注4)にほぼ匹敵する律法学者としての地位を持ち、しかしそれが第一に意味するところはヘブライ語を理解する神の命令の注解者ということに過ぎないが、しかしそれは結局ペルシアの王によって全権を与えられた神権政治 注5) の公的な創造者としてのエズラの地位より、本質的により新しいものである。

注1)エズラ記に書かれている人物で、BC458年にバビロン捕囚の結果で一部が解放された後もなお残っていた約5,000人のユダヤ人をエルサレムに連れ帰ろうとし、その途中で異国人の妻を追い出すように命ずるなどユダヤ人の純粋性を取り戻そうとした。ユダヤ教の律法と生活を統合し、ユダヤ教の土台を築いたとされる。

注2)元々は、Mönchen, Ideologenだが、全集ではMönchen はMenschenに変更されている、古ユダヤ教には修道僧は存在していない。ただ、ヴェーバーがMenschenみたいな曖昧な書き方をするのかという疑問は残るし、全体にユダヤ史の中での律法学者の話なので、Menschenは弱く、「律法学者という名前では呼ばれていなかったがその歴史的先駆体」ぐらいの意味と取るのが妥当であろう。

注3)申命記を実際に書いたのは公式にはモーセとされるが、モーセ五書の他の四書と明らかに文体が違い、伝統的には実際はヨシュアが書いたものとされ、それがヨシヤ王の時に「発見」され、ヨシヤ王によってそれが公式の聖典とされたとされる。しかし実際には内容そのものがヨシヤ王の時に書かれたのではないか、つまり王が自分の権力強化のために作成したのではないかという仮説もあり、ヴェーバーのここの記述はそれを踏まえているように思われる。

注4)シャーリア(イスラム法)の内容に精通し、その解釈と適用について判断するイスラム教における宗教的指導者。

注5)ペルシア王、特にキュロス2世はユダヤ人に対して寛容政策を取り、神殿の再建を許可し、祭司や律法学者が支配する神権政治をペルシア帝国の総督(サトラップ)の管理下に許可した。

p.s.
最近出版された「経済と社会」の一部の新訳で、底本を全集版ではなくStudienaufgabe(学習版)にしているあきれたものがありました。上記注2)みたいなことがあるから、学習版ではなくきちんと全集版を確認しないといけない訳です。アマチュアである私が自費で全集買っているのに、学問のプロが学習版で間に合わせているなんて本当に信じられません。

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