折原浩訳の問題点(86)

今日は小ネタですが、相変わらず継続して誤訳が出てきます。
religiös gewendetは「宗教上の言い回しによれば」ではなく、「宗教的にはまったく逆になり」です。要するに本来は神に近付き救済財を得るためのものであった手段が結局は神に見捨てられた状態へと「反転する」ということです。
Wendungなら「言い回し」という意味がありますが、動詞のwendenにはそういう意味はなく「向きを変える、逆に進む」という意味です。後細かいことですが「急転」というのも原文にはありません。私は「推移する」と訳しましたが、原文は「交代する」となっています。Aの状態がBの状態に変わる、ということです。

原文
Denn wie jede Art von Rausch, die orgiastische Heldenekstase ebenso wie die erotischen Orgien und der Tanzrausch unvermeidlich mit physischem Kollaps wechselte, so die hysterische Erfülltheit vom Pneuma mit dem psychischen Kollaps, religiös gewendet: mit Zuständen tiefster Gottverlassenheit.

折原訳
それというのも、どんな種類の陶酔も、狂騒的な英雄エクスタシーであれ、性愛的な狂騒であれ、踊り狂う陶酔であれ、身体の虚脱状態への急転を避け難く、それとまったく同様、霊に充たされたヒステリー状態も、心的な虚脱状態に、宗教上の言い回しによれば「神に見捨てられて深淵に堕ちた状態」に急変するほかはなかったからである。

丸山訳
その理由は、全ての種類の酩酊がそうであるように、狂躁的な英雄エクスタシーとまったく同様に性的な狂躁、そして踊りによる狂躁は、避け難いこととして身体的な虚脱状態へと推移するのであり、それ故にヒステリー的に霊が充たされた状態で、それが精神の虚脱と一緒になっている場合は、宗教的には反転し:もっとも遠く神から見捨てられた状態へと変わる。

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