折原浩訳の問題点(31)

この箇所は今までの誤訳に比較してもひどく、翻訳というより一種の自由作文になってしまっています。「学術的要素が後退する」と言っているだけなのを「知識人に委ねなくなる」などとおかしな解釈をしています。tut das Übrige=余計なことをする、予期しない結果となる、も勝手に変えられています。「なお生き残るとしても」も原文にはありません。「真の宗教的信仰」もおかしく、ある種の宗教的信仰と見なし得ると言っているだけです。ここも折原訳だけ読むとヴェーバー学ではなく、勝手に折原学に変えられてしまう典型例です。

原文
Je mehr die ökonomischen Interessenten selbst ihre Interessenvertretung in die Hand nehmen, desto mehr tritt gerade dies »akademische« Element zurück; die unvermeidliche Enttäuschung der fast superstitiösen Verklärung der »Wissenschaft« als möglicher Produzentin oder doch als Prophetin der sozialen gewaltsamen oder friedlichen Revolution im Sinn der Erlösung von der Klassenherrschaft tut das Übrige, und die einzige in Westeuropa als wirklich einem religiösen Glauben äquivalent anzusprechende Spielart des Sozialismus: der Syndikalismus, gerät infolgedessen leicht in die Lage, in jenem zu einem romantischen Sport von Nichtinteressenten zu werden.

折原訳
ところが、経済上の利害関係人自身が、自分たちの利害を代表するすべを心得て、知識人に委ねなくなれば、ほかならぬこの「知的」分子は、それだけ退場を余儀なくされる。「学問」を、階級支配からの解放という意味における暴力的ないし平和的な社会革命の可能な生産者ないし (さなくとも) 預言者に見立てて、ほとんど迷信的に称揚する傾向が、なお生き残るとしても、その挫折にともなう幻滅は避けがたく、知識人層の宗教まがいの信仰には止めが刺されよう。その結果、西ヨーロッパにおいて唯一、真の宗教的信仰とも等価とみなされる社会主義の一変種、サンディカリズムも、その点で容易に、利害関係をもたない第三者のロマン主義的遊戯となりさがるほかはない。

丸山訳
経済的な利害関係者自身がその利害関係を代表する立場を手中に収めれば収めるほど、それだけ一層まさしくこの種の「学術的」要素は後退することになる;ほとんど迷信的な「学問」が社会を正しい方向へ変えることへの避けがたい幻滅、つまり学問が階級支配からの救済という意味での、暴力的・平和的な社会革命を生み出すことが出来る者あるいはそれどころか預言者ですらあるという期待への幻滅が、予期せぬ結果をもたらすことになり、そして西欧において唯一社会主義において実際にある種の宗教的信仰同等物と認め得る種類のものは:サンディカリスムであるが、結果としてはそれも容易に利害関係者以外の者による一種のロマン主義的遊戯という事態に陥ったのである。

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