折原浩訳の問題点(123)

ここはこんな短い文でも勝手に余計なものを付け加えて、原文の意味を改変してしまっている例です。
(1)Sündigendeは現在進行的な意味ではなく、単に動詞を形容詞化しただけ。ドイツ語の現在分詞が進行形ではないというのは初級文法の問題です。
(2)「そのつど宗教上の臨機的行為をおこなえば」といった条件付きの話ではなく、また(1)と合わせると、ある瞬間に罪を犯した者が、それ毎に免罪行為を行えば、のような変な意味に読めてしまう。
(3)「知ることになる」もおかしく、将来の話ではなく元々知っているということ。
(4)「臨機的行為」も間違いではないけど、意味は「機会を見てしかるべき時に行う行為」という意味です。

原文
Denn der Sündigende weiß, daß er von allen Sünden immer wieder durch ein religiöses Gelegenheitshandeln Absolution erhalten kann.

折原訳
それというのも、罪を犯しつつある者が、そのつど宗教上の臨機的行為をおこなえば、どんな罪からも赦免される、と知ることになるからである。

丸山訳
というのは罪を犯す者は、全ての罪について、常に何度でも、宗教上の機会を見たしかるべき行為によって免罪を得ることが出来ることを知っているからである。

 

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