ここはそもそも、Constitutum Ususとか、commenda dare ad proficuum de mariについての訳が元々デタラメだったのを私が公開時に訂正済みですが、それを除いても問題があり、この訳者が経済についてあまり分かっていないことが伺えます。
(1)利子は言うまでもなく一般に利率で決まるのであり、「定額利子」は変です。固定率の利子ということです。
(2)Erwerbskreditverträgenを営利貸付契約と訳していますが、ここでは海上取引への出資といった意味も含み貸付に限定されるものではありません。
(3)「多用されていた」も原文にはなく、固定率の利子自体が非常に稀であったのに比較して、固定配当金による出資型のコムメンダというのもあった、というぐらい。ちなみに一般的なコムメンダに比べればこの形態のコムメンダは特殊ですが、ヴェーバーがここでわざわざ言及しているのは、本来のコムメンダでの出資に比べれば、固定率の利子付きの貸し出しに近い形態になっており、教会から利子付き貸出だとして非難されたからです。
要するに「中世合名・合資会社成立史」を読んでいないと「宗教ゲマインシャフテン」も正しく訳せないということです。
Im übrigen aber ist zu bedenken, daß im Mittelalter der feste Zins zunächst gerade bei den damals sehr stark risikobelasteten, namentlich den für überseeische Geschäfte geschlossenen, Erwerbskreditverträgen (wie sie z.B. auch für Mündelgelder in Italien universell benutzt wurden) ohnehin die seltene Ausnahme war gegenüber einer verschieden begrenzten und zuweilen (im Pisaner Constitutum Usus) tarifierten Teilnahme an Risiko und Gewinn des Geschäfts (commenda dare ad proficuum de mari).
折原訳
もっとも、中世には当初、定額利子が、当時はきわめて危険の多い、とりわけ海外交易事業に乗り出すさいに締結される営利貸付契約に適用され (たとえばイタリアでは、後見人が管理する被後見人の所持金にも、あまねく適用された)、いずれにせよ稀な例外に属し、事業の危険と利益に参加する形式としてはむしろ、さまざまな条件に即して、ときには (ピサのコンスティテュートゥム・ウースス [Constitutum Usus]に見られるように) 固定配当金による出資型のコムメンダ[commenda dare ad proficuum de mari]が多用されていた、という事情を考慮に入れるべきであろう。
丸山訳
しかしながら、その他のことで考慮すべきことは以下である。中世においては固定利率の利子が、まず何よりも特別に強く危険負担[分担]的な、特に海上取引のために締結された業務上の信用諸契約(例えば、イタリアでは被後見人の所持金に対しても広く適用された[1])などに使われ、それに対してある様々に限定された、時には(ピサのピサのコンスティテュートゥム・ウースス[Constitutum Usus[2]]の中に見られる)業務の危険と利益について固定料率で参加するというもの( 固定配当金による出資型のコムメンダ[commenda dare ad proficuum de mari[3]])に比べれば、いずれにせよ稀な例外であった。
[1] 中世イタリアでは被後見人(子供)の財産で後見人が管理しているものの運用に海上取引が使われたケースが多くある。「中世合名・合資会社成立史」の「ソキエタース法に対する利子禁止原理の意義」を参照。
[2] 1160年頃から編纂されたピサにおける慣習法集成。当時強力な海軍力を持って地中海での貿易が盛んであったピサの状況を反映し、多くの海事関係の慣習法を含む。ヴェーバーの「中世合名・合資会社成立史」第4章参照。
[3] コムメンダは中世イタリアの沿岸都市で広く行われていた貿易の形態で、出資者と実際に船旅をして貿易を行う者がパートナーとなり、海上でのリスクと貿易の結果としての利益を分け合うやり方。dare ad proficuum de mari は出資者の位置付けが後退し、貿易の利益の一定部分を取るのではなく、仕向け地毎に決まった固定配当金のみを受け取る形態。そして通常のコムメンダは利子付き貸し出しとは見なされなかったが、この形態は後にそう見なされた。