折原浩訳の問題点(172)

8月のノルマ達成してもまだまだ出て来ます。
(1)「神秘主義的な宗教性に特有」→speziellは直後のmystischenにかかるので「特別に神秘的な諸信仰」
(2)weil以下の主語→die mystische Heilssucheであり、「神秘主義的宗教性」ではない。
(3)「生み出さざるをえないからである」→「生み出すに違いないからである」
(4)「微行」は偉い人がお忍びで行動すること(例:水戸黄門)であり、ここでは「名前を隠すこと」ぐらい。 独和辞書に載っていた訳語を国語辞典で確認することもなくそのまま使ったんでしょう。

そしてここについている訳注も必要だとは思えません。 []内の補足も含めて、この訳者だけの特殊な理解を読者に押しつけています。
注:論理的に推論可能な合理性から類型的に偏倚するが、理解可能な心理現象。カテゴリー論文から補説。

原文
Sie eignet aber auch sonst speziell mystischen Religiositäten, weil die mystische Heilssuche mit ihrer das Inkognito in der Welt als einzige Heilsbewährung suchenden Minimisierung des Handelns diese Haltung der Demut und Selbstaufgabe fordert und sie überdies auch rein psychologisch aus dem akosmistischen objektlosen Liebesempfinden, welches ihr eignet, erzeugen muß. Jeder reine Intellektualismus aber trägt die Chance einer solchen mystischen Wendung in sich.

折原訳
とはいえ、そうした要求は、両者にかぎられるのではなく、とりわけ神秘主義的な宗教性に特有のことである。それというのも、神秘主義的宗教性は、現世内の微行を、救済の唯一の確証として、行為の極小化を追求し、謙虚さと自己放棄のスタンスを要求し、そのうえ、そうしたスタンスを、神秘主義的救済追求に固有の、対象を問わない無宇宙愛の感情から、純心理学的にも[神秘主義的救済追求の論理的帰結としての救済個人主義からは逸脱する、類型的な随伴現象として]生み出さざるをえない からである。純粋な知性主義はいずれも、こうした神秘主義的転回の萌芽を内包している。

丸山訳
しかしそういった要求はまたそれ以外にも特別に神秘的な諸信仰もその中に取り込むのであり、何故ならば神秘的な救済の希求は、現世で名前を隠すことを唯一の救いの確証として求める行為の極小化と結び付いて、こうした従順さと自己放棄の態度を要求し、またどこにおいても、そういった救済の希求に適合的な、純粋に心理学的に無世界主義的で対象の無い愛の感情から、そういった態度を生み出しているに違いないのである。全ての純粋な主知主義はしかし、そういった神秘的な方向に向かう要素をその中に持っている。

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